トリあえず

西澤杏奈

書こうじゃないの!

「小説、書きたいなー」


 ぼんやりと私は部屋の天井に向かって呟いた。

 

 そばには小学生のころに書いたストーリーの整合性もなにもない、ノートに書いた「小説」が転がっている。昔は友達に見せていたのだが、今思ったら自分はなんていうことをしていたのだろう……。だからこそ未だにいじられるのだろうけれども。

 でもあのとき楽しかったのはまぎれもない事実だった。小説を書くのは、一から世界やキャラを造っていくのは、本当にワクワクすることだった。

 

 だけど今は高校生。一緒にストーリーを考えていた友達は部活で忙しいし、自分は再来年受験だってある。でも小説を書くことは諦めたくない。

 どこでこの気持ちを発散すればいいのだろう?


 すると、突然何かが落ちてきて、腹に直撃した。


「う”っ!」


 慌てて上半身を起こすと、自分のお腹の上にオレンジ色のトリがいた。頭の羽は少し長く、胸の真ん中には青い四角がある。つぶらな黒い瞳をぱちぱちと瞬かせながら、トリは私をじっと見てくる。


「……え?」


 触るとふわふわとしていて心地いい。いや、そんなことよりこの子はなんだろう。どこから来たのだろう。


「ねぇ……」


 生き物に言葉など通じるはずはないのに、私は話しかけようとした。だがトリはぽんとベッドから下りると、私の転がったタブレットのところへ行き、それを持ち上げた。


「……なに?」



 トリはタブレットを私の手に渡す。


「これが……どうしたの?」


 トリは答えず、やはりこちらをじっと見つめてくるので、私はとりあえずそれを起動させる。

 検索のページを開いたとき、またトリがなにかしたそうな顔をしたから、タブレットを渡すとその子はすぐにカチカチと何か文字をうった。まさかこんな動物みたいな子が機械で文字をうてるとは知らなくて、私は茫然とその様子を見つめる。トリが検索したのは「カクヨム」という四文字だった。


【カクヨム:無料で小説を書ける、読める、伝えられる】


「小説……?! 書けるの?!」


 私が最初に出てきた結果を読んで、思わずトリのほうを見ると、トリはこくんと頷いた。


「インターネットで小説書けるんだ! すごい!」


 見ているといろんな作品がある。

 私も書きたい!


「アカウント登録しよう!」


 さっそく私はカクヨムのアカウントを作り、記念すべき小説の第一話を書き始めた。

 私が執筆している間、トリは私の部屋にあった本を読んだり、どこからもってきたのか羽ペンと紙を持ってなにかを書いたりしていた。


「できた!」


 第一話を書き上げ、キャッチコピー、タグ、必要なものをぜんぶ入力した私は、さっそく投稿ボタンを押した。

 さあ、しばらくおいておこう。いいねいくつつくかなー。

 期待に胸を弾ませながら、私はトリをぬいぐるみのように抱き上げ、外へ出た。この子に食べ物を買うためだ。


 そこから一週間経った。結果は散々だった。いいねどころかPVさえつかなかった。

 私にはなぜだかわからず、じっと一話の画面を見つめていた。自分で読んでみる。

 うん……面白い、面白いだろう。いったいなにがいけないんだ!

 他の作家が書いていた創作論を読むと、だんだんカクヨム内の状況がわかってくる。

 どうやら私が書いたような内容は人気がないものらしい。


「えー……」


 やる気が削がれ、タブレットを投げ出した私を、トリは心配そうに見てくる。ぼんやりとまた天井を仰いだ。


 ……やっぱり私には小説なんて書けないのかな


 不安がため息に混じって漏れてくる。


 そこで手になにか感触がし、一瞥すると、オレンジ色の不思議な生き物が私になにか手渡してきたようだった。見ると、私がかつて書いた小説だった。ふと気持ちがそこで軽くなる。


(……そっか)


 自分はPVのために書いてきたんじゃない。自分のために書いてきたんだ。自分が満足できればそれでいいのではないか。


「よし」


 それならば書こう。とりあえず書こう。自分が完璧だと思えるような作品を書ければいい。そのためには執筆し続けなければならない。

 ふたたびタブレットを手に取った私に、トリは喜んだ。


 この子は結局どこから来たのかわからないけれど、物書きに「書こう」という気にさせてくれる存在のようだ。


 このオレンジ色の生物の名前はトリ。カクヨムを使う者が必ず出会う、不思議な生き物だ。

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