『トリあえず』という怪異がいる
縁代まと
『トリあえず』という怪異がいる
『トリあえず』という怪異がいる。
それはもう美麗な女の顔をした鳥だが、どれだけ探し求めても会うことができない。
良いところまでいっても寸でのところで逃げられ、残っているのは飛び立った後の波紋や足跡のみ。
そうこうしている間に人は老い、最後には想像の中から出てきてくれないその鳥を想いながら逝く――そんな逸話が残っていた。
俺はその鳥が気になって仕方ない。
美麗とはどれほどのものなのだろう?
なかなか会えないということは俊敏なのか?
それとも人間の接近を察知する能力が異様に高いのか?
寝ても覚めても『トリあえず』のことばかりが頭の中を蹂躙している。
これは『トリあえず』という怪異に魅入られたのではないか、理性はそう言っていたが俺は自分を止められなかった。
寝食を忘れて調査に打ち込み、古い文献を漁り、大学の教授に頭を下げて調べに調べる。
受験の時でもここまでしたことはない。
きっと想像の中に住む『トリあえず』に恋をしてしまったのだろう。
「しかし運良くそいつを見つけられても逃げられたら意味がないんじゃねぇか?」
友人がそんな心配をしていたが、もちろん抜かりはない。
ネットで見つけた気配を消す達人に直接弟子入りを志願し学んでいる最中だ。一体どこで自宅を突き止めたんだと大層驚かれたが、それでも弟子として受け入れてくれた師匠には足を向けて眠れない。
ちなみに普通に金を積んで探偵に依頼した。
そうして数年経った頃、二本の電話があった。
一本目は田舎の母親。変なことしてないでそろそろ帰って来いとのことだ。
きっと農業を継いでほしいんだろうが、上京した時から継がないとはっきり断っている。
二本目は大学の教授から。
なんでも他にも『トリあえず』を探している人がいて、彼と引き合わせてくれるという。会うかという問いに俺は二つ返事で頷いた。
その人は俺と同じように『トリあえず』を探す人を集めており、組織を作って動いているらしい。
すぐに逃げられてしまうなら探す目を増やし、人海戦術で包囲すればいつか誰か一人くらいは『トリあえず』を見ることができるだろう、ということだ。
今までは俺の志に同調してくれる人はほとんどおらず、この戦術を取ることがなかなかできなかった。
金で沢山の人を雇ったことはあるが、やはり情熱がないと隙ができる。
そして、この全員が『トリあえず』を追い求めている組織にはそれがない。
野を越え山を越え、沼地だろうが山岳だろうが天然洞窟だろうが様々な場所へと赴いた。
その過酷な道のりで倒れる仲間も沢山いたが――彼らのことは忘れない。
忘れずに夢を継いでみせる。
退院したらまた共に『トリあえず』を探し駆け回ろう。
そうして一年が経った頃。
ついに俺たちは『トリあえず』が潜む山奥に辿り着いた。
様々な情報を元に導き出した答えだ。『トリあえず』はここにいる。
逃げられることを想定しドローン等も持ち込んで万全の態勢で挑むことにした。ちなみにドローンの許可は取ってある。
「さあ、俺たちの前に姿を現わしてくれ『トリあえず』……!!」
そうして数週間山に籠り、不運な事故や野生動物の強襲やキノコで下痢した者など様々な尊い犠牲が出たものの俺たちは諦めなかった。
仲間の数が半数以下になろうが諦められるはずがない。
中には心折れる者もおり、そういった人間は自ら下山したが、俺はそれを責めようとは思わない。お前たちはリタイアしても仲間だ。それだけは忘れないでくれ、と声をかけて見送る。
運命の日は突然やってきた。
山中の湖に『トリあえず』が現れたのである。
大きな羽音に全員が瞬時に判断して動く。迷彩メイクを施した顔を低くしながら散開し、カメラ機能を搭載したドローンを飛ばした。
無機物なのに自在に動くドローンの登場に『トリあえず』は驚き、ハチドリもびっくりの高速羽ばたきで飛び立とうとする。
その背中が見えた。
ここまで全体像を肉眼で確認したのは恐らく俺たちが初めてだろう。まるで巨大な鷺のようだった。
しかし肝心の顔が見えない。
ここが正念場だ。
俺は湖のそばに設置してあったネットの射出装置を起動させる。俺お手製の特別仕様で、飛距離が格段に長い。
代わりにカバーできる範囲が狭かったが、装置の角度をボタンで操作することである程度の調整が利くようにしてあった。
鷹の目の如く『トリあえず』を凝視し、位置と角度を割り出し、そうして射出されたネットは空気の抵抗すら計算され尽くした飛び方で『トリあえず』に迫る。
しかし『トリあえず』はくねりとした動きでそれを避けた。
「……」
その瞬間、たった一瞬だけ。
身をくねらせネットを避けた『トリあえず』の顔が見えた。
本当に人間の顔をしている。
言い伝えられてきた話は本当だったのだ。
さらさらとした黒い髪、真っ白な肌、細い目、あー……。
そう、調べている最中にわかったことだが、『トリあえず』の逸話が最初に確認されたのは平安時代だった。
面積の広い顔、ふくよかでふっくらした頬、小さな鼻、おちょぼ口。
それが『トリあえず』の顔だった。つまり平安時代基準での美女だ。十二単が似合いそう。とっても。
装置のボタンを地面に落とし、俺は黒髪をなびかせて飛び去って行く『トリあえず』を見送った。
ただただ何も言わずに見送った。
美女の顔をした『トリあえず』を見たかったのだ。
夢は叶ったが、俺は理解してしまった。
なんてルッキズムに塗れた夢を抱いていたのだろう、と。
いや、浪漫を感じるのは自由だ。
しかし正体を知った俺の心に荒野が広がり、水の一滴も得られない魚がピチピチと跳ねているのだから、こう感じざるを得ない。
きっと他の仲間も同じ気持ちだろう。
ああ、先に散っていった皆にどう伝えよう。そんなことを考えながら、俺はひとつの思考に帰結していた。
そう、それは。
「――とりあえず。とりあえず、実家に帰って農業継ぐか……」
この場で出せる、最適解だった。
『トリあえず』という怪異がいる 縁代まと @enishiromato
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