青春チー・ポン・カン! ~対面、お前は混一色で諦めるのか、清一色まで粘るのか。それが問題だ~

笹 慎

『心理学』本日、休講

 二〇〇〇年代初頭、大抵の大学生は授業の合間や休講の際は雀荘じゃんそう(注1)にいた。今でこそやれ健康麻雀だなんだと禁煙なことも多い雀荘だが、この時代は半荘ハンチャン(注2)もやれば立派なニコチンで燻製された人間ベーコンができあがるほど、モクモクと紫煙がたゆたっていたものだ。


***


 その日、選択式教養科目の『心理学』が休講になった俺は友人の武臣にメールし、そして彼らの麻雀卓に混じることにしたわけだが……。


 現在、オーラス(注3)、そして俺はラス親(注4)。配牌(注5)はゴミだった。俺が負けるか、ノーテン(注6)だと、この半荘は終わる。現在二位。正直、このままノーテンで流したい。だって、この後、必須科目の『法学概論』あるし。


 俺の向かい対面トイメンに座る安藤君なる人物とは、今日が初対面であった。俺の右隣、下家シモチャに座る岸田のサークルの友人で商学部らしい。


 茶髪のロン毛を無造作に後ろで一本に縛った安藤君は顔も長瀬智也に粗いモザイクかけた感じのイケメンでラッキーストライクなんぞを吸っており、卓の下に折りたたまれた脚は窮屈そうで身長もあるようだった。


 そのカッコイイ雰囲気に気圧され最初こそ「雀鬼じゃんきか」と思い警戒していたが、実際はさほど強いわけでもなく、むしろ先ほどからよくわからない牌の切り方をしていた。


 時折首をかしげては、後ろにいる別の友人に助言をもらっているところから察するに、麻雀の初心者なのではないだろうか。だがしかし、それらすべてがブラフの可能性もある。麻雀とは、様々な心理的な駆け引きを要するに恐ろしき遊びなのだ。


 その安藤君、さっきから岸田が捨てる牌を「チー」だ「ポン」だと索子ソウズ(注7)を鳴きまくっている。すでに残り一枚の裸単騎待ちだった。


「岸田と安藤君、コンビ打ち(注8)かよ」


 左隣の上家カミチャに座る武臣がペヤングソース焼きそばを食べながら、その様子を茶化した。というのも安藤君が索子ソウズで染めてるのはわかりきっているので、武臣も俺も索子ソウズも字牌も切らずにいたが、岸田だけはやたら索子ソウズを切っていたからだ。


 まぁ、混一色ホンイツ清一色チンイツなどの染め手は役は高いが、むしろ牌が限定されるので戦いやすい。アホみたいに索子ソウズを切ってる岸田がロンされるだけだろう。岸田は三位だし、安藤君は四位だし。


 岸田と俺の点差は少しひらいているし、例え彼が清一色チンイツのみ満貫でも直撃しなければ、俺の順位は二位のまま終わる。この局は、ドラ表示牌が赤五筒ウーピンで二やく加算されるドラの六筒ローピンと、索子ソウズ、字牌に気をつけて流局まで逃げ切る算段だった。


 俺は場にもう二枚捨ててある一萬イーワンを捨てて、咥えタバコでマルメンに火をつける。続いて牌をひいた岸田の手が止まった。彼は腕を組んで「うーん」と悩んだあとで、点棒入れを開いた。


 は? お前の隣、染めてんのに正気か?


立直リーチ


 岸田が千点棒を指定の位置に置くと、自動雀卓じゃんたくはそう鳴き声を上げた。もう山の残り牌も少なく、安藤君は単騎待ちで染めていることが濃厚で、ここでの立直リーチはクレイジーにもほどがあったが、岸田のクレイジーはこれだけではなかった。


 岸田は赤ドラの五索ウーソウを捨てた。思わず、武臣とほぼ同時に安藤君を見る。しかし、安藤君は「ロン」とは言わなかった。


 通るのか、五索ウーソウ!?


 その後、三人とも立直リーチ一発直撃はさすがに避けるべく全員安牌を切る。俺はもう一刻も早くこの局を流したかった。


 緊迫する空気の中、岸田は立直リーチ一発自摸ツモがかかった牌をひく。その牌を少し見やってから、彼はニヤリとして手牌を表に返した。


立直リーチ一発自摸ツモ、ダブなん……えっとドラが……」


 手の指を折りながら岸田は役を数えていく。この時点で、五やく……満貫以上確定。そして、見たくなかったが、岸田の手牌には六筒ローピン暗刻アンコがあった……。


 二やく加算のドラが三枚……は? 三倍満?


 岸田は裏ドラをめくる。裏ドラ表示牌は東だった。


「おお~。裏ドラのったわ」


 南を暗刻アンコってた岸田はめでたく数え役満となった。俺は三位に転落し、安藤君はハコった。


 浮かれている岸田を放置して、安藤君に声をかける。


「安藤君、何待ちしてたの?」


 安藤君はカッコイイ顔で首を傾げて、手牌を倒した。そこに現れたるは、九筒キューピン。しばらく、武臣と一緒にその牌を見つめる。


「チョンボじゃねぇか!!」


 俺と武臣のツッコミが雀荘に響いて、常に怠そうな顔しかしてない店員さんから一際ヤな顔をされたのだった。



(おしまい)


◇◇◇◇◇◇◇

 以下、用語注釈(なお、途中で面倒になって用語注釈つけるのやめたので、麻雀わからない人は雰囲気だけでも楽しんでいってほしい)


注1

雀荘じゃんそう……道具が一式揃ってて麻雀で遊べるお店。大抵、自動雀卓じゃんたくが完備されているので、麻雀牌を積んだりなど面倒な作業がない。学生街だと学割などあって、場代千円くらいでドリンクバーついてたりして六時間以上いれたりする。

私が学生の頃は、安い居酒屋で飲んで、そのあと朝まで雀荘にいたりもしたが、今はどうやら風営法に触れるらしく深夜営業は禁止らしい。


注2

半荘ハンチャン……麻雀のプレイヤーは各々東家(親)・南家・西家・北家という家を順々に割り当てされ、反時計回りに順番に東家(親)が巡ってくる。東家(親)をそれぞれ二回(一回目を東場・二回目を南場という)やったらゲームの一区切りとなり、それを半荘ハンチャン(中国だと三回目の西場と四回目の北場でワンセットの一荘で、それの半分だから)と呼ぶ。


注3

オーラス……半荘ハンチャンの最後の局。


注4

ラス親……半荘ハンチャンの最後の局で東家(親)が回ってくること。


注5

配牌……最初に配られる14枚または13枚の牌


注6

ノーテン……あと一手で上がれる状態を「テンパイ」といい。それ以外の状態をノーテンという。


注7

索子ソウズ……竹の絵柄の1から9までの数字牌。

このほかに、萬と書かれた1から9までの数字牌である萬子マンズと丸いボタンのような絵柄の1から9までの数字牌である筒子ピンズがある。


注8

コンビ打ち……本来、麻雀は個人戦であるが、仲間で協力して相手に有利な牌を捨てたりしつつ、仲間を勝たせようとすることもある。ルールによっては不正行為に該当するので気をつけよう。


 ……すいません。力尽きました……。

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青春チー・ポン・カン! ~対面、お前は混一色で諦めるのか、清一色まで粘るのか。それが問題だ~ 笹 慎 @sasa_makoto_2022

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