腹の裏、もしくは裏腹

良前 収

勇者と魔導師と重戦士と女神官と斥候

「みんな、諦めるな!」


勇者アルが叫んだ。迷宮ダンジョンの奥深く、魔族の罠によって前も後ろも岩で塞がれ、進むことも戻ることもできない。


「っ、ダメだ、転移魔法が発動できないっ」


魔導師クリスがうめく。彼は先ほどから繰り返し指で宙に古代魔語を書いているが、輝く文字は現れるそばから消えてしまう。


「くっそう! この岩を、動かせりゃ!」


重戦士セオンが怒鳴る。先へ進む側の巨岩に筋骨隆々たる体で貼り付き押しているが、岩は揺るぎもしていない。


「私の付与魔法さえ、効かないなんて……」


女神官チェシが嘆く。聖印を組みどれだけ神に祈っても、恩寵の光はほんのかすかにだけ降るや霧散する。


「……なあ、こっちなら、突破できそうだぜ?」


斥候ノノが言った。他の全員が振り向く。ノノは戻る側の岩の山を指差した。


「こっちのほうが、岩がずっと小さい。不安定に積もってんのが厄介だけど、身が軽い俺とアルで登って上のやつを落として、転がってったのをセオンが横へド突いてくれれば、チェルとクリスも安全だろ?」


最初に反対したのはセオン。


「ここまで来て、戻んのかよ!」

「仕方ないじゃんー。俺だって戻りたかないけどさ、先に進むにゃ疲れすぎた。特にクリス、魔力ヤバくなってんじゃね?」

「ぼ、僕はっ……進もう! 進むべきだ!」


クリスもそう返した。けれど血色の悪くなっている唇を噛む様子から、魔力切れが近いのだと他のメンバーも察する。


「俺も強化魔法使いすぎて、そろそろしんどい。剣振り続けてるアルとセオンもキツいんじゃね? チェシの回復魔法があるし、回復薬もまだあるけどさー、どっちも限りがあるじゃん」


セオンが強くきつく顔をしかめ、チェシはうつむいて泣きそうになっている。

そしてアルがひどく悔しそうに認めた。


「……消耗が大きくなりすぎた、か。全員」

「そゆこと」


ノノも苛立たしげに頭をきむしる。


「地図はちゃんと書きながら来てっから。次の殴り込みはもっと楽になるさ」

「そうだな。一度戻り、態勢を整えよう……仕損じることだけは許されないのだから」


アルは息を大きく吐いてから、彼が率いているメンバーの顔を見回した。それぞれがそれぞれの態度で承諾を示す。


「よし、では行こう! ここからは消耗を抑えることを優先する!」


そうして彼らは撤退戦を始める。


なんとか岩山を崩し、外への出口を目指して進む途中。

通路の側壁に、ギョロリとごく小さな眼が開いた。それに気付いたのは先頭を行く斥候ノノとすぐ後ろに続く勇者アルだけ。

眼は二人を見た。二人はそれにうなずいた。

それで眼は閉じて消え、他のメンバーは何も気付かない。


人間たちは誰も知らない。

勇者と斥候の正体を。

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