天弓

野村絽麻子

ボクと黒猫と雨の日

 どうやら今日の黒猫オペラは、少しばかり不機嫌。

 それはきっと、しとしと降り続く生憎の雨のお天気に、自慢の毛並みがしゅんとしているせい。ボクは取って置きの蛍石フルォ・ライトコレクションの入った宝箱の蓋をゆっくりと押し開ける。

「ほら、ご覧。まるで世界中の色を閉じ込めたみたいな鉱石だ」

 ミネラルを含んだ鉱石いしは、その内包されている成分によって、様々な色合いに結晶する。ボクはこの色とりどりの結晶が、鉱石の中では好き。

 冬の空みたいに透き通る紫苑色アスター、初夏の森を封じ込めたような青瓷色セラドン・グリーン、夏の夕暮れにも似た深菫色ヴィオレッタ。ジェリーみたいな黄緑色ミント・グリーン、熟れた桃色アプリコット、飴玉のような黄橙アンバー。ひとつの鉱石の中に二色が同居するバイカラーもあれば、それよりもっと派手なレインボーカラーもある。

 どれもキャンディみたいな正八面体。手のひらに乗せるとと可愛らしく転がる。窓の外が雨模様なことも忘れて、ボクは夢中で魅入ってしまう。なんて素敵な鉱石だろう。

「ねぇ、オペラ」

 振り返ると、丸くした背中が見える。面倒そうにパタリと尻尾を動かしている時は。ははぁん、さてはこの黒猫ってば、どうやら完全に拗ねている。

「オペラの毛並みはなんて美しい黒なんだろうねぇ」

 ボクは叔父さん譲りの口調でもって、やんわりと黒猫に呼びかける。さらさらの手触り。温かな体温。

「ほら、こうして見ると光を弾いて、綺麗な虹色の艶が見えるじゃない?」

 月長石ムーンストーンとも曹灰長石ラブラドライトとも違う、美しい虹色の輪が毛並みの至るところに煌めいている。

「本当に、綺麗……」

 思わず魅入ると、黒猫は照れ臭そうに耳を掻き、それから、窓の外へと視線を向かわせる。

「おや。雨が止んだかしら」

 窓を開けてボクは、わぁ、と思わず叫んでしまう。だって、それはそれは大きくて立派な虹の橋が、ボクらの頭上を悠々と横切っていたのだから。

「散歩に行こう!」

 嬉しさのあまりソファから跳ね起きると、わくわくと瞳を輝かせた黒猫がニャアンと機嫌良く応えた。

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