第14話 侯爵邸に帰ってみれば…… さようなら三食旅行つき奥様ライフ

第14話 侯爵邸に帰ってみれば…… さようなら三食旅行つき奥様ライフ


 結局領内にある5つの都市の慰問先には多かれ少なかれ問題があった。

 施設内で汚職があったところは、汚職に関わった人間をことごとく排除した。


 善良な施設なのに何らかの形で脅されたり搾取されたりしていたところは最初の病院同様、脅してきた連中や搾取していた悪党を根こそぎ排除した。


 ただの慰問なら2週間ほどで終わる工程を1ヶ月ほどかけて回り、全ての慰問をつつがなく完了して、王都の侯爵邸に帰ると……、事態は思わぬ方向に大きく動いていたのだ。これには驚いた。



 まず、私の夫トルストが廃嫡されていた。

 というか、ロザリー嬢に骨抜きにされていた連中が、王子も含めて一人残らず廃嫡され、貴族籍も抜かれていた。

 どうやら、元の婚約者たちの実家が相当頭にきていたようで、こんな理不尽なことをしでかす連中は例え王族でも看過できない。どうにかしないなら内乱だと結束して要求したらしい。

 非は明らかに婚約をパーティー会場で破棄した側にある。大半の貴族が婚約破棄された令嬢たちの実家の派閥に着いた。


 これには王家も肝を冷やしたらしい。

 王子の側近の、いわばロザリー嬢に籠絡されていた男たちの実家はいずれも有力貴族だが、明らかに理がない戦いになれば、兵や民衆の支持は集められない。

 スペアがいるなら問題の男どもを排除して、嫡子を交代するのがよいと判断したようだ。


 それはこのマコゴレイ家でも同じだったようで、侯爵邸に帰ると当主のアウグスト様が直々に謝ってきた。


「ジーナ嬢、このたびは誠に申し訳ない。

 結婚してもあなたを顧みない態度だけでも許しがたいところに今回の突き上げだ。

 我が息子に同情の余地はない。

 聞けば、そなたたちは白い結婚だったと聞く。

 そなたのご両親とも話をして、結婚そのものを無かったこととし。全面的に当家の過失で金銭的な賠償をさせてもらうこととなった。

 それにしてもこのような状況で我が領地を訪問し、勧善懲悪の旅をしていただいたことには感謝しても仕切れない。

 私の目が届いていないばかりに虐げられていた人たちをジーナ嬢が救ってくれたと聞いたときは、本当によい嫁をもらったと喜んだのだが。今回は本当に残念だ」


 どうやら私はジーナ・ドレスデン伯爵令嬢に戻るようだ。

 まあ、どうせ夫のトルストには相手にされていなかったので私としては問題ないのだが、ここであることに気がついた。

 トルスト・マコゴレイは一人っ子であり、彼を廃嫡してしまうとマコゴレイ家は遠縁から養子でも取らない限り断絶してしまうのではなかろうか。

 離婚……、というか結婚を白紙撤回して関係なくなったとはいえ、一ヶ月とちょっと、マコゴレイ家のお金でご飯を食べさせてもらったり楽しく旅行させてもらったりした私としてはなんだか気になるし、負い目も感じる。

 思い切って聞いてみると話は更に斜め上の方向へと進み始めた。


「実はそのことで、ジーナ嬢の能力を見込んでお願いがあるのだ」

 アウグスト・マコゴレイ侯爵が真剣な様子で話し始める。


「世間では余り認知されていないが、実はトルストには双子の弟がいる。

 二卵性の双子なのだが、髪の色以外はそっくりのはずだ。

 断言できないのは、弟のジグムントがこの家を出たのは今から5年以上も前のことで、その後の成長で人相が変わっているかどうか分からないからだ。

 それで頼みというのは、ジーナ嬢の力でなんとか出奔したジグムントを探して連れてきて欲しいのじゃ」


 情報過多で頭の中にクエッチョンマークが飛び交う。

「あの、どこから聞けばいいのか分からないのですが、弟のジグムントさんはなんで侯爵家を出たのですか」

「それはジグムント自身が、家督争いが起こるのを嫌ったからじゃ。

 トルストも優秀じゃったが、ジグムントはこと剣や戦いに関してはトルスト以上に優秀だった。

 このままでは自分を押して兄を排除しようという輩が現れると考えたジグムントは、手紙一つ残して出奔した。

 もちろんすぐに探したし、今もあちこちで情報を集めているのじゃが、きな臭い東の隣国の冒険者に似たものがいるという不確かな情報が今のところ唯一の手がかりなのじゃ。

 知っての通り東の隣国とは一触即発。いつ戦争になってもおかしくないくらいに日々緊張感が高まっており、平和的に調査するのが難しい。

 そこに領地でのジーナ嬢の活躍じゃ。

 屈強な男10人を瞬殺したとか、一瞬で建物を蒸発させたとか、普通に考えると信じがたいような話じゃが、ドレスデン伯爵に問い合わせたところS級の魔物を簡単に屠れるだけの力をそなたが持っていると保障されたよ。

 そなたなら、きな臭い隣国でも命の危険無く行動できるじゃろう。

 何とかジグムントを探してはもらえまいか。

 探索費用や補助人員はマコゴレイ家で出すし、報酬も弾む。

 当家としてはなんとしてもジグムントに戻ってもらって侯爵家を継いでもらわねばならぬのだ」


 侯爵の話は理解できた。マコゴレイ家の出奔したスペアの捜索ということだ。

 まあ、それくらいならどうせ自宅のドレスデン家に帰れば魔獣討伐以外にやることもなく暇だし、持て余す時間の使い道としては人助けにもなり、いいのではなかろうか。

 魔獣の相手もそれなりにおもしろいが、人助けもいいものだと今回の旅で実感できた。


「分かりました。

 お世話になったマコゴレイ家へ、去り際の最後のご奉公として受けさせていただきます。

 つきましては、慰問の旅に付き合ってくれたアンたち4人をお貸しいただければ、気心も知れましたので助かります。

 もちろん本人たちが嫌がれば別の方でもかまいませんが」

「そうか、引き受けてくれるか。

 ありがとうジーナ嬢」

「はい、お義父様。いえ結婚を白紙撤回したのですからマコゴレイ侯爵とお呼びすべきですね。

 この件、引き受けさせていただきます」

「そなたから義父(ちち)と呼ばれなくなるのは本当に残念だよ。ではアンたちに連絡を取ろう」





 それから3日後、私たちはあらためて旅装を整え、ジグムント・マコゴレイ氏を探す旅へと出た。

 とりあえずの目的地は、目撃情報のある隣国の冒険者ギルドだ。


「それでは、アン、トム、タム、シゲジイ。もうしばらくよろしくね」

「はい、奥様。ではなくなったんですね……

 ジーナ様、こちらこそよろしくお願いします」

 アンが代表して返答してくれた。


 こうして私たちの新たな旅が始まった。     







 このときの私は、

 私たちが探しているジグムント・マコゴレイ侯爵家次男が転生者であること。

 ジグムントは乙女ゲーム開始前の負けイベントで死亡し、トルストの心の傷になるはずだったこと。

 それが嫌で体を鍛え、負けイベントを回避するために出奔していたこと。

 そして、なんやかやあって、私の未来の夫となることをまだ知らない。


(完)


最終話まで読んでいただきありがとうございました。

 





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苦手なものは手加減です。逆ハーエンドの先の世界に転生したらしいのだが…… 安井上雄 @AIUEO-2016

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