オイシイトリは見つからない
葵月詞菜
第1話 オイシイトリは見つからない
その日は何やら異様に【トリ】が絡む日だった。
ここの地下書庫には馴染みの小さな管理人がおり、暇な時はいつでも来いと言われていた。もっと言うと、暇じゃなくても彼から呼び出しがかかることも少なくない。
書棚に囲まれた薄暗い廊下をいつものルートで歩いて行くと、目的の扉の前に到着した。
「サクラ、入るぞ」
一声かけて扉を開けると、部屋の奥のデスクチェアがくるりとこちらに回転して、座っていた少年の嬉しそうな顔が見えた。
「弥鷹君! 待ってたよ!」
いつも来たら歓迎してくれる方だが、今日はいつにも増して笑顔なことに不穏な気配を感じ取る。こういう時は何か面倒なことがあると、これまでの経験が弥鷹に訴える。
思わず反射で扉のノブを後ろ手で摑んだ。だが、チェアから降りて素早く寄って来た少年に反対の腕を拘束される。
弥鷹の胸の位置くらいにある中性的な顔が相変わらず満面の笑みでこちらを見上げていた。
「早速だけど、あるトリを探しに行こう!」
「……トリ?」
何か前にもこんなことがあったような気がする。
「また幸運のフクロウでも探しに行くのか?」
「うーん、今日はまた別の方かな」
サクラはデスクの上に置いていた紙を取って来て弥鷹の前で広げた。
そこには青い翼をもつトリが描かれていた。正直上手いとは言えないが、まあ味があると言えなくもない。
「今からこのトリを探しに行くの」
「このトリは何て言うんだ?」
「オイシイトリ」
「美味しい……?」
聞き間違えたかと思って眉を寄せる弥鷹に、サクラはふふふと不敵に笑う。
「焼いても蒸しても煮てもめっちゃ美味しいんだよ! 僕の家族も大好物でさ」
聞き間違いではなかった。やはり「美味しい」だった。
「まあこれは巷での通り名だけどね。本当の名前は僕も知らない」
「知らねえのかよ」
美味しくいただいているわりにはずいぶんトリに失礼である。
弥鷹は溜め息を吐きつつも、色々と面倒くさくなってソファの上に鞄を放り投げた。どうせこのままサクラに付き合わされるに決まっている。
「よし、じゃあ行くよ!」
「へいへい」
やる気満々のサクラの後を追って、弥鷹は入って来たばかりの扉をまた出て行くことになった。
相変わらず明かりが最低限しかない通路はどこを歩いているのか分からなくなる。弥鷹はサクラのいる小さな部屋へのルートしか把握していなかった。
それに前にサクラから、この地下書庫には人間ではない怪しいモノたちがいるから一人ではうろつかないようにと言われている。実際目にしたこともあるが、それ以前にこんな肝試しみたいな怖い所を一人でうろつこうなどとは思わない。
サクラの小さな背中を見失わないようについていくと、彼は鉄の扉の前で立ち止まった。どこかで見たことのある扉だった。
「これって前に外に通じてたやつ?」
「よく覚えてるね。そう、それ」
開いた扉の向こうからの光に目を細める。今まで地下にいたはずなのに、そこは地上だった。しかも少し先に広がるのは木々が悠々と生い茂る広大な森だった。
今回もまたその光景に暫し呆然としたが、それでも初めての時よりはマシだった。――この異様な状況に慣れ始めている自分が怖い。
「あー! やっぱり外の空気はしーんせーん!!」
サクラがうーんと伸びをする。確かに普段あんな暗い地下と小部屋にいるのだから解放感がすごいだろう。
「で、そのオイシイトリはどこにいるんだ?」
そもそも弥鷹はサクラの絵しか見ていないので、青いトリであるということしか情報がない。
「今頃だと森を少し行った辺りにいると思うんだけど。――まあ、運が良ければ」
「運? それなら幸運のフクロウを先に探した方が良いんじゃないか」
ここには幸運のフクロウと呼ばれる
「残念ながら福郎さんは暫く留守にしてるんだ」
残念そうに肩を落とすサクラ。そうか、留守ならば仕方ない。
「だから美味しいトリが食べられるかどうかは僕と弥鷹君にかかっているんだよ!」
「……へえ」
正直、サクラの家のご飯がどうなろうと弥鷹は知ったことではない。弥鷹にもご馳走してくれるのだろうか?
