第14話


「そもそもの話、君って魔法をどう認識してる?」


「どう……とは?」


 西区の廃墟地帯を歩きながら明は尋ねる。


「例えば君達魔法少女達が習う魔法。あれの説明をしてくれるかな」


「は、はい……かつて存在した超常存在である神々の御業を人でも扱えるようにスケールダウンさせたものが魔法です」


「よろしい。それじゃあ最終目標は?」


「神々の御業の再現、ですよね?」


「概ね合ってるかな。君達魔法少女や魔装適合者が持っている固有魔法は千差万別だけれど、突き詰めていけば最後に辿り着くのが神の業だからね」


「あの、気になっていたんですけど……明室長のそれって……」


「ん、ああこれ? これは──まあ、まだ魔法の範疇かな」


 二人の周囲を警戒するように空中を漂う龍の生首。所々炎が吹き出しているところから火で構成されているのだろう。とすれば、明室長が扱う固有魔法は火に由来するのか?


 ううん、違う──と光は考え直す。


 光はニーアと関わる中で何度か明室長の魔法「らしき」ものを見ている。その中に火を扱った魔法はなかった。


 先程見せた障壁らしき魔法もそうだが──明室長の扱う魔法はあまりにも種類が多すぎる。複合属性持ち? それも違う。

 多分あれは私の知る魔法とは根本から異なるものだと、光の魔法少女としての勘がそう告げている。


「魔法はイメージ、とは言うけれどね。正確に言えばそのイメージにどれだけの肉付けが出来るかで魔法の出来は異なる」


「それはいったいどういう……?」


 光の知る限り魔法というのはイメージが全ての筈だ。事実、養成所でもそういう風に習っている。神々の御業の再現を行う為にはイメージが最も重要なのだと。神々の御業と自身のイメージを一致させる事で魔法の威力、出力共に上げることが出来る。


 そう習ったのだが……。


「んん? 今の養成所ってこれ教えてない……って、あーこれ出るのまだ先だっけ?」


 どうだったかなぁ、と顎に指を当てて考える明の頭上にパキキ、と何か硬く閉ざされていたものを無理矢理動かしたような音が響くと同時に魔法陣が出現する。


「あ、あーなるほど。今はこれか。集合無意識の中にある神魔に対する信仰から抽出する形式なのか。確かにこれなら小難しいものはいらないし、一致させればさせるだけ威力と強度が共に上がるか。でもなぁ、この方式だと結局オリジナルは越えられないんだよねー。うーん、咄嗟に発動させやすいし、威力のブレが起き難いというのは利点だけど……通用するの悪魔か魔神の最下位辺りまでじゃないかなぁ」


 上に行けば行くほど認識の潰し合いになるしなぁ、などと光には到底理解のできない話をぶつぶつと呟く明。


「んん……よし決めた。君に悪鬼と戦闘させないのは変わらないけど、悪鬼に対して魔法を使ってもらおうかな。直に見て決めた方が速そうだ」


「……? 戦闘はしないのに、悪鬼に対して魔法を使うんですか?」


「僕が後ろから援護したとしても結局全部僕がやって意味なさそうだしね。だったら的当てでもしてもらおうかなってことさ」


「ま、的当て?」


「そ、此奴相手にね」


 パチンと明が指を鳴らすと同時に突然頭部に大きな一本角が生えた鬼らしき悪鬼が現れた。その悪鬼も突然の状況に混乱しているのだろう。明らかに動揺した様子を見せていたが、目の前にいた明と光の姿を認識した途端目の色を変えて襲いかかった。


 が……


「ガッ、グッ……!?」


 襲いかかろうとしたままの不自然な体勢のまま動かなくなった。普通ならば重心の関係からそのまま地面に倒れていてもおかしくないほどの不自然な体勢。だと言うのに倒れることを許してもらえていないかのようにその場に固定されていた。


「ほら、的も大きな物を選んだし当てやすいでしょ? 何だったら零距離で打ってもらってもいいよ」


 何ともないかのように話す明に光は開いた口が塞がらない。


 今のだけで少なくとも3つの異なる魔法が使われていた。悪鬼を探る為の探知魔法、悪鬼を転移させる為の転移魔法、そして体を停止させる何らかの魔法。


 光が分かったのはその位だが、恐らくそれ以上に今の一瞬で使われた魔法はあるだろう。それだけの並列処理をたった一工程のみで完了させるなんて──!


