第21話 葬送


 久しぶりに家に帰り、父さんと母さんのお叱りを受ける前に、俺は二人に頭を下げた。


「緋姉の葬儀を挙げさせてください」


 俺の突然のお願いに、二人はおろか、姉さんも困惑していた。


 俺は、緋姉の葬儀が挙げられない事情を懇切丁寧に話した。


 数少ない親戚が引き取りを拒否していること。


 その数少ない親戚以外に頼れる親類がいないこと。


 それに、俺の心情を含めて全て話した。


「費用は全部俺が出します。どうか、緋姉の葬儀を挙げさせてください」


 今までもらったモデル代、それにお年玉などを合わせれば、葬式と火葬なら挙げられる。


 全て自分で負担する。これは、俺の我が儘だから。


 けれど、俺一人では決して無理だ。俺はまだ未成年、それも中学生だ。できることは少ないし、出来ないことの方が多い。俺一人では葬式の手続きも、火葬の手続きもままならない。一人じゃ、何も出来ない。


 だから、俺が一番頼っている大人である両親にまずは頭を下げる。


 父さん達には経緯を全て話している。緋姉がしたことも、緋姉の境遇も、全部。


 同情を買いたいわけじゃない。両親に、ただ理解して欲しいだけだ。一人で生きてきた緋姉に、最後くらい皆が側に居てあげてほしいことを。あの頃のように、皆に囲まれて旅立ってほしいという思いを。


