第20話 別れは唐突に
それが銃声だと気付いたのは、連続して発砲が繰り返され、その音がなんであるかを脳が遅まきに理解したからだ。
やがて発砲音は止み、かちん、かちんと撃鉄が虚しく鳴る音だけが響く。
俺を突き飛ばした緋姉の身体がぐらりと揺れる。
「――っ!? 緋姉!!」
緋姉が地面に倒れ込む前になんとか緋姉を抱き留める。
「は、ははっ……ざまあねえぜ!! やってやった!! やってやったぞ!!」
銃を撃った男の、不快な声が聞こえてくる。
一人騒ぐ男を無視し、俺は必死に緋姉の名前を呼ぶ。
「緋姉!! しっかりしろ!! 緋姉!!」
血が、俺の腕や身体を伝って地面に流れる。
銃弾が全部当たったわけではない。けれど、何発かは当たったのだ。
緋姉の呼吸が荒くなる。目の焦点も定まっておらず、身体に力は入っていない。
流れ出る血液の分だけ、緋姉の身体が軽くなっていくような錯覚を覚える。
「し……ちゃん……」
「緋姉!! 大丈夫だ!! すぐ救急車呼ぶから!! だからそれまで……!!」
徐々に冷静になっていく頭で、俺は今できる最善のことをしようと携帯を取り出す。
が、取り出した携帯で救急車を呼ぼうとしたその時、緋姉の血まみれの手が俺の手を止めた。
「な――っ! なにを!」
緋姉を見やれば、彼女は首をふるふると力無く横に振る。
その目はもはやすべてを諦めているようでいて、むしろそれを望んでもいるようであった。
「緋姉……?」
「全部、終われば……もともと、こうする、つもりだった……」
「こうする、つもりだったって……」
それはつまり、事が全て終われば死ぬつもりであったということに他ならない。
「なんで……!」
と、問いかけてみたところで、答えなどとうに知れている。
罪を償うため、そして、終わり無き憎悪の炎を終わらせるため。
今まではこの憎悪の対象が被害者たちに向いていたからいいものの、それが彼女の父親に悪意を向けていた者達に向かったら? そうなったら、彼女はまた己を止められなくなるかもしれない。
わからない。全ては可能性の話だ。けれど、その可能性があるのなら、彼女はその可能性を排除しなくてはいけない。彼女が本当に恨んでいるのはあくまで彼女が手に掛けて来た人達なのだから。
その悪意が無差別に人に向けば、彼女は本当の意味で悪となってしまう。
そうしないために、そうはならないために、事の終わりに自ら命を絶つつもりでいたのだ。
「おい……おい……ふざけんなよ。こんな……こんな終わり方……!!」
緋姉に非が無いわけではない。彼女は、なんらかの罰を受けなくてはいけない。けれど、こんな、こんな唐突に終わりになるだなんて……!!
止めどなく血が流れる。
止血をしなくてはいけないのだろうが、そのやり方がわからない。それに、やったところで、意味の無いほどに彼女の身体から|血(いのち)が流れ出て行っていた。
「ね……しんちゃん」
「なんだ!? どうした!?」
震え、力が入らない手を必死に持ち上げて、緋姉は俺の頬にそっと触れる。
緋姉は焦点の合っていない目で俺を見ると、力無く笑う。
「ごめん、ね……ありが、とう……」
「――っ」
「しんちゃん、は……わたし、みたいに、ならな……い、で…………」
緋姉の手が、力無く垂れ下がる。
「くーちゃん、や……皆を……大切に、してね……。きっと、しんちゃんの……支えに、なって…………」
緋姉の身体から力が抜ける。
目に光は無くなり、その瞳がもうなにも映していないことを俺に知らしめる。
緋姉の命の炎が消えたのだ。
「――――――――ッ!!!!」
声にならない絶叫を上げる。
段々と温もりの消えていく緋姉の身体を抱きしめた。
声が枯れるまで、叫び続けた。
いつまでそうしていただろう。
声が枯れ、彼女の温もりは完全に消え失せた頃、俺はゆっくりと落ち着きを取り戻し始めた。
落ち着きを取り戻せば、やらなければいけない事が俺の頭の中に浮かび上がってくる。
俺は緋姉の開ききった目を優しく閉じ、その場に優しく寝かせる。
立ち上がり、へらへらとむかつく顔をした男の元に歩く。
男はコンテナに背を預けて座っていた。その足は吹き飛ばされた衝撃のせいか折れ曲がっており、痛々しく腫れ上がっていた。
けれど、同情は無い。むしろ、逃げられなくてよかったと思っている。
近付いてきた俺に、男が何かを言おうとしたが、俺は男が何かを言う前に男の顔を蹴りつける。
「がっ――!?」
「喋んな」
蹴りつけた男の顔を足の裏で踏み付け、コンテナに押し付ける。
押し付けられているにも関わらず、男はへへへっと不快に笑う。
「悪かったなぁ、お前さんの仕事取っちまってよ……ぐぅっ!!」
「喋んなつったろ」
不快な声を上げる男の顔を更に強く踏み付ける。
こいつみたいなクズがいるから、緋姉みたいな人が割を食うんだ……! こいつさえ……こいつさえいなければ……!!
