第1話 動き出した歯車

8月1日


今日も人のいない研究室に足を運ぶ。ここは遺伝子研究所の一室。人のいない空間、そんな場所で僕は人間を作る。


僕の名前は根室遼。表向きはこの研究所の所員ということになっている。実際、ある程度の成果は出しているし、ここで自分のやりたい研究はできていると思う。


表向きの研究内容は主に人間のDNA分析とその複製。DNAは主に細胞分裂時の核分裂前に複製され、2倍になる。僕はこれを人為的に大量複製が可能なのかを実験している。具体的には人間の質量と同等分まで。もちろんDNAだけで人間を作るのは不可能なので素材の一部として使うつもりだが。


まあ、ここで人間が作れるわけがない。人の目もあるし、バレたらすぐに捕まってしまう。そのせいでここでできる研究は限られている。


この研究所に所属しているのはここの物資に使える物が多いからだ。一部倉庫から拝借、または自分の使える予算で購入し、自分の研究に回している。


このことを知っているのは研究所内には1人しかいない。ある意味僕の理解者でもあるあの人しか。


僕はいつも通り報告書を作り、いつも通りバックに自分が欲する物を詰めていく。最近、事務辺りの人間が物資の減りに薄々気づいているらしいので、そこまで多くのものを持ち帰れない。正直、腹が立つ。


そのまま研究室を出て、タイムカードを切る。出社してからおよそ2時間ほどしか経っていないが、ある程度の実績と僕の給料への関心の無さで周りの人達からはいつものことだと思われている。


そのまま帰ろうと思ったが、僕はふと、たまには報告に行くかと思い、所長室に向かった。所長室には誰も近づかない。最上階にあるというのもあるが、大きな理由は所長が変わり者だからだろう。そんな彼だからこそ、僕の理解者でもある。


「久しぶりに顔を出したね、根室君。研究の調子はどうだい?」


そう言いながら、所長は顔を少しニヤけながら僕のことを見つめてきた。


「特段変わったことは無いですよ。たまには報告しようと思っただけなので」


余り目を合わせずに、持っていた報告書を所長の机の上に出す。


「もしや、この研究の報告をするだけの為に来たのかい?まさか、そんなことは無いと思うのだが」


見透かされている。まあ、僕もあの件以外でこの男に会いには来ないので分かって当然と言えば当然だ。


「……ケース4、パターン214で進捗を確認。フェーズ4に突入しました」


「そうかそうか、ようやく4段階目か。これは嬉しい報告だ。このまま経過観察と同パターンの再構築を始めなさい」


口では嬉しいと言うが、実際はどうだろうか。この男の裏は昔から見えない。僕の研究の援助をする時点で人並みの価値観では無いのは分かるが、目的は分からない。


だが、それでも関係ない。僕の目的が達成されれば僕の研究なんて好きに扱われても良い。ただ、その過程で邪魔をするならこの男を先に殺すだけ。


「言われなくとも、すでにやっていますよ。僕はしばらく出社しないので適当に理由を見繕っておいてください」


「真面目だねぇ、君は。報告も最低限。君は人間を作ること以外に興味はないのかね」


「僕の目的は知っているでしょ。なら、ここで時間を潰している暇はないので……誰かにバレる前に終わらせないと」


僕の研究は誰かにバレ、警察の耳にでも届いた瞬間、終わりだ。だから、僕の本当の研究を伝えている人間は限られている。所長以外には2人。そして、1番外に情報を漏らしそうなのがこの男。


だから、そこまで大きな情報は伝えない。必要最低限。現状はどの段階まで進んだかしか伝えない。過程や必要物等の情報を与えず、この研究所から盗む物品も一部は要らない物も含めており、相手に誤った情報を伝える。


それでもこの男はかなり精密に僕を見透かしてくる。正直、気持ち悪い。


だが、この男がいなかったら僕の研究は後10年は遅れていただろう。それほど、この男の協力は必要だ。


「……必要物資は今言った物です。何日あれば用意できますか?」


「最後の2日だけ時間がかかりそうだ。後はすぐにでも集められるだろう。3日後にまたここに来なさい。いつも通り大きめのバックを持ってね」


だから、この男の協力は必要なんだ……。











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根室君が所長室から出て行き、再び静寂が訪れる。だが、この部屋にいるのは私だけではなかった。


「さて、話は聞いていたね。彼はどうだった?」


「正直、完全には分からなかったわ。彼、どうやら貴方と話すのが嫌いみたいね。まあ、気持ちは分かるけど」


心外だな。しっかりと笑いながら話していたはずなんだが。


「その意図的に笑っている顔よ。無理矢理好印象にしようとしてて気味が悪いもの」


なるほど、ならもっと自然な笑い方をしなければならないのか。今更変えても意味ないかもしれないが。


「後、貴方のその洞察力ね。なんか体を舐め回されてるようで気持ち悪いもの」


これに関しては癖のような物だ。直しようがない。


「……段々、私の悪口になっていないかい?私は彼のことについて聞きたかったのだが」


そう言いながら、私は机の後ろに隠れていた彼女に目を向ける。


「そうね、流石に彼の顔までは見えなかったからどんな腑抜けな顔をしているのかは見えなかったけど、思ったよりガードが硬いわね。ちゃんと、貴方を警戒して情報を出し渋っていた」


「残念ながら、私は信頼されていないからね」


「だって、私みたいな部外者に聞かせているもの。すでに信頼は裏切ってるわ」


「手厳しいことだ」


そう言いながら、私は笑う。


信頼ね。私とは縁のない物だ。

騙し、騙し合う関係が常の人生で本当に心から信頼できる人間は既に全員死んだのだから。


「でも彼、1つ面白かったわ」


「面白い?」


「彼、目的の為には自分の命はどうでも良いと思っているのが言葉から伝わってきたわ。本当に人間を作って、殺したいのね」


「ああ、本当にそうだよ。そういうところは本当に君に似ている」


彼女はキョトンと首を傾ける。


「私が彼と?冗談じゃないわ。私の方が何倍もぶっ飛んでいるもの」


そう言いながら、彼女はドアの前まで向かう。

本当に君たちは似ているよ。


「所長さん、私決めたわ。彼と組むことにする。成功すればそれで良いし、失敗すれば切り捨てれば良い。金と時間を消費するだけだわ」


彼女の目は獲物を狙う狩人のような目だった。絶対に狙った獲物を逃がさない、そんな意志を感じる。


「バレないようにやってくれれば、私はどっちでも良いよ」


「交渉成立。次に彼が来るのは3日後ね。その時に話しかけてみるわ」


そう言いながら、彼女は所長室から出て行った。





「さて、彼女も動くか……なら、私も手を打つとしようか。根室君、そろそろ研究も大きく進めようじゃないか」


本当の静寂が訪れた所長室。そこにあるのは私の笑い声だけだった。

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