第11話 温もり
一年も一日も概念のない宇宙空間で、さらに途方もない時間が流れた。
太陽系を脱出し旅人となった俺たちは、小舟で大海を渡るようにように、ゆっくりとゆっくりと宇宙を巡った。女神様と語りながら、女神様と笑いながら、女神様と泣きながら、女神様に抱きしめられながら、俺は大きくて小さい体に女神様を乗せたまま、彼女を様々な星系に連れていった。
永遠に続いて欲しかった。しかし始まりがあれば終わりがある。少しずつ弱まっていく
***
宇宙は暗い。深い深い闇に満たされている。それでも寂しくはない。
「地球さん。地球さん。なにか困ったことはありませんか」
深い深い闇の中にあっても、女神様が
「虫たちの声が聞こえなくて、少し寂しいかな」
「そうですね。寂しいですね。すごく悲しい」
女神様は俺の背後に回り込むと、背中からぎゅっと抱きしめてくれる。
昔なら心拍数が上がってしまうところだけど、今日は変わりない。静かに、穏やかに、鼓動がリズムを刻んでいる。
「
「え?」
どういうわけか、彼女は驚きの声をあげた。
「どうしたの?」
「暑いとか寒いとか、感じないんじゃないのですか……?」
ああ、そうか。そう言っておいたんだ。すっかり忘れていた。
「ごめん。それは嘘なんだ。実は暑さも寒さも感じる」
「なんで」
「心配かけたくなくて、つい。ごめん」
「なんで、なんでなんでなんでなんで、馬鹿」
ぎゅーっと、さらに強く抱きしめられる。
「寒かったでしょう。耐えられる寒さじゃないはずです。どうして言わないんですか」
「心配かけたくなくて」
「馬鹿……」
女神様の体温が伝わる。それはとても心地良くて、俺の心に最後の温もりを与えてくれた。
「私のせいで、ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって。
「謝る必要はないよ。むしろ感謝してる。女神様と出会わせてくれたことも。女神様と一緒に過ごさせてくれたことも」
「たとえばですけど──私が地球をやめてしまったから地球さんが地球さんになってしまったのだとお伝えしても、同じことを言ってくれますか?」
今更、なにを言っているのだろうか。この可愛らしい女神様は。
「うん。俺の前任者の地球さんが女神様だったのだとしても、気持ちは変わらないよ」
「もしかして、気付いていました?」
「うん」
さらに強く強く、抱きしめられる。
「
「うん」
「願ったら、叶いました。地球さんが地球さんになっていて、私は女の子になっていました。驚きながら、地中に取り込まれそうになっていた地球さんを地球内部から引っ張り出そうとして、地球さんを今の姿にしてしまいました」
「懐かしいね」
女神様の手が震えている。密着している彼女には分かっているだろう。俺の鼓動が次第に弱まっていることに。
もう間もなく、そのときは迫っていた。
惑星の終わり方は数多にある。太陽のような恒星に取り込まれてしまったり、超新星爆発に巻き込まれたり。もしそういった災厄を避けることができたとしても、内部のマグマが冷たくなれば、生命の星としての惑星は終わる。火山も地震も起こらなくなり、海は消えて大気はなくなり、二度と
俺の心臓が止まるということは、つまりそういうことだ。惑星が死ぬということは、つまりそういうことなんだ。
「私は地球さんよりも本質的に『地球』ですから、この惑星が真に冷たい石ころになっても、私が消えることはないでしょう。分かりますか。地球さんがいなくなったら一人きりなんです」
「そうはさせたくないよ」
「私、地球だったくせに、無力な女の子なんです。弱虫で、なにもできない」
「知ってるよ。強くてなんでもできる」
「なにもできないんです。見届けることしかできない」
「俺を
彼女の涙が俺の背中に流れ落ちる。
「地球さん、行かないで。ずっと
それを叶えてあげたいけれど、俺にはどうすることもできない。だから、伝えるしかない。想いを。
「女神様。ありがとう。俺は宇宙一の幸せ者だった」
「だったなんて過去形で語るな! これからも幸せ者でいてくださいよ!」
そのとき、その言葉に返事をしようと思って──
もう体は動かなかった。
俺が最期に思い浮かべたのは、ヒマワリのような女神様の笑顔と、真夏の
女神様の背後で、風に吹かれた
***
地球さん、地球さん。なにか困ったことはないですか? 今日も寒いですよね。いくらでも
地球さん、地球さん。困ったことがあったらすぐに言ってくださいね。私はずっと
地球さん、地球さん。
【終わり】
俺と女神の惑星運営ライフ 〜地球は俺で、俺は地球?〜 猫とホウキ @tsu9neko
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