 俺が緋姉にできる葬送はこれくらいだから。これくらいしか、思いつかなかったから。


 父さん達は少しだけ顔を見合せると、頭を下げた俺の肩をぽんと叩いた。


「分かったよ。手続きは俺たちがする」


「けど、その前にお説教ね。まずは心配かけてごめんなさいでしょう?」


 了承を貰えた後、俺は両親にこってり絞られた。


 姉さんはソファに座りながら難しい顔をしていたが、しばらくしてリビングから出て行った。


 両親のお説教は二時間以上続き、最後に、一ヶ月お小遣抜きと宣言された。


 俺の仕出かした事に対する処置としては随分と甘く、俺は形だけの罰則だと理解した。俺の意を汲んでくれた、両親の妥協点だったのだろうと思う。


 両親にこってり絞られた後、俺は部屋のベッドで寝っ転がっていた。


 怒ると言うよりは、どれだけ心配したかを懇々と説明された。正直、怒られるよりも堪える。


 手続きは父さんがやってくれる。後は、俺の方から黒奈達に話しをすればいい。あいつらもきっと来てくれるはずだ。


 メール……じゃあ、ダメだよな。そんな軽い話でもない。電話……も、やっぱりダメな気がする。


「やっぱり、直接話すか……」


 そう決めると、俺は黒奈と碧にメッセージを飛ばす。


 今から行っていいか? と聞けば、すぐに返事が返ってきた。


『大丈夫だよ』


『いいよ』


 どうやら、二人とも時間があるようで、承諾してくれた。


 俺は着替えようとベッドから降りると、ちょうどその時、扉が開かれた。


 俺は、扉を開けた人物にジトッとした視線を向ける。


「……今から着替えるんだけど?」


「好きにすれば」


 姉さんはそう言うと、遠慮無しに部屋に入ってきて、テーブルの上にそこそこの厚みがある茶封筒を置いた。


「なにこれ?」


「お金。使って」


「は?」


 一瞬、意味が分からず聞き返してしまうが、しばらくして言葉の意味を理解すれば、しっかりと言葉が出て来た。


「え、いや、なんで?」


 まったくしっかりしてなかった。


 いや、なんで? 俺が全部出すって言ったじゃん。


 そういう意図を込めて言えば、姉さんは淡々と言った。


「私だって緋日のために何かしたいのよ。黙って私に一枚噛ませなさい」


 それだけ言うと、姉さんは部屋から出て行った。


 ……俺もそうだけど、姉さんだって悲しいんだよな。


 かつての親友のためになにかをしてあげたいと思うのは当たり前で、緋姉のために何かが出来ないのが嫌だったのだろう。


 俺は黙って茶封筒を取ると、机の引き出しの中に閉まった。


 これは姉さんの緋姉への気持ちだ。なら、使わないわけにはいかない。


 姉さんの気持ちをありがたく頂戴することに決め、俺は外行きの服に着替えると、幼馴染み達の家に向かった。





 諸々の手続きも終わり、橘にも話を通し、葬儀の日となった。


 参列者は非常に少なく、和泉家、如月家、浅見家、そして、橘と仁さんだ。


 元々交友関係の狭い彼女は、地元でもこれくらいしか親しい間柄の人はいなかった。


 和尚おしょうがお経を唱え、参列者が焼香をあげる。


 そして、皆で緋姉の眠る棺桶を囲み、棺桶の中に花を入れる。


 大人達は皆悲しそうな顔をしていたけれど、比較的関係が薄かったからか、涙を流す人はいなかった。


 花蓮ちゃんは止めどなく涙を流し、碧が涙を流しながら花蓮ちゃんを抱きしめている。


 姉さんも、つうっと涙を流し、それをハンカチで拭う。泣くのを我慢しているのか、口をきつく閉じている。


 子供達の涙につられたのか、それぞれ、母親達も鼻をすすって涙を流す。


 俺はその様子を見て、なぜだか少しだけ安堵した。少なくとも、皆が緋姉の死を惜しんでくれていることが分かったからかもしれない。


 しかし、黒奈は違った。


 泣きながら花を緋姉の眠る棺桶に入れる花蓮ちゃん達。その横で、黒奈は困ったような顔をしていた。


 俺が見ていた事に気付いたのか、黒奈は俺を見ると、困った顔のまま少しだけ笑んだ。


 しかし、すぐに俺から視線を外すと、花蓮ちゃんの背中をさすりながら、棺桶に花を入れる。


 俺は今の黒奈の表情の意味が分からなくて、困惑する。


 ……どういう意味だ?


 俺は黒奈に答えを求める視線を向けたが、黒奈は俺の方を見ることは無く、そのまま葬儀は終わった。


 短い葬儀の後、俺達は火葬場まで向かった。


 火葬までの間、俺達は別室で緋姉が火葬されるのを待つ。


 別室で待っていると、緋姉が火葬されるまであっという間だったとしみじみ思う。


 特になにかドラマがあるわけでもなく、トラブルが起きるわけでも無く、粛々と葬儀は進んだ。


 ゆっくりする時間が出来て、張り詰めていた意識が緩む。


 知らず、緊張していたのだろう。少しだけ疲れを実感する。


 待合室では親達は話をし、碧と姉さんは花蓮ちゃんの背中をさすって宥めている。


 黒奈は、やっぱり困った顔をしていて、静かにお茶を飲んでいた。


 本当になんなんだ……?


 もしかして、緋姉が死んでしまったことを悲しめないから困った顔をしているのかと邪推しかけるが、その邪推を橘によって遮られた。


「深紅くん、少し良いかな?」


「ええ、良いですけど……」


 いったいどうしたんですか? という意図を込めれば、彼は外に視線を向ける。


 ああ、ここでは話せないことか。


 無言で歩き始める橘の後に、俺も無言で続く。


 橘が向かったのは、建物の裏手にある喫煙所だった。


 喫煙所と言っても、外に置く用の灰皿が置かれているだけだ。そういう建物があるわけじゃない。


「喫煙所に未成年を連れて来ないでくださいよ」


「喫煙所しかゆっくり話せる場所が無くてね」


 喫煙所に未成年おれを連れてきた橘に文句を言ったのは俺ではない。


 先に喫煙所にいた仁さんが文句を言ったのだ。


 仁さんは手に煙草を持ち、慣れた手つきで吸う。


 仁さんが煙草を吸っているイメージが全くなかったので、俺は思わず驚いてしまう。


 そんな俺を見た仁さんは、苦笑を浮かべた。


「意外かい?」


「あ、ええ。ちょっと意外でした」


「付き合いで吸うことがあってね。それから吸うようになったんだ。まあ、週に一、二本だけどね」


「それでも立派な喫煙者だよ。ちなみに僕は一日に十本は吸ってる」


「そんな報告いりませんよ」


 言いながら、橘も煙草を取りだし、火をつける。


 別に、煙草を吸うことに文句は言わないが、未成年の前で堂々と吸うのはいかがなものか。


 まあ、話しが進まなくなるから言わないが。


「それで、お話しとは?」


「ああ、そうそう。これ、僕と花河くんからね」


 言いながら、懐から香典を取り出した。


「え、いや、それは断ったはずですけど……」


 橘と葬儀は俺があげることを伝えたとき、同時に香典は必要ないと言っておいたはずだ。確認もしたし、橘は返事をしていた。


 橘は困ったように笑んで言った。


「大人としての礼儀だよ。それに、僕は大した事ができなかったからね。これくらいはさせて欲しいんだ」


「僕も、職務を果たせなかったからね。深紅くんに辛いことを全部押し付ける形になってしまったから……これはせめてものお詫びだと思ってくれ」


 二人も、俺とは違う責任を感じているのだろう。断固として引かないという意思を感じる。


「わかり、ました」

 

