第19話 クリムゾンVSヴァーミリオン 決着
これで良い。少しやり過ぎたと思うけど、クリムゾンフレア相手ならあれくらいはしないとダメだ。
これで、誰の邪魔も入ること無く事を終える事ができる。
全部終われば、わたしはこの憎悪から解放されるだろうか? わたしの身体の底から燃え上がる炎は鎮まってくれるだろうか? この悲しみは消えてくれるだろうか?
いや、最後のはありえない。この悲しみが胸の内から出て行ってくれることは無いだろう。
わたしが悲しみを感じなくなるとき、それは、わたしの悲しみを覆ってくれるほどの温かさを誰かがくれたときだ。そんなこと、起こるはずも無いけれど。
ともあれ、これで終われる。これで、わたしは止まることができる。ようやく、この足を止められる。
「これで、ようやく……」
目の前で震える男を見据える。
長かった。実に長かった。こいつらに苦しめられてから今に至るまで、随分と長かった。
けれど、長かった復讐の旅路もこれで終点だ。そう思うと、肩の力が幾分か抜ける。
力の抜けた肩を動かし、右手を男に向ける。
「父さん。これで、全部終わりにするよ」
だから、ごめんね。
黒色の炎を右手に溜める。
そして、放つ――その刹那、声が響いた。
「イグニッション!!」
「――っ!?」
わたしは、炎を引っ込めて声の方を見る。
爆炎が舞い上がり、コンテナや重機が吹き飛ぶ。炎が地面を這い、その中を人影が歩く。
その姿を見た瞬間、わたしの心の中に言いしれぬ高揚感が沸き上がった。
炎の中から、彼は声を飛ばす。
「緋姉……緋姉にはもう言葉は届かないと思う。それに、俺には緋姉にかけられる言葉なんて無い。俺はそんなに、人生を生きてない」
一歩一歩しっかりと地面を踏み締めて、彼は歩く。
「苦悩もあった、葛藤もあった。だけど、どれも緋姉に比べれば小さなものなんだろ。だから、俺は緋姉にかける言葉なんて持ち合わせてないんだ」
やがて、炎の中から彼は姿を現した。
「だから、これは俺の我が儘だ。信念も何もない、ただの我が儘だ」
炎の中から姿を現したのは、炎を体言した一人の戦士。
紅蓮の炎をそのまま身に纏ったような鎧に、その紅蓮を際立たせる黒のライダースーツ。
両肩と両踵に先程までは無かった紅蓮の炎が吹き荒れている。
彼は――クリムゾンフレアはわたしを見据えて言った。
「俺は、緋姉にこれ以上人を殺してほしくない。そのためなら、俺は緋姉の目的も心情も、なにもかも踏みにじって緋姉を止める!!」
言って、クリムゾンフレアは構えをとる。
一撃で決めるという気迫が伝わってくる。
「さあ行くぞ、ヴァーミリオン・フレア!! 俺がお前の
なんて、言ってみたはいいものの、俺の体力も魔力ももう残りわずか。今立っていられるのも奇跡みたいなものだ。
意地と根性。それだけで動いている。
構えを取り、ヴァーミリオン・フレアを見据える。
彼女も俺と同様に構えをとる。俺の意図を察して、彼女も一撃で決着をつけるつもりなのだろう。
俺は残り体力も少ない。彼女が俺の誘いに乗ってくれるのは好都合だ。
「……」
「……」
静かな時間が流れる。
炎が何かを燃焼させる音だけが聞こえる。
互いに動こうとはせず、にらみ合いが続く。
何かのきっかけがあれば互いに動くが、そのきっかけが無い。
西部劇のガンマンならコイントスや背中合わせからの
だから、このきっかけは運に任せるしかなかった。
静かな睨み合いが続いた。
そして、その時がやってきた。
重機にガソリンが残っていたのか、はたまた他の要因か、炎の引火した重機がけたたましい爆音を上げて爆ぜた。
「――ッ!!」
「――ッ!!」
瞬間、俺とヴァーミリオン・フレアは駆ける。
そして、互いに飛び上がる。
「ハアッ!!」
「セアッ!!」
右足に炎を纏い、横薙ぎに足を振るう。
ヴァーミリオン・フレアも同じように足を振るう。
「クリムゾン・ショット!!」
「ヴァーミリオン・ショット!!」
赤色と黒色の炎がぶつかり合う。
「ぐ、うぅ――っ!!」
「う、うぅ――っ!!」
爆熱が衝撃波を生み、周囲に熱波を飛ばす。
衝撃に身体が吹き飛びそうになるのを耐える。
意識も朦朧としてきた。体中が痛い。もう帰って休みたい。
でも、そうもいかない。
ここで俺が負けたら、緋姉はもう止まるための理由を失う!! 俺がここで止めなくちゃ、緋姉は止まれない!! 自分で止まれないなら、誰かが止めなくちゃいけないなら、俺が止めてやる!! だから、ここで、俺が――!!
