第22話 支えてくれる人

 驚いた様子の俺を気にした様子もなく、その手に持った線香の束にライターで火を付ける。


 火の付いた線香の束を灰皿の上に置くと、黒奈は俺の隣に座る。


「橘さんが、少しでも匂い誤魔化せるだろうって」


「ああ、そうか……」


 つまり、黒奈は橘が気をきかせた結果ここに来たらしい。


 なら、もう用は無いだろうに。いや、用があるから座ったのか。


 しかして、黒奈から話をする様子は無い。下を見て、相変わらず困った顔をしている。


 俺は、一つ息を吐く。


「なにか用か?」


「ううん、特には」


「嘘つくなよ。言いたいことがあるなら早く言え」


 少し強く言えば、黒奈はちらっとこちらを見てから、口を開いた。


「深紅、泣いてなかったね」


「……ああ」


「無理、してない……?」


 聞かれ、考えてみるも、正直に言ってしまうと、分からない。


 無理をしているのか、それとも単に薄情なのか。


「さぁ、どうだろうな。ていうか、それを言ったらお前もだろ? ずっと困った顔して。泣くの我慢してんじゃねぇの?」


 俺がそう言えば、黒奈は自分の顔をぺたぺたと触って、少し微笑みながら言った。


「俺、困った顔してる?」


「ああ、おもいっきり」


「そっか……」


 黒奈は表情を変えようと苦心するも、しっくりくる表情が無いのか、一人で百面相をしている。


「百面相してるぞ」


「むぅ……」


 俺が突っ込んでやれば、黒奈は百面相を止めて、先ほどの困ったような表情に戻る。


 そして、三角座りをして、膝に顔を半分ほどうずめる。


「深紅も、泣いて良いんだよ?」


「は?」


 唐突に言ってくる黒奈に、わけが分からず間抜けな声をあげるも、先ほどの話の続きだと思い当たる。


「なんか、深紅、ずっと我慢してるみたいな顔してたからさ。我慢しなくてもいいんだよって、言いたくて」


 我慢? 俺が?


 今朝、身嗜みを整えるために鏡を見たけれど、いつも通りの顔だった。とくに我慢をしているような顔はしていなかったはずだ。


 いや、けれど……。


「そう、見えるか……?」


「うん。少なくとも、俺には」


「そうか……」


 黒奈がそう言うなら、おそらくそうなのだろう。


 碧が言っていた。黒奈は俺のことをよく見ていると。黒奈をよく見ている碧が言うのだ、間違いないだろう。


 そんな黒奈が言うのだ。今の自分の状態を分かっていない俺よりも、黒奈の観察眼の方が信用できる。


 そうか。俺は、我慢してたのか……。


 自覚すると、俺の胸にすとんと何かが綺麗にはまる音がする。


 腑に落ちた、と言うのだろうか。とにかく、俺は納得できた。


「深紅が、一番泣きたい人が我慢してるのに、俺が泣くわけにはいかないから」


「そう、か……」


「前も、言ったでしょ? 俺、深紅に迷惑かけてばっかりだから……だから、俺も深紅の心配するって。でも、心配するだけじゃ、やっぱり対等じゃないから……だから、俺……」


 言いながら、俺を見た黒奈の目が見開かれる。


 その目がゆっくりと細められ、目尻に涙をたたえて、優しく微笑む。


「俺、深紅が辛いと思ったときには側に居てあげたい。側に居て、胸を貸したい。だって、俺は深紅の幼馴染みだから。だからね、深紅」


 もっと泣いていいんだよ?


