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 我慢しなきゃって思ってた。でも泣いてしまった。涙が溢れて止まらなかった。

「仁くん。今まで本当にどうもありがとう」涙声で咲は言った。

 仁くんはなにかを察したのか黙って咲の話を聞いている。

「仁くんに会えて、仁くんと一緒に今まで過ごすことができて、……仁くんと友達になれて、私は本当に幸せでした」無理やり笑って咲は言う。

「咲。そこを動くな。一歩も動くなよ」

 仁くんが一歩だけ前に足を踏み出した。同時に咲は一歩だけ足を後ろに動かした。背後でざー、と言うとても激しい川の流れる音が聞こえる。

「朝まで待てば、きっと森を出ることができるから大丈夫だよ。洞窟の外で寝袋で眠って、朝を待って、それからみんなのところに帰ってね。夜のうちに無理して森の中を戻ろうとしてはだめだよ」

 仁くんは無言。

「仁くん。心配しないで。私のことは『みんな忘れちゃう』はずだから。だから誰も悲しまない。誰の心も痛んだりしないよ」

「咲。お前が悲しいだろ。お前の心が、痛いだろ」

 仁くんは一歩前に出る。咲は一歩後ろに下がる。

「仁くん。ありがとう。仁くんは本当にいつも優しいね。でもね、仁くん。私ね。もう決めたんだ。みんなを助けるって。そう決めたの。だからいいんだよ。私は満足してる。これが『私の生まれた運命』だったんだよ」

「俺は忘れないぞ。咲のこと絶対に忘れない」

 咲は無言。

「咲。こっちに戻ってこい」

「だめ。だってそうしたらみんな死んじゃう。……みんなが、お父さんも、私も、仁くんも死んじゃうんだよ。そんなの絶対にだめだよ」

 咲は一歩下がる。もうその後ろは大きな川だった。

「咲」仁くんが動く。

「さようなら、仁くん」

 咲は迷わずにそのまま後ろに下がって、目を閉じて、両手を胸の前で繋いで、大きな川の中に落ちた。

 どぼん、と音がして咲の世界は真っ暗になった。

 水は氷のように冷たくて、流れは思っていた以上にとても強かった。

 でも、心は思っていたほど悲しくはなかった。

 これでみんなを助けることができる。

 よかった。

 咲は思う。

 でも次の瞬間、そんな咲の意識は急激に現実の世界に引き戻された。

 誰かが咲の腕を掴んだのだ。

 冷たく、暗い水の中で。

「咲!!」

「仁くん!!」

 二人は同時に水面から顔を出す。咲は目を開ける。するとそこには大好きな仁くんがいた。

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