お部屋をシンプルにしたら毎日が彩りよくなった話

相内充希

お片付けします

「お姉ちゃん、一生のお願い! どうしても生活を変える必要があるの!」


 パンと手を合わせたあたしの前で、お姉ちゃんは「あんたの一生のお願い何回目よ」と呆れたようにため息をついた。


「つい半年前も一生のお願いとか言って、限定グッズ買う行列に並ばされた気がするんだけど?」

「だ、だってあれは、お一人様一個限りだったし、風邪で寝込んだ凪ちゃんの分も、どうしても手に入れてあげたかったんだよ」

「はいはい。凪ちゃんにはいつもお世話になってるからねぇ。大学でもなんだかんだ言って迷惑かけてるんでしょ」

「う、ひどい。そんなに迷惑かけてないもん。幼馴染だし、親友だし」

「はいはい、そうね。で? お願いってなによ?」


 なんだかんだ言いつつ、お姉ちゃんはあたしに甘い。

 年が五歳違いと割と離れているせいか、文句を言っても結局あたしのお願いを聞いてくれちゃうんだ。

 今も会社の研修から帰ったばかりで疲れてるよね。ごめんね、わかってるの。

 でもお姉ちゃん、明日から三連休だってことも知ってるのだよ。あたしは春休み!

 だから、ここぞとばかりに捕まえてしまったのだ。


「あのね、ネコ様をお迎えしたいの」

「はっ? ネコ? 飼うの? 誰が? え、麻耶が?」


 信じられないものを見る目をしたお姉ちゃんに、あたしは必死にこくこくと頷いた。


「そう。運命の出会いなの! あたしの天使に出会ったの!」


 だからあたしは、どうっしても、生活環境を変える必要があるのだ。


   ◆


 あたしの天使こと、おネコ様に出会ったのは二週間前のことだ。

 凪ちゃんのうちで飼ってる猫のウメちゃんが、はじめて子猫を生んだのだ。しかも六匹。


「でもね、どうもウメちゃん、育児放棄しちゃってるらしいの」


 ネコの育児放棄とか意味が分からないけど、若いネコちゃんにはありがちみたいと、凪ちゃんのお父さんが言っていたという。どうもお母さんって自覚がないんじゃないみたいだって。動物にもそんなことあるんだね。びっくりだ。

 今は凪ちゃんたち家族が哺乳瓶でミルクあげたりトイレの世話をしてると聞いてたけど、いつものように遊びに行って実際に見せてもらった子猫は予想以上の小ささだった。


 お姉ちゃんが「里親を探してたの?」と聞くから、こくんと頷く。


「一ヶ月過ぎたら引き取ってくれる人が何人か見つかったって。でもね、あと一匹、引き取り手がいない子がいるの」

「その子が欲しいの?」

 さすがお姉ちゃん。よく分かってる。

「うん。写真見る? 左端の一番小さい子だよ」

「あら、可愛い」

「そう、可愛いの!」


 キジトラのすごくかわいい子だから、あの子が選ばれない理由が分からなかった。もしかしたら、あたしのために残ってくれたのかもとも思う。運命なんじゃないかって。


「天使でしょ。はじめて目に入った瞬間、心臓にずきゅんと来たの。で、凪ちゃんに私が飼っちゃダメかなって言ったんだけど……」

「あんたの部屋じゃ危険だって言われた?」

「そんなところ」


 実際には何も言われてない。「あんたんち実家だし、ちょうどいいかもね」なんて言いつつ、ちょっと戸惑った顔をされただけ。

 でもその反応で、あたしの部屋は危ないんだとピンと来たのだ。


 子どものころから、あたしは可愛いものが大好きだ。

 特に小さくてカラフルなキャラものが大好きで、部屋の中にはグッズが沢山ある。ちょっと集め過ぎたらしく、床にもたくさん置いてある。


 カラフルでごちゃごちゃしてて、最高に大好きなものに囲まれてあたしは大満足なのに、他の人がそう思わないのは知ってる。

 あたしの部屋以外は本当にシンプルでおしゃれだねと言われるのに、初めてあたしの部屋に入った友達はみんな、一瞬絶句するんだもん。


 掃除はしてるんだよ。

 少なくとも週末には掃除機かけるし、月一回はお姉ちゃんかお母さんにお尻叩かれて、丁寧に拭き掃除もさせられる。

 でもぬいぐるみやマスコットが多いせいか、ちょっと埃っぽいかもしれない。気を付けて見てみると、アクリルスタンドとか丁寧に拭いてるわけじゃないから、やっぱり埃がついていた。


 画集もフィギュアも、ドライフラワーやチープで可愛いアクセサリーも、クローゼットに入りきらなくて仮置きしている服も――以下同文。


 大好きなパステルカラーの服や雑貨達。

 なのに天使ちゃんがここにいる姿を想像したら、突然そこはカラフルな天国じゃなく、ガラクタの空間に見えてきたのだ。


(ここにお猫様が来たら、遊んだ瞬間、雪崩に巻き込まれてつぶされちゃうかも)


