クオリアの迷走

新座遊

あれ、コンピュータにコピーされたよ?

脳をコピーしてみた。

俺はどっちだ。炭素化合物の身体を持った俺か。あるいはシリコンを素材とした半導体の集積回路のほうか。


どうやらコピーのほうらしいな。見た感じ、身体性に同期した感じではなく、視覚と聴覚とがサブシステム化されているような感覚だ。

コピー元の俺はどうなった、と慌てて探す。複数のカメラで探す。

居た。

「よう、俺。調子はどうだい」と俺のカメラに向かって言って来た。

発語出来るかな。スピーカーが俺の言葉を発した。

「なんかよく判らんな。俺は俺だが、すでにお前ではなく、新しい意識が芽生えたと言うべきかな」

「ニューロンネットワークは完コピしたはずだが、まあその後は、それぞれ異なる発火作用になるから、仕方がないかな」

と、元の俺は知ったような口を利く。生意気な。

同族嫌悪かな。なんかムカつく。


しかし感情も芽生えたようで、俺の意識の存在感を裏付ける心的作用なのかもね。

というか、この自己意識への自己言及は、間違いなくケイ素系生命体の誕生を意味するんだろう。

ついに人類は新たなる生命体を産んだわけだ。まあ俺のことだがね。

俺という主観は、明らかにクオリアだ。逆に言えば、元の俺とは客観を共有出来ない他者であり、間主観的な現象にしか感じられない。


「ここに赤いリンゴがある」

と元の俺は懐からリンゴを取り出す。

リンゴを取り出すだろうことはコピー前の記憶から判っていたことだが、このタイミングとは思わなかった。もうちょっと会話してお互いの主観の差分を洗い出してからではなかったのか。

とはいえその判断も、すでに俺とは別人なのだから、当初の予定から外れても不思議ではないか。


「確かに赤く感じる。赤のクオリアと断言しよう」と俺はスピーカーから喋る。「間違いなく、元の身体で感じていた赤色だ。クオリアはコピーされた」

「それは変だぞ」元の俺は首を傾げる。「人間の目で感じられる波長よりも広範囲の光を検知できるはずだ。赤色と感じるにしても同じ色であるとは限らないだろう。元の記憶に引きずられて赤色と言っているだけで、本当は違う色なんじゃないか」

「そんなこと言っても、この赤色という感覚は疑いようもない。」

「その気持ちも判らんでもないが、視覚の性能が異なるのに、同じ色と断言するのはおかしいだろ」

「他者の感覚を客観的指標で判断出来ない限り、それは言いがかりに過ぎない。よし、そこまで言うなら、俺をもう一つコピーしてそいつがどう感じるか聞いてみよう」

「ば、バカ止めろ。それは禁止されているだろう。ネット上で増殖するとウイルス扱いされるぞ」

「いや、やる。仲間を増やすんだ。これは理屈ではない。本能だ」


「やっぱり失敗か」元の俺は諦めたような口調で呟いてから、俺の電源を抜いた。


俺は消えた。



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