共感覚(私には色が見えます)

緋雪

それぞれの色

 唐突だが、私には色が見える。


 当たり前だ、そんなの皆見えるじゃないか。

 そうではなくて、「人の色」が見えるのだ。


「オーラ」?


 それは、わからない。そして、色がわかったからと言って、それが何を意味しているかは、ぼんやりとしかわからない。

 だから、こんな能力を持っていても、大した役に立つわけでもなかった。



「あ〜、先生、お久しぶりです〜」

 高校時代の教師に、たまたま学校の近くで会った。

「あ〜、久しぶりね〜、元気だった?」

 教師といっても、私達を教えてくれていた時、彼女は大学を卒業したばかりの、先生一年生。私達にとっては、年の近いお姉ちゃんというかんじだった。


 いろいろ話しながら、ふと、彼女のお腹に目が行った。幸せそうな淡いたまご色。

「えっ?」

 つい声が出てしまった。

「どうしたの?」

 先生が私の顔を覗き込む。

「あっ……あの……おめでとうございます」

「えっ? ええっ? 何でわかったの?」

 たちまち、先生を紅色べにいろが包む。

「結婚されたんですね。たまごちゃんは、まだ3ヶ月くらい?」

「えっ? ええ〜、なんでわかるの〜?!」

「ふふ。当てずっぽうですよ。先生、幸せオーラ出まくり。指輪してるし、妊婦さんキーホルダーつけてるじゃないですか〜」

 いや、そんなものは後づけだ。私は色でわかってしまう。


 ほんの数分の立ち話で終わったが、先生が幸せそうで、後ろ姿はほんのり桜色。よかったなあ。そう思った。



 その日は、人の色がよく見える日になった。一度見え始めると、すれ違う人たちのそれぞれの色が、よく見えるようになる。


 あの女の子は柔らかなピンク色。いい恋をしているのかしら。

 あのおじさんは、ちょっと暗めのブルーグレー。仕事でミスでもしたのかな。


 向こうから肩を落として歩いてくる男の子が、寒い色をかかえている。こんな温かい春の日和に。

「いじめられているのか……」

 可哀想だけど、私にはどうすることもできない。

 全く知らない子の人生に、色が見えたからというだけで、介入はできない。

 頑張れ。乗り越えてね、お願い! そう心の中で祈った。



 駅の近くまで歩いた時だった。


 一人の女子高生とすれ違った。

「えっ……」

 深く青黒い色。冷たくて、痛い。

 

 振り返ると、彼女の色が、どんどん黒に近づいていくのがわかった。


「ダメ!」


 私は、走る彼女を追いかけた。


 彼女は高いビルのエレベーターに乗り込んだ。

 ダメだ。階段!! と、エレベーターのボタンを見てひるむ。

「うわあ……11階建て!」

 そんなことに躊躇ちゅうちょしている場合ではない。


 私は駆け上がった。


 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………

 屋上に着く。

 どこだ? 早く……


 黒が見えた。

 走った。

 柵をよじ登る彼女を、

 全力で引っ張って、

 抱き止めて、

 抱きしめた。


 何もわからない。私には、彼女に黒が見えたことしかわからないのだ。

 彼女は、黒を抱いたまま、私の腕の中で抗っていたが、黒が抜け、すうっと薄い悲しみの色に変わると、私の胸で、わあわあ泣き始めた。

 彼女を抱きしめる。ぎゅっと。ぎゅっと。


「死にたかったのに……」

「うん……」

「なんでわかったの?」

「そんな顔してた」

「ホントに?」

「うん……」


 彼女は泣き続けた。私はずっと抱きしめ続ける。

 すうっと、彼女の色が透明になった。


「あら……こんなとこで寝ちゃった。」


 後のことは、救急車に頼んだ。

 後日、警察から少し話は聞かれたけれど、彼女の事情は聞かなかった。ただ無事でいてくれるだけでよかった。



 私には、人の色が見える。

 だからといって、他人様ひとさまの人生に介入することはしない。


 それがルールだと思っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

共感覚(私には色が見えます) 緋雪 @hiyuki0714

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