【KAC/甘くないお仕事SS7】闇色を纏う

滝野れお

闇色を纏う

 闇に包まれた王宮の使用人宿舎。

 シンと静まった宿舎を見張るのは、木立に身を隠した黒マントの男──化粧師のオーギュストだ。


 彼がここに居るのは、もちろん黒狼隊の隊長であるイザックの命令だ。

 そしてイザックの読み通り、闇に乗じて宿舎から出てくる人影があった。


(うーわ、マジでウケるんだけど)


 オーギュストはクックッと忍び笑いをすると、人影を捕らえるべく動き出した。



〇〇



 昼間、キアが階段から落ちたことは知っていた。

 その経緯や、イザックが受け止めて事なきを得たこともキア自身から聞いていた。彼女いわく、足に何かがぶつかって足がもつれたらしい。


 キアの足にぶつかったものは木片だった。

 石造りの階段の上に転がる異質な木片を、イザックが気づかぬはずがない。当然、それを投げた者の姿も素早く見つけた事だろう。


『ラウルを調べろ。逃げ出すようなら捕らえて連れて来い』


 イザックにそう命じられた時、オーギュストはポカンとした。

 嫉妬からの職権乱用かよ──とすら思ったが、自分の気持ちにすら気づいていない朴念仁が、そんな事をするはずがない。

 とは言え、あの氷の貴公子に春が訪れたことは確かだ。


 オーギュストは、黒狼隊の隊員である以前にイザック子飼いの従僕だった。

 子供を家畜のように働かせる人身売買の組織から救ってもらって以来、オーギュストはイザックの傍で彼を見て来た。だから知っている。イザックという男は感情よりも効率で物を判断する──あの凍てついたアイスブルーの瞳に温かみが灯ることはないのだと。


 実際、オーギュストが四六時中黒いマントを纏い、顔をフードで隠し続けても、今の今までイザックが気にかけてくれたことはない。

 オーギュストがどんな気持ちで闇色を纏っているのか、そんな事は彼にとって重要ではないのだ。

 淋しい気もしたが、それはそれで仕方がない。助けてもらい、居場所を与えてもらっただけで有難いのだから。


 そんな氷のような心を持った男が、この半年でみるみる人間らしくなってきた。

 オーギュストにとってそれは、芝居小屋の寸劇を見るよりもずっと面白かった。


 

〇〇



 王宮庭園の地下に隠された薄暗い部屋で、ラウルの取り調べが始まった。


「おまえの出身は、西のベルミ辺境伯領にある小さな村だと書類に記されていたが──嘘だな?」


 イザックのアイスブルーの瞳がキラリと冷たく光った途端、ラウルがヒッと息を呑んだ。


「本当は、ナヴィア王国から来たのだろう? 白状すれば命は取らない。おまえにこの仕事を命じたのは誰だ?」


「そ、それは……」


「もうバレてんだから早く喋っちゃった方が良いよ~。この人を怒らせたら、スパイ容疑で処刑なんてことにもなりかねないし!」


 オーギュストは応援のつもりでそう言ったのに、イザックにギロリと睨まれてしまった。


「お、俺はただの情報屋だ! キアって娘を探してくれと頼まれただけなんだ! 見つけたら会えるようにして欲しいとも頼まれたけど、スパイだなんてそんな大それたことはしてないよ!」


 イザックの睨みが効いたのか、ラウルは怯えながら話し始めた。

 依頼主であるレヴァンケル王子の名前が出ると、イザックは満足そうに頷いた。


「では、おまえは今日付けで解雇だ。依頼主には、卑怯な真似をしても無駄だと言っておけ」


 微笑みすら浮かべてそう言い切る男が、未だに己の気持ちに気づいていないとは。


(ああ、面白れぇ)


 オーギュストは笑いをかみ殺しつつ、黒いフードの影から羨ましげに主の顔を見上げた。


 イザックの凍てついた瞳に温かみが灯ったように、いつか誰かが自分の纏う闇に気づき、光をあててくれるかも知れない。

 そんな日が来ることを願いつつ、オーギュストは黒マントのフードを引っ張った。



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