鳥人には翼があった

天西 照実

鳥人には翼があった


 背中に大きな翼をもつ鳥人とりじん

 運命に愛される種族といわれ、古くは神の使いとして崇められていた。


 しかし鳥人は愛玩目的の密猟で狩り尽くされ、数十年前に滅んでしまった。

 そう思われていた。

 ところが最近になって、滅んだはずの鳥人が発見される。

 他の密買で逮捕された富豪系犯罪者の牛耳る、地下繁華街のコレクションルームに捕らわれていたのだ。

 多くの取引禁止種族と共に、鳥人も王国が差し押さえた。

 絶滅種が発見された事は、富豪系犯罪者の悪あがきよりも大々的に騒がれている。

 現在、横取りを目論む犯罪者たちも退け、やっと鳥人を保護する国営施設が決定したところだ。

 国に忠節を誓い、金では動かない兵士長が鳥人の移送任務を遂行している。



「――と、いうのが、これまでのです」

 鳥人を無事に保護施設のある王国内に移送して来た兵士長が、国王に報告をしているところだ。

 まだ若い青年国王は、薄い笑みを浮かべながらも、

「王への報告が『あらすじ』なのか?」

 と、聞いた。

「ええ。何故か最近、正しい流れをいちいち説明しないと、稚拙な揚げ足取りと捏造に時間を使おうとする者が多くてですね」

 謁見の間に集まる大臣や報道官たちに目を向けながら、兵士長が言う。

 発言のタイミングと勘違いしたらしい報道官のひとりが口を開きかけたが、国王の咳払いが止めた。

「国内への移送、ご苦労であった。健康チェックの後、保護施設の準備が整い次第、鳥人を移動させる。保護施設の職員には厳重な機密管理を命じているため、手間取る事も多いだろうが、準備を急ぐように伝えろ」