しかしここまで連れて来られては最後まで付き合うしかないだろう。
弥鷹は溜め息を吐いて、オイシイトリ捜索隊隊長の後に続いた。
「……サクラ、もう今日は諦めろ」
森の中をどれくらい歩き回っただろう。
初めにサクラが言っていた場所にオイシイトリの姿は見当たらず、それからさらに足を伸ばして探し回った。
見つからない。青いトリを一羽も見ない。
サクラはむうと唸りながら額の汗を拭った。
「これだけ探して見つからないのも久しぶりだな……」
「やっぱり福郎さんの力もらってから探しに来るべきだったのでは」
「――はあ~っ、残念」
大きなため息を吐き出し、サクラががっくりと項垂れた。
と、目の前にひらりと一羽の大きな白いトリが舞い降りた。その色から例のオイシイトリでないことは分かった。
白いトリがサクラをじーっと見る。途端にサクラが珍しく眉間に皺を寄せた。
「うわ、お前か」
「?」
首を傾げる弥鷹の前で、白い鳥は「キッ」と小さな鳴き声を上げると、その嘴でサクラの腕を突っついた。
「お前……」
サクラが鬱陶しそうに手で払うが、白いトリは「キキキキッ」と奇妙な鳴き声を上げたままサクラを突き続けている。じゃれているというより、どこか小馬鹿にしたような態度だ。
「おい、サクラ、大丈夫か」
「平気。いつもこうなんだ」
サクラは迷惑そうな顔で白いトリの突きを避け、ぶっきらぼうに訊いた。
「お前、あのオイシイトリ知らない?」
「キキキキキッ」
白いトリの攻撃が一時止む。もしや何か知ってるのかと期待した後、先程より声高に白いトリが鳴き出した。
「え、何。怖!」
驚いて声を上げた弥鷹とは対照的に、サクラは無表情で白いトリを見下ろしていた。
「楽しそうに笑ってるんだよこいつ。嫌な性格」
結局この白いトリとは手を取り合えず、弥鷹たちはただ疲れただけだった。
「弥鷹君にもオイシイトリ食べてもらいたかったのにな」
「一応俺にご馳走してくれる気ではいてくれたのか」
「当たり前でしょ! 一緒に捌くところからやってもらおうと思ってたの!」
「……いや、料理だけで頼む」
トリを見つけていたらそんなことをさせられそうだったのか。
弥鷹はどんな味なのだろうと興味を惹かれつつも、見つからなくて良かったかもしれないと思ってしまった。
「また今度リベンジに来ようね」
「……ああ、そう、だな」
歯切れ悪く、弥鷹は曖昧に頷いた。できればサクラだけで見つけて、すでに調理された料理をおいしくいただきたい。
予想以上にがっかりするサクラを連れて地下の小部屋に戻り、弥鷹はお茶だけいただいて帰路に着いた。
彼のことだから、心配しなくても明日には元気になっているだろう。おいしいおやつの差し入れくらいはしてやっても良いかもしれない。
帰宅して弥鷹が夕食の席に着くと、一緒に暮らしている祖母が笑って言った。
「今日は良い鶏が売ってたのよ~」
またトリ。今日はトリの日か。
良く見ると、食卓に並ぶメインのおかずは鶏肉だった。
(サクラの家の晩ご飯は何だろうな)
そんなことを考えながら弥鷹は野菜が入った小皿を取った。こちらにも野菜の中に肉が埋もれているが、こちらは鶏ではない。
「ああ、そっちは豚肉の和え物なのよ」
「豚肉もおいしい」
とりあえずトリのメインと、「トリ和えず」の「ブタ和え物」が美味しかったので良しとしよう。
オイシイトリはまたいつかの機会に。
オイシイトリは見つからない 葵月詞菜 @kotosa3
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