【KAC20247】青春ゾンビ

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

ミリリットルとリットル間違えたら破滅するよね

「……………」


「……………」


「……………」


「……………どうするよ」


 某大学の動画研究サークル室は重い沈黙に包まれていた。

 普段はネットで流行った動画の真似事をして撮影。それをネットにアップするなど、ふざけ倒しているサークルなのだが。


 ことの発端は大学サークルらしいことをして、なにかアピールできるモノを残したい。

 なんなら多くの人に見てもらいたい。

 上げている動画の再生数も微妙過ぎて、大学から「お前らに部屋は要らないだろ」との通知も来ている。

 というかモテたい。


 そんな欲望に従って、皆でお金を出し合い、ゾンビ映画を撮影しようとしたのが間違いだった。

 一応収益化しているが、雀の涙の広告料ではもちろん足りず、この数ヶ月真面目にバイトをして、ようやく撮影に取りかかろうとしたところで、発注ミスという問題が起きた。

 サークルの長で冴木は、サークル内の紅一点である唯一の女性メンバーの篠宮に声をかける。


「篠宮さん。もう一度言ってもらえる?」


「ごめんなさい。血糊五十ミリリットルの予定の発注の単位を間違って、五十リットル頼んじゃった」


「いくらかかったんだ?」


「元の血糊五十ミリリットルなら送料込みでも二千円ぐらいだったのに、その……百五十万円ぐらい」


「ほぼ撮影費用全額じゃねーか! 映画撮影はどうするんだよ!?」


「やめろスーザン・ボイル。誰にでも間違いはある」


「……冴木だけどよ」


「それに一番ショックを受けているのは篠宮さんだ。それに映画撮影費用をほとんどを工面してくれたのもな」


 篠宮は漫研にも所属しており、サークルメンバーを題材にしたBL同人誌で割と稼いでいた。

 特に冴木とスーザン・ボイルの冴スー本が人気だった。映画撮影費用も「投資」と言い切り八割が篠宮だ。

 そんな事情もあって責めるに責められない。


「はぁ……映画撮影の予定も最初から練り直しか」


「……そんな時間はない。映画を撮影して、まともな成果発表をしないとこの部屋は取り上げられる」


「でも予算が!」


「カメラはスマホでいい。それにゾンビメイクとエフェクトは篠宮さんができるんだよね」


「うん! カメラマンも大丈夫だよ。いつも二人が怪しい角度のときは隠れて撮影しているし」


「……だそうだ」


「おい! いま絶対アウトな発言あっただろ!? 目をそらすな冴木! 現実を直視しろ!」


 色々とやばいのはわかっている。

 でも顔も声も可愛いから許す。

 毎回、本が完成するたびに自分をモデルにした濃厚すぎるハードコアなBL本について熱く語られている冴木の精神はこの程度では揺らがない。

 スーザン・ボイルの子供を孕み、十二ページに渡る自分の出産シーンを読んだときの衝撃がいかほどだったか。……男なのになどの疑問はどうでもよくて、生命の誕生に涙した。

 それを思えば、この程度の事態で揺らぐことはない。


「映画撮影をしよう。どちらにしても血糊五十リットルを使い切らないといけないからな」


「あっ! 購入した血糊は凝固タイプじゃなくて、鮮血タイプだから」


「……ゾンビ映画なのにそこも間違えたんだ」


  ◆   ◆   ◆


『青春ゾンビ』

 その日、そんな大学生が撮影した謎の映画がネット上に公開されてしまった。


 ――ダンダンダンッ

 ――うぅぅ〜〜〜ぐがぁ〜


 バスケットボールが弾む体育館。

 そこに大量の鮮血を噴水のように垂れ流しているゾンビがやってきた。

 迎えたのは肩むき出しのバスケット選手のユニフォームに着たスーザン・ボイル似の青年だった。


「遅ぇぞ。大会ならもう三日前に終わってまったよ」


 血が噴き出しているゾンビは答えない。

 ゾンビだから当然だ。


「全国大会の舞台で戦おう。中学のときに二人でそう約束してから三年。ようやく果たせそうだったのに大会前日にそんな姿になりやがってこのゾンビ野郎が」


 スーザン・ボイルは憎々しげに顔を歪めて、長く息を吐く。


「やるんだろ……1on1。死んだお前が大量に血を垂れ流しながら病院を抜け出して四日間もさまよい歩いている。そう聞いて、待っていたんだよお前のこと。……死んでも俺との約束を果たすつもりでいたんだよな」