「はい」

 兵士長と側に控える側近たちが頭を下げる。

「以上だ」

 そう言って国王は立ち上がり、敬礼する兵士長たちに見送られて謁見の間を後にした。



 希少な鳥人の最新情報には、国内外の目が飛びついてくる。

 勝手な発言をしないという条件で、謁見の間のへの立ち入りを許された報道官たちへのその後の対応は、大臣たちの仕事だ。

 まだ、国営施設への移送は完了していない。

 鳥人を厳重な管理下で安全に保護するまで、気を抜く事はできない。


 国王の視察すら、目立たぬよう極秘に行われた。

 そんな対応も慣れている若い国王は、一般事務官の簡易制服姿でやって来た。

 同じく、鎧を脱いで城内執務官の制服姿になった兵士長は、国王とふたりで城の裏庭へやって来た。

 王国固有種たちの飼われている領域だ。

 鳥人と言っても対話可能な人型種族だが、王城の客間では人目が多すぎる。

 一時保護場所として、出入りの限られた領域に特別室を用意したのだ。


 野鳥の鳴き声も聞こえる飼育舎の入り口で、ひとりの番兵が待っていた。

 番兵の顔を見た兵士長は、難しい表情で、

「やはりお前か。特別室から目を離すなと言ったはずだ」

 と、声を落として言った。

「陛下がお見えとの事で、お迎えに上がりました」

 皮鎧姿の下級番兵だ。本来は国王の前に出る事はない。

 さりげなく国王を背に隠す兵士長の後ろで、

「城内で迎えなど必要ないんだが」

 と、言いながら、国王は屋領域へ向かった。しかし番兵は、

「こちらです」

 と、屋領域へ促そうとする。

「何を言っている。移送したばかりの希少種の視察だ」

「ですから、キレイな檻へ移動させました」

 兵士長と国王は視線を交わし、

「は?」

 と、声を揃えた。

 兵士長は、目立たないように離れてついて来ていた側近の一人に視線を送った。

 会釈し、すぐに側近は鳥人が保護されているはずの屋内特別室へ走って行った。

「……どこへ移動させたと言うんだ」

 早口で言うと、兵士長は馬や犬たちの飼われている屋外領域へ視線を向けた。

 手入れの行き届いた木々は茂っているが、どこにも屋根はない。

 兵士長と国王の焦りも読めずに、中年番兵は営業スマイルのつもりか、

「こちらです!」

 と、にやけ顔で案内をした。


 当然、翼をもつ鳥人は、空の見える檻の中になど居るはずが無かった。

「あれー?」

 番兵が、予想通りの反応を見せている。

 以前は、翼の退化した大型古代鳥を飼っていた。人の背丈ほどの高さの柵に囲われ、天井の無い飼育舎だ。

「……」

「誰かが移動させたのかな。隣だったかなぁ。飼育員はどこに行ったんだ」

 番兵は、なにも居ない柵の中をキョロキョロしている。

 国王と兵士長は空を見上げた。

「バカな……冗談だろ」

 側近が飼育員を連れて戻って来た。

 蒼ざめて焦りの見える表情で、兵士長は現状を理解した。

「この檻の担当者を呼んできますねー」

 などと言って逃走しそうだった番兵を、もうひとりの側近が捕まえた。

 眉間を押さえて頭を抱える兵士長に、国王は、

「外では人目がある。トリあえず、中に入ろう」

 と、促した。



 苦労して保護した鳥人を逃がしてしまった。

 まずい事になったらしいとだけ理解した番兵はゴチャゴチャと言い訳を始めたが、兵士長と国王はトリあわずに頭を抱えた。

「鳥人が飛んでいない時の翼が、不可視という常識を知らぬ者が城内に居るとは」

「あれだけ毎日のように鳥人の報道が続いているのに……いや、まともな見張りの管理を怠ってしまいました」

「急な担当変更や近衛兵の増員も、怪しまれるからなぁ」

 国王と兵士長の会話に、

「不可視なら、そう言ってもらわないと!」

 などと、番兵は偉そうに口をはさみ、慌てて側近たちが、

「控えろっ」

 と、声を尖らせ、番兵を数歩下がらせた。

 兵士長と国王の溜め息が重なった。

「重要な鳥人から目を離すなと命じられて、勝手な事をした罪は大きい」

「鳥頭にも及ばぬ番兵など、この城にはいらぬ。クビだ」

 と、国王にも言われ、番兵は、

「説明が無かったんですよ!」

 などと言い返し、控えるつもりはないらしい。

「黙れ。打ち首が相応と判断するべきか?」

「ちゃんと聞いて下さいよ! 言いがかりですっ」

「王にも口の利き方を知らんか。この一大事を、誰にでもベラベラしゃべりそうだ。犯罪者用の独房へぶち込んどけ。口を塞いでからな」

「いつもそうだ! 目下の身分を――」

「トリあうな。黙らせろ」

 側近たちに引きずられながら、喚いていた番兵は口に布を詰められている。

 もう一度、兵士長と国王の溜め息が重なった。

「なんてこった」

「防犯のため、一時保護個所も極秘にしていました。とは言え、あの番兵の担当飼育舎の廊下掃除が中途半端で、職務怠慢を先ほど注意したんです。そのため恐らく……陛下が視察へ来る前に、通り道も他の番兵が手入れしている屋外飼育舎へ勝手に移動させたのでしょう」

 混乱しつつも、兵士長は状況を予測した。

 静かな屋内飼育舎と空っぽの特別室を見回しながら、国王も、

「ここまでの苦労がこんな事で……なんてこった」

 と、肩を落とす。

「……申し訳ありません」

「君の計画を採用したのは私だ」

 青年国王は、同年代の兵士長の背を促してゆっくりと歩きだした。



 薄暗い廊下を歩きながら、兵士長はがっくりと肩を落としている。

「鳥人は運命に愛される種族……バカ牢番の存在も運命だったのでしょうか」

「落ち着け。彼女が盗まれた可能性は?」

 兵士長は窓から空を見上げ、

「いえ。かなり上空を飛んでいるようです。目視不可能な高さまで上がれるのは、鳥人くらいですから。すぐに保護します」

 辺りに目を向け、誰も居ない事を確認すると国王は、

「君の数少ない仲間だ。初めから、君が翼を見せていれば彼女を安心させられたかも知れないな」

 兵士長は、背中に大きな翼を広げた。

 足元には猛禽類のような鋭い爪が現れ、口元もくちばしに変化した。

「鳥人が人に化けて生活している事も、極秘ですから」

 曇り空に溶け込む薄灰色の軽装で、鳥人姿の兵士長は国王に一礼する。

 そのまま、ひらりと窓を飛び越えた。

 調理場の煙突から夕食作りの煙が昇る時間だ。

 それに紛れて兵士長は空高く上り、逃げた鳥人を追って行った。

「新しい鳥人に会えず」

 しかし国王は鳥人の美しさを知っている。報道官に、視察の感想を伝える事も可能だ。

「トリあえず、予定ドーリだと報告だな。トリだけに」

 自らのダジャレに溜め息をつきながら、国王は薄暗い廊下を後にした。


                               了

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