「――負けるわけには……いかねえんだよ!!」
最後の気力を注ぎ込む。
しかし、俺が力を入れれば、ヴァーミリオン・フレアもさらに力を入れてくる。
残りの魔力量はヴァーミリオン・フレアの方が多い。持久戦には持ち込めない。
気合いで押し込め!!
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
喉が枯れんばかりに叫ぶ。
痛みは今は忘れろ!! 熱さも、なにもかも今は忘れろ!! 今は、自分を通す事だけを考えろ!!
俺は、絶対に、緋姉を助ける!!
最後の力を振り絞る。
すると、俺の思いに呼応したのか、炎の出力が上がる。
紅蓮の炎が段々とその赤色を白色に変えていく。
そして、白色の炎が俺を覆い、炎が晴れたとき、俺の姿は白を基調としたカラーリングに変わっていた。それに、デザインも変わっている。
荒く猛々しいデザインから、静かで流麗なデザインに変わっていた。
この姿を、名付けるなら――クリムゾンフレア・
「――っ!?」
俺の突然のフォルムチェンジに、ヴァーミリオン・フレアが驚愕し、一瞬力が抜ける。
その期を逃すほど、俺は間抜けではない。
「これで、終わりだッ!!」
「ぐっ!!」
力の緩んだヴァーミリオン・フレアの蹴りを押し返し、空中でバランスを崩したヴァーミリオン・フレアに向かって、右足の蹴りの回転を利用した、左足での回し蹴りをくらわせる。
白色の炎を帯びながら、ヴァーミリオン・フレアが吹き飛ぶ。
地面に激突し、土煙が舞う。
俺は地面に着地すると、ヴァーミリオン・フレアが飛んで行った方を見る。
これで終わらなかったら、俺にもう勝ち目は無い。フォルムチェンジで残り魔力の大半を使い込んだし、体力ももう限界だ。
やがて土煙が晴れ、地面に寝そべる人影が見えはじめる。
完全に土煙が晴れ、そこにいたのは――変身の解けた緋姉だった。
勝った……。
その事実を確認すると、とたんに変身が解ける。
勝利の喜びよりも、安堵感の方が強い。それに、この戦いでは勝っても負けても喜びなんて感じられない。なにをしようにも手遅れで、俺は緋姉がこれ以上罪を重ねないようにすることしかできなかったのだから。
俺は重い身体を引きずって緋姉の元へと歩く。
緋姉は意識はあるようで、歩く俺にちらっと視線を向けたが、すぐに夜空に視線を向ける。
緋姉の元に歩いた俺に、緋姉は俺のことを見ずに、拗ねたような口調で言った。
「ずるい。土壇場でフォルムチェンジとか。それ、なんてヒーローですかー?」
「……クリムゾンフレア。正義のヒーローだよ」
「ふふっ、知ってるー」
俺の答えに緋姉は笑う。
負けたというのにやけにすっきりしたような顔の緋姉は、ふふっと笑みをこぼす。
「あーあ。負けちゃったなぁ……残念だぁ。しんちゃんは? 勝って嬉しい?」
「俺は……」
緋姉の質問に対して返答に困っていると、緋姉は申し訳なさそうに笑う。
「ごめん、今のはじょーだん。聞いたわたしが悪かったね。……嬉しいわけ無いよね」
悲しげに笑う彼女に、俺はなにも言えないのが嫌で咄嗟に口を開く。
「嬉しくはないけど、ほっとした。緋姉を止めてあげられたって」
「あー、上から目線だなぁ。ま、悪いのはわたしだから、文句は言わないけど」