 優しい声でそう言われ、俺は初めて気付いた。


 俺の両目から涙が流れていることに。それが、止めどなく溢れていることに。


 俺は、泣いていたのだ。


「――っ」


 気付けば、気恥ずかしいもので、俺は慌てて涙を拭ってそっぽを向いた。


 そっぽを向きながら、誤魔化すように言う。


「ば、馬鹿。お、俺は、美少女以外幼馴染みとは認めない。だから、お前の胸を借りるつもりも無い」


 我ながら、酷い言い分だと思う。


 慌てているからとはいえ、こんな言い分は無い。


 俺が、自分の誤魔化し方に呆れていると、隣からぼそりと声が聞こえてきた。そして、何て言ったと聞く間も無く、黒色の光が溢れる。


 それだけでなにが起きたのかがわかり、俺は慌てて隣を見る。


 そこには、俺もよく見慣れた魔法少女の姿があった。


「え、いや……お前、なんで……」


 黒奈は変身することを嫌がっていたはずだ。だから、いつも俺に頼ってばっかりだったはずだ。なのに、なんでこんな簡単に変身するんだ? ていうか、なんで変身なんてしたんだ?


 黒奈の突然の行動にわけが分からず混乱する。


 黒奈――ブラックローズは俺の目をしっかりと見返して言った。


「私は、深紅が本当に辛いときに変身を躊躇ったりしない」


「――っ!」


 その目はどこまでも真摯で、どこまでも澄んでいて、どこまでも正直だった。


 その目を見て、分かった。


 ああ、なんだよ。馬鹿みたいだ、俺。


 ずっと助けてるだけのつもりで、俺も助けられてたんじゃないか。


 黒奈が俺を頼ってたのは、俺も黒奈を頼ってたからだ。黒奈が俺を支えてくれたから、俺も黒奈を支えていたのだ。むしろ、今までは、俺が黒奈に甘えていたのだ。甘えて、八つ当たりして、苛立って……まるでガキじゃないか。


