[KAC20247]碧色

めいき~

碧色(へきしょく)

壊れかけのあなたへ


扉は静かに開かれた、ただ光が手招きするように。


映る影さえ、霞んで消え。




声さえ聞こえず、向こうは見えない。


ただ、暗闇に差し込む光がおいでと導く。




ブックカバーに描かれた弦の多い竪琴が、口紅で描いた様なタイトルで。



暗闇で眼を凝らせば、壁一面に人の絵が描かれて。

それを子供心に見上げ、何かに反射しきらめいて。



赤いスカートに映りこむ



黒い髪はたなびいて、光は幾重に。


しかし、壁に描かれた人々は。



苦悶と怨嗟と、希望と夢と。

様々な表情で描かれて、それを歩きながら一つ一つ見上げ。



扉の奥へ消えて行った、人間達だと判る。



この壁には、結末が描かれているのだろうか?



少女は一人、疑問に思う。


扉の向こうに、行った人は戻ってこない。

扉に消えて絵が増えて、後から少女に話しかける人も居た。


あるものは微笑み、あるものは謀る。


少女は色の消えた眼で、扉はあちらというだけ。



この場所に飾るステンドグラスはなくて、飾られる花も無く。


ただ、暗闇の部屋にぽつりと扉があるだけ。



この場所に星などなく、黒い天井が広がるだけ。

少女は、手に持つ本をそっと撫で眼を閉じる。



黒い羽に、紅く朱い爆発が映る絵も。

優しく、子供を抱きしめ笑う絵も。


虹彩の鳥と踊る青年も、血だるまで鎖に縛られるもの達も。


様々な絵が、その部屋の壁には広がって。



幾重の想像の世界、幾重の結末の世界。

ブックカバーの、旋律が奏でるそれは。


ただ胸の前で、本を抱きしめて。


瞬く間に、可視化され。



黒い部屋を、誰かが来た時だけ染め上げる。

本当は何もない、扉が一つの部屋なのに。


窓一つない、その部屋で。


少女は、ただ誰かが来るのを待っている。



本当は、月夜に咲く花火を見る様に。

本当は、草原で吹く優しい風の様に。


時には、シャボン玉色のカーテンを引く様に。

時には、悲しい顔で息を一つ。



宙に一つの飾りが浮いて、中央には月と太陽のロゴの入ったギアが。

外には金の幾何学模様の円盤が、それを支える全てが黄金の樹々の葉が。


部屋の灯りとしてぽつりと浮いて、ゆっくりと音なく動く。



そっと、眼だけでその飾りを追う事もある。

ちらりと、扉の奥が気になって覗く事もある。



けれど、少女はその部屋から未だ出ず……。



後から来るもの達だけが、扉へ消えて行く。



そして、彼女は毎回誰かが行った後で扉をそっとしめ。

部屋の角で、うずくまる。




流星がふる偽物の空を見て、星は何処へ行くのだろうと。

その本を、手が白く太くなるまで強く握りしめ。



白い嵐は、今日もくる。

星の空は偽物で、握りしめた手からこぼれるものが本物で。



その様に碧色の意志を宿して、今日も部屋の角にいる。




おしまい

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