第9話 少し太った?
途方もない年月が過ぎた。
破局噴火を起こした後も、俺と女神様は何度も地球上の環境を変異させ、多くの生命を奪い、その
喜んで、悲しんで、喜んで、悲しんで、それを幾度となく繰り返して、今日まで来た。
地球に大きな隕石が落ちたこともあった。人類が滅んだこともあった。ほとんどの生命が滅んだこともあった。でも俺たちがいる限り新しい生命が生まれる。
俺を花粉症にした杉林はもうなくなった。俺の周りに生えていた背の高い草たちも、ミツバチを呼んでいた美しい花々も、なくなってしまった。
周囲の様子は、岩肌が露出し、生き物の気配が希薄な、砂漠のような、荒野のような、そんな景色になってしまった。
それでも大切で、かけがえのない、愛おしい愛おしい大地。
しかし物事には終わりがある。始まりがある以上は必ず、いつかは終わってしまう。
生命たちのゆりかごは、永遠を保証されたものではなかったのだ。
***
「少し太りましたね」
悪魔にでも出会ったように、悪夢でも見たかのように、彼女はそう言った。
「女神様ったら、またつまみ食いをしたんだね。岩石を食べたら太るって言っているのに」
「そうなんですよ、
悠久の時の中で、女神様はノリツッコミを習得していた。
「え、じゃあ誰の話? 俺は太ってないと思うけど」
「地球さんの話じゃありません。地球さんだって太るようなことしていませんよね。近くを通った小惑星を片っ端からつまみ食いしたりしていなければの話ですけど」
「心当たりはないなぁ」
「心当たりがあったら大惨事です。それで本題ですけど」
「うん」
「太ったというのは、太陽さんの話です」
「太陽? それって、あの太陽?」
「そうです。その太陽です」
「太陽って太るんだ──えっと、太陽が太るとどうなるの?」
「太陽さんは太ります。太陽さんが太ると、太陽系が消滅します」
「太陽系が消滅するんだ……んん? 太陽系が消滅? それって俺たちどうなっちゃうの?」
「私たちは滅びます。膨張した太陽は太陽系のすべてを呑み込みます。太陽系の惑星である限り、逃げ場はありません」
「じゃあ、終わりってこと?」
女神様は死に直面しているというのに、なんてことないように、なんてことないような笑顔で言う。
「もしも私が一人きりなら、終わることを選んだでしょう。でも終わるわけにはいきませんよ。だって大好きな地球さんとお別れしたくないから」
「太陽に呑み込まれたら、生き物たちが焼き尽くされるだけじゃ済まないよ。俺たちだって焼き尽くされてしまう。助かる方法はない」
「あります、一つだけ。たった一つだけ。その方法は」
逃げること。
「え、逃げるってどこに?」
「太陽の引力から脱します。太陽系を出て、ずっと遠くに行きましょう」
「そんなことをすればこの星の生き物たちは……」
「死に絶えるでしょう。でも、もしかしたら生き残る生物もいるかもしれない。可能性は……限りなくゼロに近いですけど。太陽に呑み込まれたらその可能性すらもゼロになってしまいます」
俺はすぐに頷くことはできなかった。
「地球さん。私は
「女神様」
「こんな私は嫌ですか?」
「嫌なわけがないし、無理して笑っている女神様を泣かせるわけにもいかないし」
女神様が睨んでくる。
「泣きそうじゃありません。私は冷酷な破壊神なんです。無慈悲に生き物たちを見捨てるくらい余裕できちゃいます」
「
「そうそう、
「ノリツッコミ上手いね」
「ツッコませないでください。今は、とてもシリアスな場面なんです」
「じゃあシリアスに答えるよ。俺も女神様ずっと一緒にいたい。女神様のことを愛しているから。だから行くよ、太陽系の外に」
言った瞬間、女神様の目から涙が
「ほら、やっぱり泣きそうだったじゃないか」
「言葉選びが卑怯ですよ。愛しているだなんて、急に言わないでください」
***
それから俺は──沼地から足を引っ張り出すように、びしょ濡れの上着を脱ぐかのように、太陽の引力を引き剥がした。
そして──
火星さん、水星さん、金星さん。ご近所さんたちにさよならを言って。
木星さん、土星さん。大きな大きな仲間たちに頭を下げて。
天王星さん、海王星さん。遠くで見守ってくれていた友人たちに手を振って。
太陽さんには、たくさん感謝を述べて。
いつも一緒の月さんを引き連れて。
俺は太陽系を飛び出した。
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