緋姉は夜空を見上げたまま数瞬考える。そして、完全に笑みを消して、困ったような顔をする。
「ねぇ、しんちゃん」
「なに?」
「わたし、なにを間違えたのかなぁ……」
なにを、そう言われても、俺に彼女の問いに対する答えの持ち合わせは無い。
俺は俺が知らなかった期間の緋姉のことを知らない。知っているのは、緋姉のお父さんが苦悩の果てに命を絶って、緋姉が苦悩の果てに殺人に手を染めたくらいだ。俺は、それしか知らない。
「あー、うん。分かってる。多分、最初から間違えてたんだよね。人を殺そうと思ったあの日から、全部間違えてきたんだよね」
「それは……」
「否定しようとしなくてもいいよ。これは事実だから。でもね、しんちゃん。わたしには、わたしを正してくれる人がいなかったんだよ。わたしを正しい道に連れ戻してくれる人なんて、いなかったんだよ」
その声は悲壮感が漂っており、自分の境遇を憂いているようでもあった。
「父さんの声はとうの昔に炎に呑まれて、わたしの心が焼ける音に掻き消されてた。わたしは、ずっと一人だった……」
緋姉の目尻から涙が一筋零れる。
「本当はずっと、苦しかった。こんな日々が嫌だった。でも、それ以上にあいつらが憎くて……こんな醜い思いしか原動力が無かった。そんな自分が、もっと嫌だった」
涙はとめどなく溢れ、緋姉は両手で乱暴に顔を隠す。
「わたしは、弱い自分が嫌いだったっ。でも、強くなれなかったっ。弱いまま、ずるずるここまで来ちゃった……」
緋姉には、拠り所が無かった。
誰も、もういいと止めてくれなかった。
緋姉はずっと、一人だった。
誰か一人でもいれば変わっただろうか? 友人が一人でもいれば変わっただろうか? 俺がいれば変わっただろうか? 俺は、なにか変えられただろうか?
「ここまで、ずっと止まれなかったっ。わたし、本当は……こんなこと、したくなかった……っ」
それがわかっていても、止まれなかった。
それほどまでに、緋姉は奴らを憎んでしまった。憎まざるをえなかった。緋姉の原動力はそれしか無かった。
俺は緋姉の側に膝をつき、緋姉に言う。
「緋姉、これまでは、どう足掻いたって変えられない。緋姉のやってきたことは、消えないよ」
「うん……」
「でも、俺は緋姉が好きだよ。ずっと前から、久し振りに会ったあの時から、ずっと好きだよ」
「……っ」
指をずらして、緋姉が俺を見る。
期待するような、縋るような目。
そうだ、縋っていい。縋る人がいなかった緋姉は、誰かに縋っていいんだ。誰かに助けを求めてもいいんだ。
俺が、緋姉の拠り所になる。だから、緋姉はもう一人じゃなくていいんだ。
緋姉に手を差しのべる。
「緋姉がどこにいても、会いに行くよ。絶対に、会いに行く。だから、答え、聞かせてくれる?」
彼女は、おずおずと俺の手を取ろうとする。
躊躇う彼女の手を強引に取り、ぐいっと引き上げて無理矢理起こす。
そして、彼女の身体を支えながら、もう一度問う。
「緋姉、答え、聞かせて?」
「わ、たしは……」
躊躇う彼女の瞳が揺れる。
緋姉はすっと俺から一瞬瞳を逸らす。
直後、彼女の目が驚愕に見開かれる。
「しんちゃんっ!!」
どんっ、と、彼女が俺を突き飛ばす。
直後、乾いた発砲音が聞こえてきた。
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