「馬鹿だな、俺。支えられてたのは、俺の方じゃないか……」


 そのうえ、あんなに心配させて、心配かけさせて、本当になにやってんだ俺は……。


「これ以上、甘えられるかよ……」


「ううん、今ぐらいはちゃんと甘えなよ」


 そう言うと、俺の肩を掴み自身の膝の上に俺の頭をそっと置くブラックローズ。


 俺は抵抗をしない。されるがままに、ブラックローズの膝に頭を預ける。


「深紅、頑張ってたもんね。見てたらわかるよ。ううん、見なくてもわかる、かな?」


「どうして……?」


「だって、深紅はどうあっても頑張っちゃうでしょ? わかるよ、それくらい」


「……本当、敵わないな。幼馴染みおまえには……」


「まあね」


 にっと笑うブラックローズ。


 眩しすぎるその笑顔から顔ごと逸らす。


 じゃないと、泣き顔を見られるはめになるから。


 まあ、もうすでに見られているし、涙がブラックローズの膝を濡らしているので、泣いていることはばれてしまっているけれど。


 これ以上はという、俺の意地だ。


 意地を張りながらも、俺は自然と口が開いていた。


「なあ……俺達って、できること少ないよな……」


「これからできるようになれば良いよ」


「それでも、できなかったら?」 


「その時は頼ってよ。手を貸すから」


 なにも、迷う余地など無いとばかりに、ブラックローズは言う。


「そっか。ありがとな……」


 お礼を言うだけで限界だった。


 俺は声を押し殺しながら泣き、ブラックローズは俺の頭を優しく撫でた。


 こうして、俺の事件は幕を閉じた。


 大切な人を失い、かけがえのないものを残して。



 〇 〇 〇



「とまあ、これが俺が黒奈を気にかける理由の一端かな。あいつが当たり前のように俺を助けてくれるから、俺も当たり前のようにあいつを助ける。ただそれだけの話だ」


 言いながら隣を見れば、星空さんはげっそりとした顔をしていた。


「おっもい……聞くんじゃなかった……」


 正直に言う星空さんに、俺は思わず苦笑を浮かべる。


「覚悟決めたんじゃなかった?」


「普通、高校生の口から殺人事件に関わったなんて言葉出てこないわよ!」


「あ、ああ……確かに」


 まあ、確かにそうだよな。あれから橘さんに数回ほど頼み事されるようになったから、その辺麻痺してるかも。


「ま、悩みとかそんなんじゃ無くて良かったわ。あなたにとっての使命みたいなものみたいだし」


「使命って、そんな大袈裟な話じゃないよ。ただ、そうだな、怖いのかも」


「怖い?」


「ああ。黒奈が緋姉みたいになるのが」


「はぁ? 黒奈がなるわけないじゃない。アタシ達・・・・がいるのよ? そうさせてたまるかっての」


「分かってるよ。緋姉とは状況が違う。けど、もしもって考えるんだ。だから、俺がいつでも止められる位置にいたいんだ」


 まあ、その心配も最近は薄れてきたけど。


「アタシはあんたの方が心配だけどね。思い詰めて闇堕ちしそう」


「はは、ありえなくはない」


「そこは否定しなさいよ」


「人間、なにがあってどう転ぶかなんて分からないからね」


 俺にとって、緋姉がまさにそれだった。


「まあ、俺が転んだ時は黒奈がなんとかしてくれると思うから、あんまり心配して無いけどね。それに、そうなる前に黒奈なり誰かに相談するさ。俺で解決できないってことは、俺一人じゃ持て余すってことだからな」


「……なるほどね。アタシにも当てはまるわ、それ」


 げんなりしたような、嫌なことを思い出したような顔をする星空さん。おそらく、ブラックローズが彼女を立ち直らせた時のことだろう。


 確かに、彼女は一人で抱え込んだ結果部屋に閉じこもってしまったわけだしな。


「ん、あ、そっか。あの時の言葉ってそういうことだったのか」


 そういって、一人合点がいったという顔をする星空さん。


「え、なにが?」


 俺がそう問い掛ければ、星空さんはにっと悪戯っ子な笑みを浮かべて言った。


「好きなら仕方がないって話よ」


「どういうこと?」


「教えなーい。それより、今どこに向かってるわけ?」


 適当にはぐらかされるが、しつこく聞いても彼女は教えてはくれないだろう。


 俺は彼女から聞き出すのを諦めると、目的地を告げる。


「緋姉のお墓。俺が女友達を連れていったら少しは嫉妬してくれるかなって思ってね」


「うわっ、みみっちい男!」


「俺なんて大層な男じゃないさ。ただの高校生男子だよ」


「ヒーローはただの高校生男子じゃありませーん! ていうか、あんたモデルもやってんでしょうが!」


「アイドルの前には霞むよ」


「ふん、当たり前よ。アタシよりも輝けるなんて思わないでよね!」


 言いながら、髪の毛をかきあげる星空さん。


 相変わらずそういう仕種が絵になる事で。


 なんて思っていると、遠くの方から誰かの叫び声が聞こえてきた。


『深紅、ファントムアル!!』


 俺と星空さんは顔を見合せると、同時に走り出す。


 走り出した後、星空さんがにやりと笑みを浮かべながら言う。


「ちょっと、お墓参りは良いの?」


「ああ、これが終わったらでいいよ」


「遅刻したら、緋日さんに怒られるわよ?」


「はは、ちょっとの遅刻くらい許してくれるさ」


 なにせ、俺は緋姉を止めるのに随分と彼女を待たせてしまったから。ずっと待ってた緋姉なら、きっと、ちょっとの遅刻くらい許してくれるはずだ。それに、ここで行かなかったらきっと怒られる。


「ヒーローだからね。ここで行かないでどうするって話だ」


「ふふっ、あんたが闇堕ちとか無いわ! あんたは多分ずーっとそのままよ!」


「お褒めに預かり光栄だよ。アルク!!」


『はいアル!!』


 アルクからベルトを受け取り、叫ぶ。


「イグニッション!!」


「マジカルムーン・シャイニングライト!!」


 苛烈な紅蓮の炎が俺を包み、月光のような優しい光が星空さんを包み込む。そして、一瞬で俺達をヒーローにする。


「さあ、行こうか!!」


「ええ!!」

 

 ――行ってらっしゃい。


「――っ」


 一瞬、そう、本当に一瞬、緋姉の声が聞こえた気がした。


 俺は少しだけ微笑むと、振り返ることなく走り続けた。


 行ってきます、緋姉。

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妹のために魔法少女になりました ーSide:Crimson Flareー 槻白倫 @tukisiro

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