第18話 クリムゾンVSヴァーミリオン 2
機転が利いて、冷静で、センスもある。
これほどまでに素質を兼ね備えているのに、その力が殺人にしか使われない。
虚しさと悲しさを感じる前に、俺は憤りを覚えていた。
「なんで……なんでそれを誰かのために使わなかったんだよ!!」
吠えながら地面を蹴りつける。
今でこそこんなことになってしまっているが、緋姉には魔法少女になる素質があった。それはつまり、誰かを助けたいと思う気持ちがあったのだ。
人助けでも自己満足でも何でもいい。力を正しいことに使っていれば、こんな風に戦うことも、緋姉が苦しむことも無かった。
これだけの力があるのだから、正しいことをすれば世間を見返すこともできたはずだ。
なのに、なのに!!
ヴァーミリオン・フレアに肉薄し、連撃を繰り出す。
沸騰した頭ではでたらめに拳を振るうばかりで、ヴァーミリオン・フレアにとっては子供がじゃれついてきているに等しいだろう。
けれど、そんなことを考える余裕もなく、俺は憤っていた。
「緋姉も力を得る前に誰かを助けたいって思ったはずだ! なのに、なんでその思いを、お父さんの思いを踏みにじるような事にしか使わないんだよ!!」
緋姉は今も自分の、そしてお父さんの思いを踏みにじっている。それに気付かない緋姉では無いし、先ほどの言動から緋姉はそれを自覚している。
「人助けは緋姉のお父さんがしてたことなんだろ? 緋姉もそんなお父さんを尊敬してたんだろ? それなのになんでこんなことを――ッ」
今まで防戦をしていたヴァーミリオン・フレアは、俺の攻撃をいなすと、流れるような動きで拳を突き出してきた。
怒りに身を任せていた俺はまったく反応できず、なんの防御もできずに吹き飛ばされた。
吹き飛ばされ、地面を転がる俺に、ヴァーミリオン・フレアは静かな口調で言う。
「ねえ
「俺だって……強くねぇよ!!」
黒奈に当たって、周りが見えなくなるほど考え込んで、一人で落ち込んで、苛立って、勝手に焦って。
俺は強くない。まだ子供だ。ただの、そこらへんにいる同年代のやつらと変わらない。ちょっと特別な力を持っただけの子供なんだ。
でも、ダサいのは嫌だから、弱いのは嫌だから足掻いてるだけだ。
けど、そんな弱い俺だけどわかることはある。
「緋姉こそ、そんなに強いなら分かれよ!! その力で何ができるのかもっと考えろよ!!」
「考えたよ!! 考えて考えて考えて……でも、それでもわたしの頭に浮かんでくるのは、憎い相手を殺せっていう言葉だけだった」
「だから、それじゃあ緋姉のお父さんは――」
「もうお父さんは関係ない!!」
俺の言葉を緋姉の金切り声が遮る。
「ここまで自分の意思でやってきた。お父さんの思いを踏みにじってでもやってきた。だから、もうお父さんの思いもなにも関係ない。もう、どうだっていい」
空っぽになったような言葉。そこには空虚だけが介在し、憎悪も悪意も無い。
「ねえ、正義ってなに? 守ろうと思う人に裏切られて、悪意を向けられて、自分が傷付いても続けなくちゃいけないことなの? それならわたしは正義じゃなくていい。わたしは正義でいられるほど強くない。わたしは、正義なんていらない!!」
緋姉の感情に呼応するように黒色の炎が舞い上がる。
その炎は緋姉の身を焦がし、感情を燃やし、命を燃やすような熱をはらんでいた。
「これがわたしのやりたいこと、わたしの意思、わたしの思い!! ねえ、わたしは強くないんだよ。だから、父さんの思いを踏みにじるってわかっててもこの
ヴァーミリオン・フレアが構えを取る。今までとは違い、本気の気迫を感じる。
「ここまで来たら、もう止まれない。止められない。大好きなしんちゃんと一緒に居れば、なにか変わるかなって思った。でも、この
叫びと共に、ヴァーミリオン・フレアが迫る。
その叫びでようやく気付く。
緋姉は止めてほしいのだ。緋姉は、自分が止まれないことを知っている。自分の身を焦がす炎を自分で消すことができない。だから、その炎を誰かに消して欲しいのだ。
俺の言葉では止められない。重みのある言葉なんて言えないし、そんなことを言えるほど色んな経験を積んできたわけじゃない。なにより、緋姉は言葉ではもう止められない。
奥歯を噛み締める。
ああ、分かったよ。なら俺が止めてやる。手遅れかもしれない。意味の無い事かもしれない。けど、誰かに止められたいと思うなら、俺が止めてやる!!
