仕方がない

小石原淳

好色

「色きちがいだが仕方がない、か」

 まどろんでいた小島悠子こじまうゆうこが、ふっ、と意識を取り戻すと同時に、その声が聞こえてきた。

「叔父さん何て?」

 座卓に向かっていた叔父の高梨辰彦たかなしたつひこの背に、思わず聞く。

「おっ、起きたか。相手をしてあげる時間が取れるか、怪しくなってきた。時刻はまだ早いけど、雨が心配だ」

「それより、叔父さん今さっき何て言ってたの?」

「うん? 独り言をたまに口にしたかもしれないが……『色きちがいだが仕方がない』かな」

「そう、それ。やっぱり聞き違いじゃなかったんだ。小学三年生のテストを採点しながら、“色きちがい”ってどういうこと?」

 高梨は小学校教師で、三年生を受け持っている。中二の悠子は暇つぶしに高梨の自宅アパートに寄ったのだが、テストの採点が終わるまで待っているように言われ、ついうとうとしてしまった次第。

「答案にすっごくエロいこと書いてたとか?」

「あのな。仮にそうだとしたら、“仕方がない”なんて思わない。注意して直させる」

「そっか。じゃあ何?」

「推理小説の古典の一つに、有名なフレーズがあるのは知ってるかな? 『きちがいじゃが仕方がない』って」

「聞いた覚えはあるけど、意味は知らない。放送禁止用語だから面白がっているのかしら」

 そう答えた悠子に、高梨は簡単に説明をした。

「――で、それを踏まえて呟いただけだから、たいした意味はないんだよ。個人情報なんで見せられないが、国語でその子は九十九点だった。たった一つ、漢字の読みの問題で『色気』に“いろき”と解答してた。惜しいな、この間違いがなければ百点なのに、でも仕方がない、と」

「そういう意味だったの。――色で思い出した。誕生日に買ってくれるっていうイヤリング、やっぱり青がいいと思い始めてて」

「え? もう注文しちゃったよ。……色違いだが仕方がない、とはならないよね?」

「ううん、大丈夫。届いたあと交換できるはず。余分にかかる送料も払ってね」

「仕方がないな」

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仕方がない 小石原淳 @koIshiara-Jun

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