第2話 僕の原動力は…
8月2日
午前9時、私は根室と書かれた表札が書かれた家の前に来ていた。呼び鈴を鳴らしても一向に出てくる気配はなく、鍵もかかっている。
「案の定、彼は出てこないか。というか、そもそもいないのかな?」
私の名前は夜見。少なくとも今はそう名乗っている。私も彼と同じで研究者だ。研究内容的に表で働ける身では無いので名前を変えつつ、裏でコソコソとやっている。
私の研究は人間を人間ならざる生物に変えること。別に厨二病やそういう系の小説の読み過ぎというわけでは無い。簡単に言えば、人間を物理的に改造して人間ではない何かに変えたいというだけだ。
私の研究は裏のある一定の層には人気でそういう人達から資金的援助を得て研究を続けている。あの所長も一応その1人だ。
そして、私の目的は人間を辞めさせること。そんな私にあの所長は彼を紹介してきた。
まさか、表の機関に所属しながら人間を作ろうとしている男がいるとは思わなかったが、あの所長の部下ならいくらでも誤魔化しが効く。私は人の下に就くのは嫌いだが、その身の振り方には少々賞賛したいと思った。私のようにわざわざ名前を変えたりせずに済むのだから。
私が彼の家に来たのは、彼の協力が得たかったから。人間を辞めさせたい私と人間を作りたい彼。別ベクトルだが、私たちは人間について知り尽くしている。彼の協力があれば私の研究は加速的に進化する。そして、私の協力があれば彼の研究も達成できるだろう。
人間を作るという行為。その過程や成果物どちらにも興味がある。その研究内容が私の研究に転用できるというのも私が興味を持つ理由の1つだ。しかし、それ以上に彼の研究の目標地点。それを聞いた時にその狂気さに私は惹かれた。
自らが作った人間を殺してみたい。
これを聞いた時、私は声を出して笑った。下手したら私以上に狂っているかもしれないと思ったから。
「さて、開いたわ」
鍵の閉まっているはずの扉が開く。この私が真っ直ぐ帰るわけがない。こんなに面白そうな彼の家だ。多少面白そうな物の1つや2つあるかもしれない。
そう思いながら、彼の家に上がる。完全に不法侵入だが、バレなければなんでも良い。仮にバレたとしても、彼の研究内容的に警察に通報した方がリスクが高い。私から言われる危険性もあるし、家の中を調べられる可能性もある。この家にそのようなリスクのある物が置いてある場合だが。
彼の家は通常より少し大きな一軒家だ。シンプルな2階建てで、1階は大きめなリビングが広がっている。
「普通に生活感あるね。私もこんな家に住んでみたいよ」
1階にはリビング、台所、浴室、トイレ、倉庫があった。リビングにはただ単純に普通の家のような家具が置いてあるのみで、特段怪しい部分はない。
倉庫も漁ってみたが、普通に食品や生活消耗品等必要なものしか入っていなかった。
「ここまでは普通か。というか、流石にちょっと広いな。彼、確か今年で25なのによくこんな大きな一軒家を持てるね」
1階を探索するだけで1時間近くかかってしまっている。倉庫が大半を占めているが、それにしても1人暮らしにしては広すぎる。1世帯が住んでも広すぎるぐらいの大きさだ。
「まあいっか、それより本命に行ってみようか」
そう言いながら、私は2階に上がる。2階には大きな部屋が2つあった。私は何も考えずに手前の部屋の扉を開く。そこには、ベットに机に本棚。おそらく、彼の部屋と思われる部屋があった。
本棚には遺伝子や細胞、人の構造など彼の職業的にも置いてあってもおかしくない本や論文がまとめられている。その大半は私も読んだことがあった。
机にはパソコンが1台置かれている。私は迷わず、パソコンを立ち上げ、USBを差した。これを使えば、自動でデータは全てコピーされるようになっている。
ベットも特段変わった物は無く、私はパソコンを放置し、部屋を出た。後は隣の部屋のみだ。
今のところ、パソコンのデータ以外にめぼしい物は無い。隣の部屋はどうやら少し広いようだが、そこで研究できるほどのスペースは無い。研究場所をこんな普通の家でやるほど馬鹿では無いということか。
私は最後の部屋を開き、中の様子を見た。正直、これ以上期待できる物は無いと思っていた。彼はこの家に侵入されても研究に繋がるものは残らないように対策していると思っていたからだ。
「これは……正直ちょっと予想外」
そこには私が思っていた彼の狂気さとは完全に別ベクトルの物がそこにあったからだ。
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スマホに通知が来た。
「不法侵入者か……単純な空き巣か、それともこれ目当てか」
あの家には研究に関する重要な物は残していない。仮にそれ目当てだとしても特段問題ない。
問題なのは誰がバラしたのか。人間を作る研究について伝えてあるのは3人だけ。そのうち1人は絶対にバラすはずが無い。もう1人は利害関係が一致しているので少なくとも研究が終わるまでは大丈夫だ。となると、所長しかいない。
「あの狸ジジイ……このタイミングは狙っていたな」
モニターに家の内部が映し出される。そこにはかなり若い女が1人映っていた。
「思っていたより若いな……てっきり裏の手練れとかだと思っていたんだが」
女はゆっくり一部屋ずつ漁り、元の状態に戻していった。どうやらカメラの存在には気づいていないらしい。
そして、僕の部屋に入り、パソコンのデータをコピーし始めた。あのパソコンには何も入っていない。完全にブラフだ。なので、何も取られる心配は無い。
しかし、あの女は所長の手先だろう。僕の中で1つの考えが浮かんだ。彼女にこれだけ見せてやるか、と思い、僕の部屋にあるパソコンに一つのファイルを送りつけた。
足跡が残る可能性はあるが、あの程度のUSBではおそらく辿れないだろう。そう思い、僕はあの女に何に手を出しているのか分からせる物を送った。
そうこう作業している間にあの女が隣の部屋に入ろうとする。正直、その部屋に部外者は入ってほしくは無い。殺意が湧いてくる。空き巣では無いようなので、そこまで酷くは荒らさないと多少は安心できるが、それでもだ。
入ろうとした瞬間に女が一瞬反応した。おそらく、僕が相当ヤバいやつだと思ったからだろう。でも、それは仕方ない。
それが僕の原動力なのだから。
これは僕が人間を辞めたお話 凪滝 @3594syun
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