 その様子がありありと浮かんで、足元がフワッと揺れるような、目の前が暗くなるような、とにかく体験したことがない恐怖を感じた。

 自分の部屋に入れなければいいかもしれない。

 お父さんもお母さんも、それでいいならと飼うことを賛成してくれた。さっそく猫グッズを買いに行こうと、必要なものを書き出してもくれている。


「でもやっぱり、それじゃイヤだって思ったの。生活環境を変えなきゃって。だってあたし、天使ちゃんとお部屋で遊びたいし、できるなら一緒に寝たりしたいって思ったのよ」


 あたしと好みが同じのはずの凪ちゃんの部屋は、スッキリお洒落で、猫が入ってきても幸せそうにくつろいでいる。でもあたしの部屋じゃ、間違いなく無理だ。子猫はあんなに小さいのに、ストレス溜めちゃうかもしれない。


 だから出張から帰って来たお姉ちゃんを捕まえて、一生のお願いをした。

 何年も、お部屋を片づけろって一番言ってたのはお姉ちゃんだから。お姉ちゃんの部屋は凪ちゃんの部屋みたいにすっきりしてるから。きっといい方法を教えてくれるって必死だった。


「カラフルで楽しいお気に入りばかりの部屋だったのに、突然全部がガラクタに見えてきたの。大好きなものを集めただけなのに。今も好きなのに。なのに急に子供っぽく感じて、色あせて見えるんだよ」


 するとお姉ちゃんはあたしの頭をよしよしと撫でた。


「集めるだけになったからじゃない? 義務みたいに。でもね、自分が大切にできる量って限られてるじゃない。許容オーバーになってたんだよ」


 びっくりした。でも許容オーバーって表現が、めちゃくちゃしっくりきた。好きなもの全部買えてるわけじゃないのに、私の手にはあまってただなんて。


「……そっか。そうなんだ」


 淋しい顔になってしまった私の顔をお姉ちゃんがのぞき込んで、ニッと笑う。


「麻耶。好きなものは否定しなくていいんだよ? でも優先順位をつけようか」



 そうして次の日からは大掃除になった。

 年末だって、こんなに頑張ったことがないっていうくらい頑張った。


 好きだけど惰性で集めてたものは、思い切って処分した。お姉ちゃんの会社の人の娘さんとか、フリマとか、けっこうさばけてよかった。

 雑貨も数を決めて整理したら、お父さんが壁の一部にアクリル硝子付きのケースを作ってくれて、なんだか好きなものが並んだお店みたいになった。

 すごい。同じ雑貨が並んでるはずなのに大人っぽくなってる!


 洋服も子供っぽいものは思い切って処分した。

 お気に入りの服って、もう着なくても捨てられなかったんだけど、鏡の前で合わせたら笑っちゃうくらい似合わなかったんだもの。

 あたしも大人になってたんだなって、なんだか変な感じがした。

 もうすぐ十九だし、大学生なんだから大人なんだけど、年を重ねるだけじゃだめなんだなぁ。

 うんうん。おネコ様効果スゴイ。


 綺麗な画集もすぐ取り出せるようになったし、埃をかぶったアクリルスタンドも、本当に気に入っているものだけに厳選した。ドライフラワーは埃が綺麗に落とせなかったから処分した。


 迷ってるものは段ボールに入れて、隙間のできたクローゼットに一時保管することになったけど、クローゼットにまだ空間があるって、小学生の時以来かもしれない。なんか贅沢だ。


 部屋にあった家具は、お母さん好みの白木の家具ばかりでずっとつまらないと思ってたのに、すっきりしたらおしゃれに見えるから不思議。ものぐさなせいで、カラフルな家具を買いに行こうと思いつつ先延ばしにしていてよかったって、初めて思っちゃった。


 しっかり雑巾がけして、三日目の昼過ぎには部屋は見違えるようにすっきりした。


「わあ、色がない」


 思わずポカンとする。

 お姉ちゃんがスマホで撮った、お部屋のビフォーアフターの写真を見せてくれたけど、あたし、よくこの中で暮らしてたなと思ったわ。友達が絶句した意味が初めて分かった。


「あたしの部屋って、前は情報量が多すぎたんだねぇ」


 カラフルなのは好き。それは変わらない。

 あふれるような色の洪水も好きなのだ。

 でも今は、すっきりした白っぽい空間が、とても豊かに感じられる。


 後日、いつものように遊びに来た凪ちゃんが、今までと違う意味でしばらく絶句してたけどね。


「麻耶ちゃん、がんばったねぇ。なんか、部屋が白いよ。あんなに絵の具ぶちまけたみたいだったのに」

 ああ、うまいこと言うなぁ。なんて、思わずぷぷっとしてしまう。

「うん。あの子と暮らすためだもん。どう、合格?」

「もちろんだよ。飼う前から大事にしてくれて嬉しい」


 しばらくはリビング横のお部屋が、この子の暮らす部屋だ。

 でも大きくなってきて、自由に家の中を動けるようになったら、あたしのお部屋に招待するのだ。


「猫の名前は決めたの?」


 リビングでお茶を飲みながら凪ちゃんが聞くので、一緒にお茶してたお姉ちゃんと目くばせしてこくんと頷いた。


「うん。アンジェだよ」


 天使だからね。



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