第6話 蚕色鯨呑
洗浄魔法で常に真っ白に保たれている石畳の舞台、そこを降りれば茶色い土が敷き詰められた地面、それを囲む白の壁、その向こうには観覧席があり、今はその観覧席は人であふれかえっていた。
彼らの視線の先、舞台の上に立つのは4人の魔法使いたち。
「くはははは! ソウ~、絵描き~、逃げずに来て偉いなぁああ」
紫髪をかきあげながら笑うシエンなど今、ソウにとってはどうでもよかった。
その向こう、カグヤ曰く元傭兵の男を注視する。白髪交じりの髪を後ろに流し、同じく白髪交じりの髭を撫でながら小さく笑っている。
(どこが転校生、学生だよ! めちゃくちゃおじさんじゃないか!)
学生の中にそういった大人がいてはいけないという規則はない。年齢など曖昧で誤魔化しがきくし、そもそも魔法を学ぶのに若いころから学ぶのがよくとも学べないわけではない。
だが、貴族を中心に恥や誇りに重視するこの世界では、若い人間と共に学ぶこと自体が恥ずかしいと考える為、やはり大人が入学してくることはない。
この恥知らずの大人は恥知らずの貴族の息子の金によって恥知らずに一時的に転校生としてやってきたのだ。
「おい、ソウ。俺の親友カイジンは照れ屋なんだ。あんまり見つめるなよ」
「……随分大人っぽい友達がいるんだね。シエン」
「お前達をぶっ倒したいって言ったら喜んできてくれる結構やんちゃなところはあるけどなぁ」
カイジンと呼ばれた白髪交じりの男は取り繕っただけの申し訳なさを顔に張り付けて笑っているが、その威圧感はまさしく戦場を生き抜いた強者の空気。
その力強い空気を背に受けて虎の威を借る狐、ぺろりと赤い舌で唇を舐め笑うシエンにソウは頭痛を覚えながら、それでも一歩も引かず告げる。
「わかったよ。ただし、簡単に負ける気はないよ。というより、これで負けたら君のせいだね。シエン、恥ずかしさで顔から火を出して死なないでね」
ソウのいう事が分からずぱちくりと瞬きを繰り返していたシエンだが、急速に顔を真っ赤に染めて目を吊り上げる。
「言うようになったじゃねえか。おつかい係のソウちゃんがよぉおお……! テメエ、この試合で負けたら、今後素っ裸にひん剥いてお買い物に行かせてやるから覚悟しろ」
「……おい、うすぼけた紫。神様はやはりお前に脳を描き忘れたようだな。ソウの裸を見てなんの得がある?」
「それはそうなんだけど、それでもちょっとボクは傷つくよ、カイガ! って、相変わらず絵がうまいこと!」
カイジンをじいっと見つめながら小さな紙に黒い炭で彼の姿を描くカイガにソウは詰め寄るが、カイガは意に介さない。埒が明かないと思ったのか、審判である教師と見届け人生徒代表に立候補したカグヤが舞台中央にやってくる。
「まあ、皆さん盛り上がっていますね! それでは、時間となりましたし、始めましょうか。降参、もしくは、こちらが戦闘不能とみなした時点で止めますので、気を付けて死力を尽くすよう」
「それでは……はじめ!」
審判の合図により模擬戦が開始される。生徒たちの大歓声に包まれ、4人は一斉に動き出す。
まずは誰よりも早くソウが動いた。
「風刃(ウィンドカッター)!」
最速の魔法と呼ばれる風の初級魔法で風の刃を生み出し、シエンに向かって連続で飛ばす。速さ重視の連続攻撃の為、基礎能力の高いシエンは相殺する魔法を放つまでもなく、自身の魔力によって纏っている魔法障壁で防ぐことが出来る。だが、逆にそんな無駄な魔法を何度も放つのはただのいやがらせでしかない。その意味を理解したシエンは苛立ちを募らせ顔をゆがめる。
「む、だ、な、ことしてんじゃねえよ! ソウゥウウウ!」
級の高い魔法を繰り出そうにもソウの初級魔法で集中が乱されるシエンは、魔法障壁任せに飛び込み、シンプルな無属性魔法をぶつけようとする。だが、ソウはそれも見越しており飛び上がって風魔法を放ちめくらましと同時に再び距離をとる。
「逃げるな、臆病者がぁあああ!」
それを追いかけるシエンを横目でちらりと見ながらカイジンは白髪交じりの髭をいじる。
「あ~……まあ、あっちはあっちでやらせときますかね。それより、悪いねえ、こんな老けた学生がしゃしゃり出て」
口先の謝罪を吐くカイジン。腰に差した魔法剣の鞘を持ちいつでも抜ける態勢でカイガに近づく。
「ふむ、気にすることはない。年齢や見た目など些末な問題だ。大切なのは中身だよ」
「おお、素晴らしいことを言ってくれるねえ。流石、現七傑」
「うむ、薄汚いドブネズミ色だ」
「失礼だな! お前! ったく、最近のガキは……」
「褒めたのだが」
「わっかんねえなあ! それ!」
カイジンが叫びながら魔法剣を抜き、魔力を込める。魔法剣に灰色の魔力が集まり、鼠色の粒がどんどんと形成されていく。
「鉄か」
「ご明察!」
小さな鉄の粒が砂嵐のようにカイジンの剣を中心に渦を巻く。勢いよく下から掬い上げたカイジンの魔法剣の一振りにより、真っ白な舞台を無遠慮に傷つけながら鉄粒の嵐がカイガを襲う。
「ふむ……【拒絶の壁】」
カイガが懐から紙を取り出し土色の魔力を込めると足元から煉瓦の壁が生え、カイジンの放った嵐を受け止める。高速で回転し続ける鉄粒の嵐がザリザリと不快な煉瓦を削り取る音を立てるが、徐々に音が弱まり霧散する。
「ははっ……すげえな。全くの無傷。しかも、あの速度でこのレベルの魔法を展開できるのか。その絵がお前さんの魔法ってわけだな、カイガ君よ」
役割を終えた壁がボロボロと崩れ地面に落ちると土色の魔力となって同じように消えていく。その向こうにいたカイガが手に持っていたのは茶色い紙に書かれた壁の絵。人々を分かつように描かれた非情な壁の絵だった。
「ふむ、ご明察、だな。あいにく私は魔法陣のようなただの文字や図を並べるだけが出来ないのだが、その代わりをこの絵に担ってもらっている」
「絵の魔法ってわけだなあ……ばけもんだね、こりゃ」
カイジンは顔をひくつかせながら、目の前の絵のバケモノを見つめた。
『ペイン、ト~魔法の絵描きは【弱者の青】を欲してやまない~』 だぶんぐる @drugon444
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