 俺は二人の思いを無碍にはできず、香典を受けとる。


「ま、僕から君への報酬だとでも思ってよ。あ、お高いケーキ屋さんはまた今度ね」


「別に、無理に連れていってもらわなくても結構ですよ?」


「僕が一人じゃ行きづらいんだよ。ああいうところはお洒落過ぎて、どうもね……」


 見た目の割に甘党の橘は言いながら頭を掻く。


 そんな橘を見た仁さんは可笑しそうにくくっと笑う。


「僕は甘いの苦手ですからね。悪いですけど一緒には行けませんよ?」


「最初から期待してないよ」


 別の話題になって和やかな雰囲気になる。


 話があるって、香典のことだったのか? だったら、あの場所でもよかったんじゃ……。


 そう思っていると、橘が一瞬こちらを見て、その後言いづらそうに口を開いた。


「あー……実は、僕警察辞めようかなって思っててね……」


「ふざけんな」


 無意識の内に即座にそんな言葉が出た。


 俺は我に返り、すぐに訂正しようとしたが、それより先に笑い声が遮った。


 笑い声の正体は仁さんで、仁さんは腹を抱えて笑っていた。


「ほ、ほら、言ったでしょう? ふざけんなって言われるって」


「そうだねー……」


 笑う仁さんに、橘はバツが悪そうな顔をする。


「いや、ね? 警察だと、規律とか一杯あるでしょ? 法的にグレーなことしなくちゃいけないこともあるけど、それが推奨されてるわけじゃないんだよ。当たり前だけどさ。なら、探偵とか始めて、初めからグレーな調査とかしようかなーって思ったんだけど……」


「馬鹿ですか?」


「馬鹿みたいに真面目なだけだよ」


 俺の質問に、仁さんが茶化したように言う。


 そんな俺達に、橘はむうっと顔をしかめる。


「僕も真面目に考えたんだけどねぇ……はぁ……やっぱり、反対するよねぇ……」


「当たり前です。橘さん、探偵ってアニメや漫画みたいなことは基本的にしませんよ?」


「知ってるよ……。はぁ、ままならんね。どうも」


 橘はがりがりと頭を乱暴に掻く。


 そこで、俺はようやくとある可能性を感づく。


「橘さん、もしかして責任とって辞めようとか考えてます?」


「うぐっ……」


「図星ですか……」


 俺の言葉に呻き声をあげる橘。


 本当に責任を取るために警察を辞めようとしてたのか……。


 図星を突かれた橘を、仁さんは更に笑う。


 笑ってると言うことは、俺に話す前に仁さんに話して、そんでもって、仁さんにも気付かれたということだろう。


 俺に気付かれて観念したのか、橘は溜め息を一つ吐いてから話し始める。


「まあ、警察として中々にグレー……というか、ブラックなことをしたうえに、君を巻き込んで成果は事件の終息と最後の犠牲者の救出のみだ。君は怪我をしたし、仁くんも大怪我。責任の取り方といったら辞職かなぁって思ってね」


 一応、橘も責任を感じているのだろう。それで、橘なりに考えた責任の取り方が辞職。


 橘も真剣に考えた結果、辞職をするという考えに至った。けれど、それで俺が納得できるかと言われれば、否だ。


「辞めるくらいならもっと検挙できるように努めてくださいよ。じゃなきゃ、俺は納得しませんよ」


「仁くんと同じことを言う……」


 どうやら、仁さんも同じことを言ったらしい。


 橘は、はぁと息を吐きながら、煙草の吸い殻を灰皿に押し付ける。


「分かったよ。続けるよ。二人がそう言うんじゃ、続けないわけにもいかないからね」


 言いながら、橘は歩き始める。


 話しも終わり、一服も終わったところで待合室に戻るのだろう。


 仁さんも、橘の後に続く。


 けれど、俺はその場から動かない。


「あれ? 深紅くんは戻らないの?」


「ええ。煙草の匂いが取れるまでは外にいますよ。俺、一応未成年なんで」


「ああ、そっか。ごめんね」


「いえいえ」


 二人はそのまま喫煙所から去って行った。


 一人になった俺はその場に座り込む。


 下はコンクリートなので、座っても少し砂が着くくらいだろう。


 座り込み、空を眺める。


 清々しいまでの快晴だ。旅立ちの日には丁度良い。


 そんな、少しクサイことを考えながら、俺はずっと空を見上げた。


 携帯でなにかを見る気分でも無いし、誰かと話をしたい気分でも無い。


 ただ、少しだけ静かな時間を過ごしたかった。


 そうすれば、俺も泣けるかなと思ったから。


 思えば、俺は緋姉が死んでしまったあの瞬間から一度も涙を流していなかった。悲しいと思うのに、涙は流れない。


 心の整理が着けば涙が自然と流れて来るものだと思っていたが、未だに涙は流れない。


「薄情なのかな、俺……」


「俺はそうは思わないけど?」


「――っ!?」


 返事を期待していたわけでもないし、そもそもが独り言だ。そのため、返事が返ってきた事に驚いた。


 声の方を見やれば、そこには黒奈が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る