俺は、ヴァーミリオン・フレアを見据える。
そして、相手の名を叫ぶ。
「ヴァーミリオン・フレアァァァァァァァァァァッ!!」
「クリムゾンフレアァァァァァァァァァァッ!!」
拳と拳が激突する。
黒色と赤色の炎が舞い上がった。
ヴァーミリオン・フレアとの戦いは愚直なまでの乱打戦となった。
お互い、遠距離攻撃などせずに、ただひたすらに拳を打ち付け合う。
明らかにヴァーミリオン・フレアの方が攻撃を当てているけれど、俺の攻撃も当たってないわけじゃない。けど、このまま行けばジリ貧だ。気合いと根性でどうにかなるほど甘い相手じゃない。
「――っ!!」
「――くっ!!」
互いの炎が互いを燃やす。
なんの遠慮も無く、躊躇いも無く、互いの炎をぶつけ合う。
どれほどの時間殴り合っただろう。互いにぼろぼろになりながらも、殴り合いは続いている。
ふらふらになりながら、同時に互いを殴り、ふらふらと後ろによろめく。しかし、踏ん張って立ち続ける。
互いに肩で息をするほど、呼吸が荒い。
「そろそろ、降参、しても……いいんだぞ?」
「そっちこそ、もう、諦めてよ……しつこい男の子は、嫌われるよ?」
「この程度で、緋姉が俺を嫌ってたら……とっくの昔に、嫌われてる、よ……」
「ははっ、それもそっか……」
緋姉の事が好きだった俺は、小さい頃はそれはそれは緋姉に付いて回っていた。だから、自虐として言ったのだけれど、笑って頷かれると気恥ずかしい。
「ねえ、しんちゃん」
「なに?」
緋姉は険が取れたように笑って言った。
「もしわたしがここで止まってさ。二人で一緒に逃げてって言ったら、しんちゃんはわたしの手を取ってくれる?」
「そ、れは……」
一緒に逃げる。それは、なにもかも捨てて、緋姉と一緒に逃げることに他ならない。
俺は考える。けれど、考えてる時点で、俺の答えはでているようなものだった。
一瞬意識を逸らした俺を見て、緋姉は寂しげに笑う。
「冗談だよ。しんちゃんをこれ以上巻き込むつもりは無いよ」
直後、ヴァーミリオン・フレアが踏みだす。
一息で肉薄できる距離にいたヴァーミリオン・フレアは、たったの一歩で俺の目前まで距離を詰め、俺に防御をする時間さえ与えずに技を繰り出した。
「ヴァーミリオン・インパクト!!」
「がっ――!?」
これまでにない衝撃が身体を突き抜ける。
黒色の炎が炸裂し、吹き飛ばされる。
凄まじい轟音を上げてコンテナを薙ぎ倒し、錆び付いた重機を破壊して吹き飛ぶ。
ようやく止まった頃には変身は解けており、体中痛かった。
「ぁ……かはっ……」
声を出そうにも空気が漏れるばかり。
意識も朦朧とし、ぷつりと途切れる――寸前、俺はどういうわけか、橘に電話したときのことを思い出していた。
「橘さん。話がある。事件のこと、全部話してくれ」
『ずっと待ってたよ、君からそう言ってもらえるのを』
そう言った橘の声は嬉しそうながらも若干の焦りをはらんでおり、俺は時間がもうないことを理解した。橘が俺を相手に焦りを悟らせるなんて相当切羽詰まっているはずだ。
「橘さん、時間無いんだろ? 手短に頼みます」
『ああ。いろいろ言いたいことはあるんだが、今は時間がない。簡潔に言わせてもらう』
「頼みます」
『まず、もう知ってると思うが、君を餌に使ったのは君が廿樂緋日の幼馴染みだからだ』
やはり、警察は犯人を特定していたのか。まあ、当たり前だよな。
『そのことについては本当に申し訳無かったと思う』
「謝るのは全部終わってからにしてください。今は、話すことだけを話してください」
『そうだね。君がお察しの通り、警察はずっと前から犯人の情報を掴んでいた。でも、それを公表することはできなかった』
それは俺も疑問だった。けど、姉さんにヒントを貰った今ならわかる。
「未成年かつ、ヒーローだから、ですよね?」
『そうだ。未成年というだけで報道が規制されるのに、その上ファントムから市民を守るヒーローが犯人だと来たもんだ。これじゃあ報道して注意喚起することもできない』
すれば俺達ヒーローの立場が一時的にでも危なくなる。それを期に不信感を抱く人も出てくるだろう。
他人に嫌われてまでヒーローを続けようと思えない人もいるはずだ。
『だから、僕は君を頼った。君を餌にすれば、彼女が食いついてくれることに賭けて。あわよくば、君が彼女を止めてくれることも期待して』
「そりゃあ、過剰な期待ですよ……」
事件の全容も姉さんに教えられたし、溜め込んだ結果黒奈に当たって、ぶちギレた碧にぶん殴られる。成果としては下の下だ。
ていうか、それならそれで全部教えてくれれば良かったのに。……いや、教えられてたら、変に身構えちゃうか。自然体で話すためには、やっぱり今の形が一番良かったのかもしれない。橘に利用されたのは癪だけど。
『でも、君はここまでたどり着いた。それも、絶好のタイミングでだ』
「絶好のタイミング? もしかして、緋姉の居場所が?」
『いや、最後のターゲットの方だ。今花河くんが追ってる』
「仁さんが!?」
『おや、そっちも知り合いかい? 彼は今回僕らの協力をしてもらってるヒーローだよ』
「そうだったんですか……」
なるほど、だから自主休校してたのか。
それに、関わるなと強く言ってきたのも頷ける。
『今から、君に彼の場所を教える。最終的に追い込む場所も含めてね』
「いいんですか?」
部外者の俺に教えて。言外にそう伝えると、橘ははっと笑う。
『今更だよそんなの。それに、使える手があるなら使うべきだ。僕はね、犯人を検挙したいわけじゃない。廿樂緋日を助けたいだけなんだよ』
「橘さん……」
『だからね、和泉くん。僕の代わりに、いっちょ人助けをしてくれないかい?』
言われなくても、分かってるよ!!
沈み行く意識の中、無理矢理唇を噛みちぎり、意識を覚醒させる。
そして、腹の底から声を出す。自分はまだ戦える。まだ、緋姉と戦うと彼女に知らしめるために。
「イグニッション!!」
再度紅蓮の炎が俺の身体を包み込み、俺をヒーローにする。
痛む身体に鞭打って立ち上がる。
まだ、終わって無い……!!
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