モンキー&チキン

まらはる

伝説のライブ、その終わり

 最後の曲を歌い終えた。


 観客は熱狂の渦の中にいる。


 十二のバンドグループが一堂に会するライブフェス――ドゥデキャプルフェス。


 その十一番目にして俺たちのバンド、「マジカルモンキー」の出番はこれで終わりだ。


「みんあ、ありがとうーー!!」


 ギュンギュン、バンバン、と。

 メンバーの一人一人が名残惜しそうに楽器をひと鳴らしする。


 だが実は、俺たちは時間を惜しむことができない。

 運悪く、あるいは運のいいことに、この後も俺たちはバンドとしての仕事が目白押しなのである。


 もちろんタイムテーブルがある以上、どちらにしてもアンコールなどできないのだが行動は迅速にしなければならない。


 こういう業界では、主催者はもちろん、スタッフやほかのバンドグループにも迷惑をかけないことが鉄則だ。


 俺は次のバンドの待機してるはずのステージ上手側をちらりと目をやる。

 俺たちは下手側から退出する動きと指示されているため、彼らとはすれ違わない。

 俺の尊敬する「Bang Of Chicken(バングオブチキン)」のメンバーと、会うことはない。


 Bang Of Chickenのボーカル兼ギタリストにしてリーダーのケイさんは、まさしく俺がバンドを始めたきっかけだった。

 稲妻のようにギターを駆け回る指先。

 豪快にして繊細なシャウト。

 学生の頃に友人に連れられて行ったライブハウスで曲を聞いて、ひとめぼれをした。

 憧れた。

 ファンとして追いかけたい、というより、ああなりたい、と思うようになった。

 即座に、友人とバンドを組んで幾数年、ついにここまで来た。


 降って湧いた、国内でも有数のビッグフェス、ドゥデキャプルフェスへの招待。

 そのラスト前を自分たちのグループで盛り上げ、最後を飾るBang Of Chickenへとつなぐ。

 本来はそのあとの時間、別のライブハウスで演奏依頼が先に入っていた。

 ギリギリになるため、最初は断ろうと思ったが、念願のBang Of Chickenとの共演ということで無理やりにねじ込んだ。

 終わってすぐ移動すれば、なんとかなる。

 そう思ってはいたが……。


「挨拶ぐらいは、したかったか……」


 トリのBang Of Chickenとは会えずじまい……。

 事情は主催に伝えているから、問題はない、のだが。


 移動用にレンタルしたバンに機材と一緒に乗り込んだ。

 次のライブ先まで移動中、俺たちはやるべきことをやったんだという満足感と、少しの期待を果たせなかった不満をかみしめていた。

 俺たちは、あの人たちのために頑張れた。

 できることをやりつつ、最高に楽しんだ。

 あの場にいた観客の全員を盛り上げた。


 それでいいじゃないか。


 バンドで最初に俺とメンバーになった友人が運転するバンに乗りながら、なんとか心の整理をしようとしていた。

「会いたかったなら、それぐらいワガママ言って良かったんじゃないか?」

 運転しつつ前を見ながら、友人は俺に声をかけてきた。

 友人は、事情を知っている。だから少しばかり俺に心を向けてくれたのだろう。

「無茶言うなよ、今これで時間ギリギリだろ?」

「まぁな。でもあっちのライブハウスは貸しがあるからな。ちょっとくらいなら遅らせても……」

「真っ当な仕事の貸し借りはいいけどよ、これは甘えの範疇だろ」

「——真面目だな。そこが良くて組んでるんだから、あまり反論はできねぇけどよ」

 話はそこで切れた。

 他のメンバーも、少なからず今回のことや俺の事情は知っているが、俺たちがここで止めたから口は挟まない。


「……ん?」

 不意に、スマホが震えた。

 普段使わない、電話番号あてに送れるショートメッセージ。

 たまにスパムが来る程度でメインでは使っていなかったので、今回も同じものと思ったが、違った。


 ケイ:次は、もっとデカいステージで会おうぜ。


「ケイさん……」


 トリ、会えずじまい、ではあったが……。

 スタッフとか、俺と親しいほかのバンドグループがあの会場にはいた。

 もちろん、ケイさんに俺の連絡先を直接伝えた覚えはないから、その誰かに聞いて回ったのだろう。


「なぁ」

「あん?」

 運転する友人に……いや、車内のメンバーに声をかける。

「俺たち、もっともっとデッカくなろうぜ。そして今日みたいなステージにもたくさん立ってよ!そうすりゃBang Of Chickenだけじゃなく、ほかの有名アーティストにだって、好きに会えるし、共演だってできる、だろ?」

「……ああ!」

「そうだな!」

「そのつもりよ!」

 俺たちにやる気が満ち溢れる。

 Bang Of Chickenへの思い入れの程度は別にしても、全員会いたかったのは間違いなかった。

 でも、そんな小さい気持ちでブツクサ言ってたら、きっと笑われるだろう。


「とりあえず、今日の俺たちの、もう一個のライブだ!俺たちを今待ってる人たちのために、もう一発本気かましていこうぜ!」


 マジカルモンキーの全員の気持ちが、今一つになった。

 同じ音楽の道だ。

 目指すならどこかで、会いたい人には会えるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モンキー&チキン まらはる @MaraharuS

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