第13話
そこは廃墟と呼ぶにはあまりにも荒れ果て、荒野と呼ぶには些か文明の後が残り過ぎている。焦土と化したように大地は黒焦げであった、まるで猛烈な吹雪が吹き荒れたかのように永遠に溶けぬ氷塊が至る所に散見していた、樹海の如く木々や草花が生い茂り、生命を捕食するために蠢いている。
正しく混沌であり、魔境。
此処は未だ人類が悪鬼から取り戻せぬ土地──西区。悪鬼の楽園、光差さぬ最果ての地。
「な、なんで私なんかがこんな所に……?」
そんな魔境に杖を持って怯えたようにぷるぷると震えている暁光の姿があった。
「そりゃあ君に経験を積ませる為さ」
怯える光の隣にいるのはまるでバカンスに来たのかとツッコミたくなるくらいにラフな格好をした明の姿があった。どうみても終末まっしぐらな光景を前にサングラスを掛けて手にはストローを差したフルーツジュースを持って飲み歩いている。
明らかな場違いな服装──自殺しに来たのかと言われてもおかしくない程の軽装で、鼻歌混じりに西区を散策していた。
「君はニーアの弟子という事を重く捉えた方がいい。彼は紛うことなき人類最強──何だったらこの世界の救世主でもある。そんな彼の弟子である君には大なり小なり期待されることになるだろう。それこそ僕達セフィラに匹敵するほどの何かを持っているのか、とかね?」
「わ、私がセフィラの皆様に匹敵する……? お、恐れ多すぎて……」
「ハハ、まあ君がそう思うのは仕方がないかもしれないけど、外野はそうは思わないってことさ。彼の弟子である以上はそういう目は確実に向けられる。……ま、今は僕が情報操作して誤魔化してるから問題ないけどね」
「知りたがりの馬鹿共が多いから苦労したよ」と疲れたように呟く明を他所に光は先程の言葉を反芻していた。
彼の……お兄さんの弟子である以上は必ず注目される。そうなった時に無様を晒してしまえば私の評判はともかくお兄さんやセフィラ・フラグメントにだって影響があるかもしれない。
きっとお兄さんならば仕方がなかったと言って笑って許すだろう、これから頑張って行こうと励ますだろう。それに甘えたままでいいのか?
いいや、否である。
駄目、それじゃあ駄目だ。お兄さんに縋って、頼って、依存するのだけは駄目だ。
「明室長」
「んー? 何かな」
「私、少しでも強くなる為にも頑張りますね! この西区に蔓延る悪鬼達と戦うのはまだ怖いですけれど、それでも──」
「いや、戦わせるわけないでしょ」
「戦って強く──えっ?」
き、聞き違いだろうか? 折角覚悟を決めたというのに思い切り出鼻をくじかれた様な言葉を言われたような気がするのだが。
「物事には段階ってものがあるんだよ。覚悟を決めたからって劇的に強くなるなんてことはない──いや、たった一人を除いてあるわけがない。今の君がこの西区の悪鬼に立ち向かおうものなら一瞬で裸に向かれて美味しく頂かれるだろうね」
覚悟を決めただけで強くなれるのなら誰だって覚悟を決めるだろう。だが、現実は覚悟を決めた程度で劇的に強くなれるわけじゃない。精々が臆さなくなる程度。
仮に光が悪鬼相手に相討ちに持っていくほどの覚悟を持っていたとしても、この西区に蔓延っていた悪鬼相手ではその覚悟は何の意味もなさない。
立ち向かったが最後、瞬きの間に捕まり身ぐるみを全てを剥がされて二つの意味で美味しく頂かれてそれで終わり。
「え、とそれじゃあ私は何の為にここに連れてこられて……?」
光はてっきり悪名名高い西区の悪鬼達と戦って経験を積むことが今回の目的だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
「最初に言っただろう? 経験を積んでもらうってね」
「でも、それなら戦わないと……」
「まあ、実際に戦った方が覚えやすいってのは否定はしないけれどね。でも、何も絶対に戦わなければ為にならないって訳じゃあないんだよ。君だって悪鬼と戦う前に養成所とかで魔法やら魔装についての座学をやっただろう? 今回はそれさ」
「なるほど……?」
何となくだが理解は出来た。つまり今回の目的は見て学べという事だろう。
「何せ今回の西区調査はニーアと僕の妹──宵が共同で行うんだからね。この時代……この世界の最高峰に立つ二人の力を間近で見れる機会なんてそうそうない。それに加えてこの僕が君の為に魔法についての手解きもしてあげよう」
「明室長が、ですか?」
「ああ、ニーアとそういう約束もしたしね。良かったねぇ、君の今の状況を他の奴らが知ったら殺してでも奪い取るとか言い出してもおかしくないくらい贅沢な状況だよ」
「ヒェッ……じょ、冗談ですよね……?」
「はは」
「嘘だと言ってくださいよォッ!!!」
ぶるりと体が震えた。確かに言われてみればこの西区でお兄さんと宵さんというセフィラの中で頂点に立つ二人の戦う姿を間近で見れる上に明室長から直々に魔法の手ほどきもされるというのだ。
私ですら他の人がやっていると知ったら羨むだろうし、何だったら嫉妬だってするかもしれない。なら、私以上にセフィラに対して入れ込んでる他の魔法少女や魔装適合者達がこの事を知ったのならそういった事を思ってもおかしくはないだろう。
流石に実行はしないと思うが……しないよね?
