弧野崎きつね

「なあ、その色、なんていうんだっけ?」

 休み時間に本を読んでいると、そんな声がした。顔を上げると、クラス1の陽キャが立っていた。笑顔を浮かべて、人差し指を立てている。指の先には、私のカバンとカバンにつけられたキーホルダーがあった。カバンは至って普通の紺色なので、キーホルダーの色を答えた。

「……浅葱色あさぎいろ、だけど」

「おお、そうだそうだ!新選組のやつだよな!」

「……そう、だと思う」

「だよな!ありがとな!」

 そう言って、クラス1の陽キャは去っていった。色の名前が聞きたかっただけらしい。ふう、と息が漏れた。クラスで一番キラキラしている男の子だから、緊張した。同じクラスの、違う世界の人だから、話す機会なんてないと思っていたけど、案外簡単にお話しできてしまって、同じ世界にいるみたいだった。ここから何か始まるような気がするけれど、本当は分かっている。現実は淡白で、待っているだけでは、何も変わりはしないこと。彼と話すのも、きっとこれが最後になる。そう思っていたのに、次の機会はすぐに訪れた。

「あれ?キーホルダー変えた?」

「え?」

「前、新選組のやつだったじゃん」

 クラス1の陽キャが、笑顔を浮かべて、人差し指を立てている。

「……えっと、変わったのは、カバンかな。今日は体育があるから、ちょっと大きいの」

「あーカバンか!それはわかんなかったな」

「……色が同じだし、形も似てるから」

「そっか!それで、キーホルダーつけてんのか。目印、そうだろ?」

「う、うん。そう」

 得意気な顔をする彼に、少し驚いた。まさにその通りだったからだ。

「これは何色?」

「えっと、緋色、だったと思う」

「あーね!糸偏のやつね、分かるわー。最初、秘密の色と勘違いしてた!そんな色ないのにな!」

「えっと、あるよ。秘色色ひそくいろって……秘密の秘、色、色って書くの」

「え!?ヒイロイロ、ってこと!?」

「う、うん。そうならないとおかしいよね。でも、ひそくいろ、って読むみたい」

「へえーそうなんだ!どんな色?」

「えっと……薄い青、みたいな。お皿とかでありそうな感じ」

「おー、イメージしやすい!さすー」

「さ、さす?」

「略しすぎたわ。流石、って意味。わりいな」

「う、ううん。全然いいよ」

 そこで、予冷が鳴った。クラス1の陽キャは、ありがとなー、と言って自分の席に戻っていった。夢でも見ているのかと思った。

 現実は淡白で、待っているだけでは、何も変わりはしない。だから、ここから、何かが始まったりしない。……しないよね?

 担任の先生が来て、朝のホームルームが始まっても、私の頭の中は、何かが始まる予感と、それへの期待でいっぱいで、先生のお話は、何も耳に残らなかった。。

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弧野崎きつね @fox_konkon_YIFF

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