12 大きな魚
大きな魚
そこには巨大な渦があった。とても大きな渦が暗闇の中に渦まいている。
それにこれは、……水? 真っ暗で見えないけど、これは水だ。私は今水の中にいる。不思議と呼吸はできる。苦しくない。でもこれは水だ。私はいつのまにか水の中にいて、その大量の(きっと世界を覆うほどの)水が創り出している巨大な流れの渦の中に巻き込まれているんだ。
洗濯物のようにぐるぐると回る咲はそんなことを考えている。
それから少しして咲は自分の体が人の形をしていないことにようやく気がついた。
よく見ると『咲は暗い水の中で一匹の大きな魚』になっていたのだ。
……魚? 私、もしかして魚になってる? 咲はいつのまにか一匹の声をもたない大きな魚になっていた。(だから水の中にいても呼吸ができたんだ、なるほどな、と納得した)
魚になっているのならと思って泳いで渦の中から出ようとしたのだけど無理だった。流れは強く逆らえない。
逃げ出すことは無理か。まあしょうがないな。
咲は流れに身を任せる。
すると渦の真ん中のところに引き寄せられるようにして、咲は水の深い、深いところへと飲み込まれていく。
やがて咲は渦の中心にたどり着く。
すると瞬間、世界が変わった。
世界は光に包まれた。
そこはもう暗くて深い水の中ではなくて、明るくて綺麗で、眩しい、透明な水の中だった。流れのない穏やかな水の中。
そこにはたくさんの魚たちがいた。魚たちはそんな綺麗な美しい楽園のような水の中を自由にゆっくりと泳いでいた。
その光景に咲は目と心をを奪われる。
ここはきっと天国なんだと思った。
咲は魚たちと混ざって、みんなと一緒に水の中を泳ぐために、たくさんの魚たちのいるところに向かって、一生懸命になって(なれない魚な体で)泳いていった。
占いの結果は変わった。
どうして変わったのか、その理由はよくわからない。
でも誰も死なずに済んだ。
なんの犠牲も無しに。
それは、つまり奇跡だった。
「どうしてだろう?」日の光の差し込む、秘密基地(大きな木の下)で咲は悩む。
「悩んでも答えは出ないだろ? 考えるだけ時間の無駄だよ」仁くんは言う。
「でも気になるでしょ?」
「占いができなくなったんだろ? 占いの力がなくなった。ならその力を代償にして奇跡が起こったんだよ。きっとな」
「そうなのかな? やっぱり」
咲の占いの力は川で溺れてからなくなってしまった。(そのことに気がついたときは本当にびっくりした)
「あーあ。これで私も普通の女の子だね。もうみんなを今までのように助けられないよ。残念」と地面に寝っ転がり、本当に残念そうな顔をして咲は言う。
「占いがなくても人助けはできるだろ」咲を見ながら仁くんは言う。
「仁くん。手伝ってくれる?」勢いよく起き上がり、そのまま仁くんに顔を近づけて、甘えた声で咲が言うと「気が向いたらな」と(あれからちょっとだけ意地悪になった)仁くんが笑いながらそう咲に言った。
その日の夜。
あらためて巫女の残した文献を読んでいて、咲は新しい文字を見つけた。
巫女の文献の落書き
あなたが死んでしまって、もうずいぶんと季節が過ぎました。でも、想像していた通りに悲しみは無くなりません。ずっときっと一生無くならないのだと思います。でもね、動けるようにはなりました。なにかを感じ取ることもできるようになりました。こうしてあなたに筆をとり手紙を書くこともできるようになったんです。(偉いでしょ?)
今日もあなたのことを思いながら、私は一日を過ごしてきます。一生懸命に生きています。あなたが見ることのできなかった今日を見るために。明日をきちんと生きるために。
頑張って今日を生きています。あなたが私に生きてほしい、とそう言ってくれたから。
私は生きていた。
……消えずに、忘れられずに、大きな魚じゃなくて、ちゃんと元の人間の姿で、ちゃんと生きていて、それで、大好きな仁くんの腕の中にいた。
場所は大きな川の下流にある河岸の上だと思う。
意識がだんだんとはっきりしてくる。
「……仁くん。……大好き」
「馬鹿野郎!! 今度やったら絶交だぞ!!」
仁くんは泣いていた。
泣きながら仁くんは怒った顔で大きな怒鳴り声で、しっかりと強く、強く抱いている咲の耳元でそう叫んだ。(咲が怒った仁くんを見るのは今日が初めてのことだった。……ごめんなさい。仁くん)
大きな魚 終わり
大きな魚 雨世界 @amesekai
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