やばい、私今度からちゃんと夜寝れるだろうか。夜襲とかされないよね? 今から凄く不安になってきた。
「まあ、何にせよ君は今日という日をしっかり刻み込んでおくといい。僕達セフィラが何故一緒に戦うということをしないのか、何故単独での行動を主にしているのかを教えてあげよう」
はい──光がそう返事をしようとした時、物陰に隠れていた小鬼型の悪鬼が明を組み敷こうと下卑た笑みを浮かべて飛び掛かる。悪鬼の頭の中にあるのはこの危険区域に間抜けにも何も持たないでのこのこやってきたこの馬鹿をどう弄ぼうかという下劣極まる思考だけ。
それでもこの西区にいる以上はその強さは相当な上澄みだ。事実、光は悪鬼が物陰から飛び出してくるまで気が付かなかったし、対応しようとするにはあまりにも動作が緩慢だ。
あわや明が組み敷かれると思ったその瞬間。
悪鬼に高速回転する丸鋸の歯が四方八方から食らいつきその肉を抉り、骨を切断し、血を飛び散らせる。そして悲鳴をあげる暇すらなく間髪入れずに飛んできた光の柱が残る悪鬼の体を焼き焦がし、焼き残った悪鬼だったものに龍の頭だけの何かが嬉しそうに喰らいついた。
「はぇ……」
ほんの一瞬──それこそ瞬きの間に行われた殺戮劇は光の目を点にさせた。何が起こったか等当然理解することも出来ずに気が付けばぐちゃぐちゃに刻まれていた悪鬼が光ったと思ったら次の瞬間には龍の頭が悪鬼がいた所を漂っていたということしか分かっていない。
「あんにゃろう……絶対最初の攻撃は僕に対する嫌がらせだろ」
ため息を吐く明の前に飛散した汚物がまるで見えない壁に阻まれたかのように彼女の目の前で静止し、そして僅かな汚れすら付けれずに地面に落ちていく。やがてその汚れも龍の頭部だけの存在が痕跡一つ残さず飲み込み掃除する。
「さて、それじゃあ今回の授業の対価は……」
ごくりと光の喉がなる。本来なら私のような魔法少女が受けられる筈もないものだ。自分の口座にいくらくらい残っていたかなと考えながら彼女の言葉を待つ。
「今までの君の常識で頼むよ」
「は、はい! ……はい?」
「今までの魔法少女や魔装適合者としての知識も価値観も諸々全部壊す事になるからね。……まあ、日常生活には支障を多分きたさないから大丈夫大丈夫」
「えっ、えっ? あの?」
「さあ行こうか。色々と滅茶苦茶にされるけど君ならきっと大丈夫!」
まるで逃がさないぞと言わんばかりに肩を掴んでにっこりと笑う明に光は言いようのない不安を覚える。
「僕も通った道なんだからさ」
「ぴえ……」
後に光は語る。
──あの時の薄らと開かれていた眼光は哀れな獲物を狙う肉食獣の眼だったと。
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