それ以来こうなったって言うとオチた感じがする

 ハトは飛びすぎてフラフラになっていた。

 どこかに降りて休もうにも、地上は水浸しだったので降りられるところがないのだった。

 いざというときに山の上に降りられるように近くを飛んでいたから、風景も変わらない。あまりに退屈だから、気づくと意識が飛んでいた。


「はっ! あぶね、飛びながら寝てた」

 世が世ならブラック労働で問題にもなっていただろうが、悲しいかなまだ労基法は存在しない。

 しかしふと気づくと、地上を覆っていた水が少しずつひいてきて水位が下がっている。ちらっと緑色が見えたので、しめたと思って降りていった。


「木だ! いやー懐かしいな。木なんて見るの150日ぶりじゃないか?」

 ハトは木に止まってくつろいだ。まだ幹のあたりは水に浸かっていたが、しおれずに残っているようだった。150日浸水して木が残ってるのは無理だろ、とお思いかもしれないが、残ってたんだから仕方ない。

「ハトだわ! いやー懐かしいわね。ハトなんて見るの150日ぶりじゃない?」

 わさわさと枝を揺らしながら木が言った。


「木がしゃべった!」

「動物がしゃべるんだから植物がしゃべってもいいでしょ!」

「たしかに。何の木さんですか?」

「私はオリーブよ。ポパ~イ! 助けて~! って言ったりしてね」

「さすがに古すぎませんか」

「はぁー? 紀元前に古いとかないんですけど?」

 とにかくハトは休むことができ、だんだん元気になってきた。


「ぼくはノアさんの命令で地上を探してたんですよ。オリーブさんが水の下から出てきたから、これで陸を見つけましたって言えます」

 これまでの事情をすっかり聞いたオリーブは、純朴なハトにすっかり呆れてしまった。

「口で言ったって信じてもらえるわけがないじゃない。証拠を持って帰らないと」

「証拠って言ってもどうすれば?」

「私の枝についた葉っぱを持っていけばいいわ。そしたら伝説に残って、私とあなたは平和の象徴になるわよ」

「でもいいんですか? 若葉がついたばっかりですよ」

「伝説に残るなら構わないわ! さあ、ひと思いに」

「そこまで仰るなら……」

 ハトはできるだけ若々しい葉を選んで、くちばしでちぎった。


「いっでぇぇぇええええ! よくもやりやがったな、ちくしょうめ!!!!!!」

 悲鳴を上げるオリーブが怒り出す前に、ハトは飛びたった。面倒そうだったからだ。

(そりゃあハトだもの、畜生ですよ)

 と思ったが、クチバシに葉っぱをくわえていたので文句は言えなかった。



 🕊



「おお、すばらしい! これこそ水がひいた証拠だ!」

 ハトが持ち帰ってきたオリーブの葉を見て、ノアは感激の声をあげた。

「オリーブをくわえたハトを平和の象徴にしよう!」

「うまくいくもんだなあ」

「箱船のおおいを空けて、外に出よう」

「ノアさん、ちょっと待ってください」

 ハトは疲れていたが、また脅されてはいけないと考えた。


「まだ水がひいたってだけです。地面は濡れてドロドロで、とても歩けたものじゃありません」

「たしかに、そうかもしれないな」

「歩けるぐらい乾くにはまだ7日ぐらいかかるでしょう。船から出るのはその後にした方がいいですよ」

「うーん、確かにそうかもしれない」

 ノアを言いくるめたハトは、これ以上600歳のおじいちゃんに付き合ってはいられないと、飛びたった。


「それじゃあ、仕事はやりましたんで!」

「待て! 逃げるな卑怯者!!」

「トリだけにトリあえずで仕方なく従ってきましたけど、もう自由にやらせてもらいますよ!」

「呪ってやるぞ!」

「平和の象徴を呪えませんよねぇー!」

 その通りで、ノアはハトを追うことも呪うこともできなかった。箱船を下りたノアが今出てきたばっかりの動物たちを生贄に捧げたのはこの時のフラストレーションを晴らすためだとかそうでもなかったとか。

 悔しかったので、創世記には「7日待ってからノアがハトを放った」ということにしたのだった。


 一部始終を見ていた神は「自由と平和サイコー!」と思い、それ以来、聖霊が姿を現す時にはハトの姿を取るようになったのだとさ。

 ほんとか?

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箱船のハトはトリあえず 五十貝ボタン @suimiyama

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