第10話 恋人と子供

 太陽系を脱した俺たち。自由を手にした一方で、引力という支えをなくし、太陽光という恩恵も失った。


 せいの惑星は死の惑星に変わる。地表からは生物たちが消え、海は凍り、乾季も雨季も四季もなくなり、サクラもアジサイもヒマワリもコスモスも咲かなくなり、色のない星になってしまった。


 それでも昔と変わらず、星々の光、星々のざわめきが俺たちを包む。神秘の海に迷い込んだようだと女神様は語った。俺には星の声が聞こえないので、ただただ静寂だけを感じている。


 宇宙にるものはどれもこれも美しい。しかしどれもこれも生物の生存とは相容あいいれない。高温すぎる輝き、絶対零度の冷酷、光すらも閉じ込めてしまう重力、容赦ない宇宙線。かつての地球は、この悪魔たちから生き物たちを奇跡のように守っていた。



***



 宇宙空間を漂っている俺たちに、突然、一つのメッセージが届いた(と、女神様が教えてくれた)。


「地球さん、地球さん。近くに惑星があるみたいです。かつて生物がんでいた星みたいですね」


「そうなんだ」


「もうずいぶん昔に恒星から離れてしまって、今はもう生命体はいないみたいです。で、その貴方あなたにお願いがあるみたい」


「お願い?」



 それはどういう意味なんだ。


「一緒に惑星を作って、どこかの恒星の周りに飛ばしましょうっていう提案ですね」


「どうやって作るの?」


「体当たり」


 なるほど。星と星がぶつかったエネルギーで、また星を作る。その若くて新しい惑星を恒星の近くに到達させることができれば、また生命いのちはぐくむことができるかもしれない。


「良い提案だと思います」


「良い提案なの?」


「良い提案ですよ。新しくできた星は地球さんの子供であると同時に地球さん本人でもあるのです。地球さんが若返ることができるのですから、良いことに決まっています」


「確かにその通りだね」


「はい、その通りなんです」


「でもお断りだ」


「何故?」


 俺は女神様の頭をぽんぽんと叩こうとして、でも手が届かず、ただパタパタとしてみせただけだった。


 女神様がその手を握ってくれる。


「地球さん。どうして断っちゃうんですか」


「だって──女神様は無事なのかな。子供を作ったあとも一緒にいられるのかな」


「分かりません。お別れになるかもしれません」


「女神様は俺と別れてしまって良いの? ずっと一緒にいようって言っていたくせに」


「別れたくなんかないですよ。当たり前じゃないですか。でも地球さんにとって良い結果になるのなら、私は我慢します」


「女神様。女神様がをするから、俺は断るんだ」


「でも! これは大チャンスですよ!」


「俺は女神様との未来を選ぶ。それに……女神様も気付いていると思うけど、俺の中にはまだ生命いのちが根付いているんだ。海底火山の近く、氷となった海の底で、まだ微生物たちは生き長らえている。俺はそれを見捨てることはできない」


「でも、こんなチャンスは二度と」


「伝えてくれないか? 俺の気持ちを相手に」


「う、はい。分かりました……」


 説得は難しいと理解した女神様は、惑星さんにメッセージを返す。


 そして彼女はしばらく沈黙した後、急に笑顔になった。


「地球さん! お返事が来ました! それでですね、彼女は今の話を聞いて、やっぱりどうしても貴方あなたの子供が欲しくなったとのことです! 地球さんのことを、素敵なひとですって!」


「そうなんだ」


「そこで彼女の希望ですが、地球さん自身との合体は望みません、代わりに衛星──月さんをくださいって言っています!」


 どういうこと?


「あ、まず説明しないといけないですね。実は月さんは大昔に地球さんから、巨大隕石との衝突の影響で切り離されてできたものなんです。つまり月さんと彼女が合体するということは、地球さんと彼女が合体したのと同じってことです。!」


 そうか。それなら悪くないかな。


「どうですか?」


「月さんが嫌がらなければ、良いと思う」


「嫌がるわけないじゃないですか。新しくいのちを作るんです」


 その後、女神様が月さんと話をして、合体話をまとめてくれた。


 そして俺は、たっぷりと別れを惜しんだあとっと月を放り出した。近くて遠い、彼方の惑星こいびとに向かって。


「さようなら、うさぎの星のお月様。ずっとそばにいてくれてありがとう」


 俺がそう言うと同時に、女神様はぷっと吹き出した。


「どうしたの?」


「そのお月様の最後の言葉、なんだと思いますか? 『実はずっと回り続けて疲れていたんだ。最後に大役を任せてくれて感謝してる。あばよ、兄貴』ですって!」


 俺も吹き出した。月さんって、こんなやつだったのか。


 星の海に吸い込まれていく彼に、俺は言葉を投げかける。あばよ、弟。ちゃんと子供を作ってくれな。

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