マッチングアプリで出会った彼と『星の王子さま』について話した大切な顛末
でこぽんず
第1話
マッチングアプリで出会った彼は、特殊能力って信じますか?と言った後に一品目に合コンサイズのアボカドサラダを頼んで、すべて一人で食べ始めた。
写真と違うし、こんな人が本当に外科医なのだろうかと、ほつれの目立つセーターを見る。肥満体なのにオレンジ色なんて着るから、ますます膨張して見える。
海老だけ残して、すべて食べた彼は突然「『星の王子さま』はお好きですか?」と聞いてきた。
私は曖昧に頷き「はい」と答えた。プロフィールの愛読書も、会うことに決めた大きな理由だった。
「小暮さんは、どの台詞が好きですか」
「あなたは?」
質問を質問で返してくるのか。帰りの電車の時刻を思い浮かべながら、私は答えた。
「本当にベタなんですけれど、やはり『大切なものは目には見えないんだよ』ですかね。この言葉にどれほど救われたか……」
「その言葉なんですけれどね」
彼は被せた。
「特殊能力って信じますか?」
特殊能力?木製のテーブルのシミが汚いと目が行き始めていたが、思わず彼を見た。
「どういうことですか?」
「いや、僕はね。『星の王子さま』と逆なんです」
逆?
「僕はね、大切なものにだけ色がついて見えるんです。2年前の12月23日から。後は何もかもがモノクロ。昔の映画に迷い込んだ気分ですよ」
「はあ……」
この人は本当に大丈夫なのだろうか。
「最初はまあ、それでもいいと思っていたんですよ。でも、白黒のものばかり見ていると、心は不安定になって。怖くて怖くて。悪夢から目覚めて布団がびっしょりになることもありました」
一杯目の生ビールは泡がとうに飛んでしまっている。
「とにかく色のあるものや人に会おうとしました。好きな女優、アスリート、身近な家族や友人。でもね……」
「ショックだったな……有名人も親戚も友人もほとんど白黒だった。僕は心の底ではこの人たちが大切じゃないって。かろうじて色があった両親、妹、恩師、親友がある日モノクロに映ったときは辛かった。ずっと色褪せなかったのはせいぜいサッカーボールくらいだったな。部活でやってたから。あ、白黒のまだらって思ったでしょ。白と黒もね、モノクロ映像かカラーかで全然違いますよ」
真剣な眼差しは、よく見ると灰色だった。
「それじゃあ、マッチングアプリをやってみようって思ったんです。どうせ、皆白黒なんだろうって。やっぱり半年前から文字通り誰もがモノクロでした。プロフィールを開く気にもならない。僕は絶望した。そして、モノクロの女たちの数を数えていた。でもね、一昨日ついに見つけた。21万2千455人目に見つけた、色のついた女性を。その女性に好かれようと、僕は慌ててプロフィールを偽った」
彼は私の手を取った。
「今日、僕はわざと傍若無人に変人として振舞った。すこし自棄になっていたし、相手との関係性で色が消えることもあるから。色が消えるのは本当につらい。あなたの優しさを試すようなみみっちいことをしてしまい申し訳ない。でも、ようやく勇気が出た」
深呼吸した小暮さんは、私の手を強く握った。
「あなたにとって僕は冴えない男でしかないかもしれない。でも、僕にはあなたは運命の人です」
私はじっと彼の顔を見た。目は綺麗で澄んでいる。痩せて身だしなみに気を付けたら、素敵かもしれない。
「チャンスをください」
私はほとんど空になったサラダボウルを見て、呟いた。
「小さい海老、ダンゴムシに見えちゃうんですね」
彼は頷いた。
「お腹がいっぱいの時に見てたら白黒に見えちゃって、そこからずっとです。昔は大好物でした」
「じいじはばあばにそんなこと言ったの?」
愛しい孫娘に私は、こっそり打ち明ける。この子はまだ9歳だ。
「他の人には内緒よ。あなたのママにもパパにも」
「うん、分かった!」
木魚の音が響いて、黒い喪服たちの影が揺れる。
あなたは今でも、私がカラフルに映るかな?私だけじゃなく、この世界のすべてが。
幸せそうにほほ笑む、少し頬がこけて清潔な服に身を包んだ夫の遺影を見ていると、目に見えるものすべてが滲んだ。
供え物として、こんもりした小皿に小さな海老が沢山盛られている。
マッチングアプリで出会った彼と『星の王子さま』について話した大切な顛末 でこぽんず @simple_simple
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