「あれ、おーい? 光ちゃーん?」


 養成所の教官ですらこんな複雑な事をしたことはなかった。教官だって、先輩の魔法少女や魔装適合者の人達だって魔法を一つだけ操るだけだった。


 だが、彼女達のそのどれもが洗練され、美しい魔法だった。たった一つの固有魔法に磨きをかけてきたのだと光でも分かるほどに。


 でも、この人の……明室長の魔法はそんな次元じゃない。魔法の展開速度、術式効果を正しく発動させる為の精密さ、何一つとして歪みがない魔法。そのどれもが光が今まで見てきたものとは比較できない。


「えっ、もしかして僕無視されてる……?」


 これがセフィラ──。


 無意識にごくりと喉がなる。


「あれぇ? な、なんでぇ? 僕、仮にも滅茶苦茶偉い人なんだけど???」


 無様は見せられない。


 外界の雑音の一切を遮断し、極限の集中力を以て魔法を構築する。何度も何度も繰り返しては体に染み付けさせた反復作業。


「あ、なんだぁ集中してただけね。無視されたわけじゃ──いや、これも一種の無視じゃ……」


 体の奥底──そこよりも深い場所に己の全てを繋げるように。渦を巻く力の根源から魔力を引きずり出す。そして引き出した魔力を癒しの光へと変換する術式に通していく。


 その際に思い浮かべるのは──私が誰よりも尊敬する人、ニーア・アルフォスという光の象徴。


 あの人はこんなものではない。遍く全てを照らし邪悪を排する聖光。一致させろ、寸分違わずに。彼という邪悪の敵を。


「ん、んん?」


 お兄さんに教えてもらったことを思い出せ。薬も過剰になれば転じて毒となす。それを私の癒しの魔法に適用させろ。


「分裂」


「増殖」


 描け、私が焦がれた光を。


臨界突破オーバーロード


 太陽を模した魔法陣が杖の先に展開される。


「──へえ」


 周囲が暗くなったと錯覚するほどの眩い光が収束する。


悪性融解キャンサー-γ」


 放たれたのは鬼型悪鬼の頭部を覆える程度の光線。私が思い描いていた本家本元たるお兄さんの物には遠く及ばない。それでもこれが私が出せる全力だ。


 放たれた魔法の光線は悪鬼の顔面に命中した瞬間──


「ゴッ!?」


 ほんの一瞬で悪鬼の顔が倍以上に膨れ上がり、膨張し切った風船が割れたような破裂音を鳴らして頭部が消失した。


 頭部を失った悪鬼の体から力が抜け落ち、ズゥンと重い音を響かせて地面に倒れ伏す。暫く待っても悪鬼の体が動き出すことはなかった。完全に死んだと見ていいだろう。


「ふぅ……」


 そこまでして漸く光は息を吐いた。


「ど、どうでしたか? 私的にとても上手く出来たと思うんですけど」


 今の私が出せる全力はセフィラの長たるこの人には一体どのように見えただろうかと不安と期待で混ぜこぜになった表情を明室長に向けた。


「──面白い」


 ニィ、と今まで見た事がない表情を浮かべる明。その眼は爛々と輝き、まるで新しい玩具を与えられた子供のように無邪気な視線を頭部を失って倒れた悪鬼に向けていた。


「癒しの魔法を攻撃へと転化させた魔法。あの魔法に構築された魔法陣……類似したものだと元はディアンケヒトか? そこにニーアというエッセンスを加えたんだな。成程、僕には思いつかなかった。集合無意識の中にある信仰──それの対象は何も神魔だけじゃない。この世界ならば彼もまた信仰対象になっていてもおかしくない」