今すぐに死んでほしい。今すぐ殺してやりたい。けど、それはできない。緋姉は俺が緋姉のようにならないことを望んだ。なら俺は、緋姉の望んだ俺でいなければならない。
だから、こいつは殺さない。俺は絶対に悪にはならない。こいつと同じにはならない。
「深紅くん……」
男の顔を踏み付けていると、ようやっと歩けるほど回復したのか、仁さんがこちらに歩いてくる。
「仁さん……」
「……すまない。君に押し付ける形になってしまった……それに、僕が動けていれば、彼女は……」
気にしてません、とも、大丈夫ですとも言えない。そんなことが言えるほど、俺は大人じゃない。
仁さんを責める気持ちもある。口を開けば彼に罵詈雑言を浴びせてしまうかもしれない。けど、仁さんは悪くない。確かに仁さんは力が及ばなかった。けど、それは俺もだ。俺がもっと強ければ、こんな結末にはならなかったはずだ。
俺がもっと大人で、思慮深くて、物事をもっと冷静に考えられていたらこんな事にはならなかったはずだ。
全てはたられば、もうどうしようも無いことだ。
「お願いします……」
「わかったよ」
言葉少なにそう言い、俺は男から足を離す。
男は仁さんに任せ、俺は緋姉のところに向かう。
緋姉を、こんなところに寝かせたままにするわけにはいかないから。
緋姉を優しく抱き上げ、歩く。
俺達は、廃工場を後にした。
あれから、俺は緋姉と一緒に病院へ連れていかれた。
俺は怪我をしていたし、緋姉は死んでいたからだ。
俺は治療を受けた後病室へ、緋姉はそのまま霊安室へと運ばれた。
なぜだか俺は個室を宛がわれた。橘の計らいか、それとも警察としての計らいなのか。まあ、そこらへんはどうでもよかった。けど、一人になれる時間があったのは、正直に言ってありがたかった。今は、一人でゆっくり考えたかったから。
一応、検査のために三日入院した。
その間、俺はゆっくり考えた。
これからのこと、それと、緋姉のこと。
テレビを点けてみれば、当然のようにニュースでは連続殺人が終局を迎えたことが報道されていた。
もろもろの情報は伏せられて報道されており、緋姉の名前もまた伏せられていた。そして、犯人が魔法少女であったことも伏せられていた。
全てが異例の事態であった今回の事件に対し、ニュースキャスターとどこぞの評論家は真面目な顔で意見を言い合っている。
その真面目腐った顔で好き勝手に言うやつらが腹立たしく、俺は即座にテレビの電源を落とした。
世間にとってはテレビ番組や世間話のかっこうの的だろう。けれど当事者としてそれを面白おかしく話されるのは腹立たしかった。
なにかをして暇を潰す、という気にもなれず、俺は教室にいるときと変わらず窓の外を眺めていた。
病室にいる間はそんな風に時間を潰して過ごした。
そういえば、一度橘が見舞いに来た。
果物の缶詰なんかを大量に持ってきて、それを自分で食いながら事後のことを話してくれた。
とりあえず、今回、俺にはお咎めが無いことを教えてくれた。けれど、俺が緋姉を止めた真実も、また公表されることは無く、むしろ、俺はその場にいなかったという扱いになるらしい。
実は、俺と橘、それと仁さんは互いに口裏を合わせていた。今回のことは、俺が勝手に動いたということにしてほしいと。
橘はバツが悪そうな顔をして、仁さんは橘に怒ったような顔をしながらも、俺が頭を下げて頼み込めばそれを了承してくれた。
だから、警察は俺が勝手に首を突っ込んだと思っている。けれど、それで完全に納得して無いのもまた事実だ。多少は疑われているが、終わったことを深く掘り下げたりはしないだろう。
「まあ、僕もしばらくは悪いことはできないかなぁ。真面目に仕事に勤しむことにするよ」
そう言った橘は笑っていたが、反省しているのか、その笑みに本来の内面を隠す仮面のような効力は無かった。本当に、自分に呆れて笑っているのだろう。
橘も、俺を巻き込んでしまったことに責任を感じているのかもしれない。
それと、緋姉のことは、内々で処理されるらしい。
表に出せる情報ではないし、それに、世間がこれを知ってヒーローを危険視しはじめたら、ファントムへの対抗策をなくしてしまうからだ。
今でこそヒーローは警察や自衛隊の傘下に入るべきだと主張している者も少なくない。そうすれば、新しいルールを作らなくてはいけないし、なにより給料を払わなくてはいけなくなる。
国としては、多少野放しでも、お金を払わずに危険を排除してくれる方が都合が良いのだ。
緋姉が未成年という事もあるが、そういう面でも、この事件に関する報道は避けられた。
最後に、緋姉の亡きがらを引き取ってくれる親戚がいないことも話してくれた。
元より親戚が少なく、転勤を繰り返していたため、頼れる知人もいない。それに、葬式を上げるのを拒んだ者もいるらしい。
それらの事情を話した後、橘は言った。
「まあ、火葬だけでも僕がやろうとは思ってるよ。君を巻き込んでしまったから、そのお詫びも兼ねてね。日程は後で連絡するよ」
「全快したら、また今度お茶でもしよう。それじゃあ」
そう言って、二人は俺を気遣うように病室を後にした。
残された俺は、橘の話をよく考えてみた。
考えて、考えて、考えて――俺は、俺のやりたいことをすることに決めた。
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