 スーザン・ボイルからゾンビにパスが出される。

 するとゾンビが滑らかなドリブルを披露し始めた。

 大量の出血で、床も手もボールも滑りやすくなっているのもお構いなしだ。

 こうして二人だけの全国大会が始まった。


「中学のときによくこうして1on1したよな。夕暮れの赤に包まれて。今はお前の血の紅に包まれているけど」


 ――ダンダンダン……ズルッ。


 ゾンビが華麗なターン決めて、抜き去ろうとしたが自らの鮮血に足を取られて転んでしまう。

 スーザン・ボイルはその間シュートを放ち2ポイント先取。


「まずは俺が一本だな。……お前背がそんなに高くないからって大学行ったらバスケ辞めて、ユーチューバーになろうとか考えていたらしいな。やめとけよ。俺にもお前にも才能ねーよ」


 スーザン・ボイルからゾンビにパスが渡される。

 仕切り直しだ。

 なおこの映画には脚本がない。

 予算がないから全てアドリブで行われている。


「それといい加減俺のことをスーザン・ボイルと呼ぶのやめろ! 角野覚蔵もマイケル・ムーアもいい。近藤春菜も認める。でもスーザン・ボイルは許さん。許されるのはステラおばさんまでだこの野郎。おすすめ安西先生だ」


 その言葉を無視してゾンビはスーザン・ボイルを抜け去った。今度こそ華麗なターンを決めて美しいレイアップシュートを放つ。

 ネットを鮮血に染めるゴール。

 ゾンビからは今も鮮血が出続けていて、二人もボールもゴールもコートの半分が真っ赤に染まっている。


「はん。ようやくエンジン温まってきましたってか? 脳みそも腕も腐ってないみたいだな。いや……脳みそは腐っているか。前から言いたかったんだけどな! お前女の趣味悪いからな! 篠宮だけは絶対にやめとけ!」


 急な言葉にカメラの映像が乱れる。

 カメラマンの動揺を無視して、スーザン・ボイルが言い放った。


「あいつは俺達を題材にBL書いているんだからな!」


 その言葉は赤に染まりつつある体育館に空しく響く。

 ゾンビには届かない。

 自分のBL本の制作にも関わらずアシスタントとして背景からベタ、消しゴム、トーンまでガッツリ強制労働されられているゾンビだからだ。


 ゾンビは死んだ目でバスを出す。

 攻守の交代だ。

 そのパスを受けてスーザン・ボイルが悔しそうな顔をした。


「そんなにお前は篠宮のことが好きなのかよ。……俺じゃダメか? 俺じゃダメなのかよ!?」


 スーザン・ボイルの魂の叫びにゾンビは何も答えない。

 でもカメラマンは歓喜した!


 ――ブシャァッ!


 ゾンビの鮮血とは異なる赤が体育館の赤に混じった。カメラマンの鼻血だ。

 かなりの出血量だが、映像にブレがないのはさすがだった。カメラマンの熱意を感じる。


 ならよし!


 ……としたゾンビと違って、スーザン・ボイルはカメラに向かって呆けた顔を晒していた。

 ゾンビはその隙を見逃さず、ボールを奪取。


「なぁっ!? クソ!」


 そして取り返そうとしてくるスーザン・ボイルの魔の手から逃れるために、後ろ向きに飛んだ。


 とても美しいフェイダウェイ。


 ゾンビが生前もっとも得意としていたシュートだった。

 すでに鮮血で赤く染まり見えないが、血溜まりがなければスリーポイントシュートでもあった。

 ボールは放物線を描いて、ゴールネットを血で染めていく。


「畜生! お前はそれほどまで篠宮のことを。でも……でも俺はお前のことを諦められねぇ。なあ……また一緒にバスケしようぜ? それが俺達の絆だろ。そのことをお前の鮮血が止まるまでにわからせてやるぜ! ……って、やっぱりこの設定無理あるだろ! なんだよこの鮮血を噴き出し続けるゾンビって! お前四日間も血を流し続けてんの!? もう血の池がバスケットコートを溢れて、体育館全体に広がろうとしてんだけど!? ゾンビ云々関係なくホラーだよ!? 清掃どうすんの!? ここはみんなの憩いの場の市民体育館だぞ!」


 もちろんこのあと清掃した。

 この映画は最後にこう訴えている。


『あなたの青春は何色ですか?』


 その漢字から青を想像する人は多いかもしれない。

 けれどスポーツにかける情熱も、ライバルに対する闘志も、愛する人への気持ちも、……失恋の傷さえも赤ではないだろうか。


 さあ赤く染まりなさい


  ◇   ◇   ◇


 結局、動画研究サークルはこのあとすぐ解散することになった。

 映画が再生されなかったわけではない。

 むしろ逆だ。

 この意味不明な映画はネット上でそれなりにバズってしまったから大学がキレた。


 清掃は完璧だった。

 バレはしなかった。

 ちゃんと施設側には映画を撮る旨を伝えてもいた。

 それでも施設側からクレームが来たのだ。


『モノには限度がある』

『市民の憩の場をスプラッターにするな』

『そちらの大学の学生は出禁』


 三人が退学処分にならなかっただけ御の字。

 その後、三人がバスケサークルに入ったのは言うまでもない。

 みんな、バスケしようぜ。

 

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