「あ、あのぅ?」


「ディアンケヒトの癒しに彼の魔法──表層だけ切り取ったものだが、それを混ぜたことで出力を過剰に引き上げて悪性化したもの邪悪と見なし殺し尽くす。悪性情報の無制限の増殖と分裂、それら殺し尽くす破魔の擬似聖光。魔力の続く限り無限に殺し続けさせることで発散したエネルギーが頭蓋内に溜まった結果、膨れ上がって破裂したのか」


「明室長ぉ……?」


「無駄はあまりにも多いが見るべきところも多い。信仰の抽出を上手く扱った合体魔法だな。ただ術者と余程相性が良くない限り制御が出来ずに潰し合いになって暴発するだけ──いや、そういう風に使えば問題ないのか。ラグナロクのように発散したエネルギーを利用すれば……駄目だな。僕や宵なら兎も角他の奴には無理だ。下手に爆発させれば神魔の力が無差別に撒き散らされる。そう考えるとあの無駄の多さは重要だったのか?」


「ひぃん、無視されてます……」


「──試すか」


 ブツブツと何かを早口で呟いていた明は残っていた悪鬼の体にむけてその白魚のような指先を向ける。ポゥ、と指先に光が収束する。それは先程の光が見せた魔法とほとんど同じものだった。


 唯一の違いは光線になった光の魔法に対して明の魔法は光弾のように高速回転して指先の爪ほどの大きさまで圧縮されている。


「穿て」


 その一言と共に放たれた光弾は悪鬼の体に突き刺さり──


「ふぅん?」


 パチリと明が指を鳴らしたと同時に悪鬼の体が急速に膨張して爆発炎上した。地響きを起こすほどの衝撃に耳を劈くような爆発音。


「ぴゃあああああああっ!?」


 眩い位の白い光が明達に降り注ぐ。が、それは明の前でピタリと動きを止めた。爆風も、爆発によって吹き飛ばされた瓦礫さえも尽く明が生み出した障壁の前にぶつかって自壊していく。


 爆風が収まった頃に爆発によって発生した煙も晴れて、悪鬼の体が存在していた場所には黒く焦げ付いた小規模のクレーターが出来ていた。


「なるほどねぇ……ニーアの魔法の完全再現は無理だけど、信仰からの抽出なら破魔の聖光というテクスチャだけは再現出来るんだな。ただそれでもニーアの魔法が強すぎる。意図的に無駄なところを増やして威力を落とさないとエッセンスとして追加した破魔の聖光のテクスチャが元の魔法を塗り潰して暴発する。盛り込む匙加減が難しいが……興味深い」


 顎に手を当てて考え込んでいる様子の明だったが、不意に懐に入れていた端末が震え、連絡が来ていることに気がついた。


「何? 僕今ちょっと忙しいんだけど」


『お姉ちゃん何かやった? ニーアの劣化したハリボテみたいな力をお姉ちゃんの方から感じ取ったんだけど』


「魔法の検証中でね。今主流の魔法でニーアの魔法の再現をしたんだよ」


『ふぅん? でも全然似てないし、気持ち悪いからやめてね』


「酷いね。まあ、使ってみて分かったけど中身のないハリボテだったからね。本質を捉えてない集合無意識なんてそんなものさ。でも、上手く使えばもっと面白い魔法が作れそうなんだ」


『お姉ちゃん魔法のことになると急に早口になるよね』


「言い方。……まあいいや、そろそろそっちに向かうよ。暁光ちゃんは面白い子ってのも分かったことだしね」


『へえ、気に入った?』


「さあね」


 それだけ言うと明は光の方へと向き直った。


「さて、光ちゃん──何をしてるんだい?」


「あ、えへ、えへへ……見るに堪えない魔法でしたよね。うぅ、調子乗ってすみません……穴掘って埋まっときますぅぅ」


 ザックザックと器用にも杖を上手く使って穴掘りをしている光の姿に明は困惑を隠せない。


「……思ってたよりこの子癖が強いな?」


 明の脳内に浮かぶの揃いも揃って曲者揃いのセフィラの連中だ。妹の宵は言うに及ばず、お世話中毒、スリル馬鹿、度し難いショタコン……あれ、もしかしてうちの組織僕とニーアを除いて全員犯罪者予備軍の集まりなのでは?


 う、嘘だ……! この僕が集めたセフィラ・フラグメントという最強集団の9割が犯罪者予備軍の集まり……というか、犯罪者にならないように収監してるチームの集まりなんて……!


 思わぬ事実に小さくないショックを受けていた明だったが、気づけば腰よりも深く穴を掘っている光を止めてフォローをした。


「あ、あーほら。確かに君の魔法は無駄が多いし、雑だし、魔力操作も下手くそだったけど──」


「う、埋まりますぅ〜!」


 更に勢いよく穴を掘って自ら埋まりにいく光。


「待て待て待て! 最後まで聞いて! でも発想力とか想像力とか独創的な考えとかが良かったよ!」


「……それって全部発想力が良いで片付きませんか?」


「……」


「埋まりますね」


「やめろって! 怒られるの僕だぞ!?」


「うわぁん! 離してください! 今まで鍛えてくれたお兄さんに合わせる顔がないんです!」


 ジタバタと暴れる光を魔法を使って穴から引きずり出す。あの一瞬で肩まで埋まるほどの穴を掘っている光に戦慄しながらも明は頭をガシガシと掻いて説明する。


「発想力が良いってのは魔法少女にとって強力な利点なんだぞ」


「でも、魔法はイメージが全てではないんですよね?」


「そりゃあね。少なくとも僕の率いるセフィラではイメージのみで魔法を扱うやつなんていない。魔法を補強する為に中身を肉付けしろって言ってるしね」


「なら──」


「でも魔法の基本骨子はイメージであることには違いはない。どれだけ肉付けを行ったところで土台が貧弱だと肉付けで増えた重みに耐えられず崩壊する。そういう意味ではイメージこそが全てっていうのは正しいかもね」


 その言葉を聞いてジタバタと暴れていた光はピタリと暴れるのを止めた。


「その点を加味すれば君の発想力の高さは強力な武器になる。僕にだって思いつかなかったことを君はやったんだからね。そこに関しては君は誇っていい。ニーアが目を付けたのも納得がいったよ」


「ほ、本当ですか?」


「ほんとほんと僕嘘つかない。魔法の基礎から鍛え直して今回教える魔法の補強の仕方とか覚えていけば君のそれは唯一無二の武器になるさ」


「そうでしたか……」


「ああ、だから──」


「これでお兄さんに合わせる顔が出来ました〜! これなら胸を張ってお兄さんの弟子を自称出来ますよね!? 良かったぁー!」


「こ、此奴……」


 さっきまで自暴自棄っぷりは何処に消えたのか。目を輝かせて喜ぶ光の姿に明はドン引きを隠せない。


「卑屈なんだか、図太いんだか……まあいいか。それじゃあそろそろ宵の所に移動しよう。魔法の補強に関しては宵が一番分かりやすいだろうからね」


「あ、はい! それで宵さんがいる場所って此処からそこそこ離れていましたよね? 移動はやっぱり走っていくんですか?」


「いや、こうやって移動するけど?」


 明がパァンと手を鳴らした瞬間、視界がブレた。そして次の瞬間、光の目の前には数多の悪鬼達を押し潰し溺死させる大瀑布が広がっていた。

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終末世界で英雄賛歌を謳う でち @dechi404

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