第17話 クリムゾンVSヴァーミリオン
邪魔をする。
どういう行動が緋姉にとって邪魔になるのかは分からないけれど、俺の答えはもう決まっている。
「緋姉の邪魔になるかどうかは分からないけど、俺は緋姉を止めに来たんだ」
「そう……」
緋姉の目がすっと細められ、明らかな敵対の色を見せる。
俺に敵意を向ける緋姉に怯むことなく俺は言葉を紡ぐ。
「緋姉、もう終わりにしよう」
「ええ、こいつを殺せばもう終わりよ」
「そうじゃない! こんなこともう止めよう! 緋姉のお父さんだって、こんなこと望んでない!!」
「そうね。父さんは、こんなことは望んでないわ」
「なら!」
「でも、これがわたしの望みなの」
きっぱりと自分の意思を告げる緋姉。そこには一切の揺らぎは無い。
「父さんは正義の人だから、こんなことは望まない。わたしも、そんな父さんに憧れていたわ」
「なら尚更だろ! 尚更こんなことしちゃいけない!!」
「分かってるわ。わたしが父さんの意に反することをしていることも、父さんが喜ばないことも分かってる。でもね、わたしの気が済まないの」
緋姉の瞳には怒りの炎が
「わたしもね、最初はこんなこと考えなかった。だって、非力な少女に出来ることなんて高が知れてるもの。でもね、手に持った力の大きさに気付いたときに、それまで考えもしなかった事が一気に頭から溢れてきたの。それで決めたわ。この力を使って、こいつら全員殺そうって」
俺達の持つ力は当たり前だが、常人よりも大きなものだ。その力を行使するには大きな責任が伴うし、正しい倫理観も必要になる。
緋姉は、その責任も、倫理観も捨てたのだ。そして、恐らく情けも捨てた。
「初めは綺麗な赤色だったけど、今ではこんなに真っ黒になっちゃった……。返り血を全身に浴びたみたいよね」
当然の報いだと言わんばかりの言葉。
俺は想像する。緋姉が一人殺すごとに正義を体言するその姿が黒く染まっていく様を。
「緋姉、もう止めよう。緋姉の気が済まないのもわかる。けど、これ以上やったら、もう戻れなくなる」
「わかる? 戻れなくなる? はっ! しんちゃん、随分日和ってるね」
呆れたように吐き捨てる緋姉。
その目は、確かな怒りを宿して俺を睨みつける。
「大切な人を亡くした事が無いしんちゃんになにがわかるの? 確かな悪意を向けられたことが無い、罵倒の声も上がらない人気者なしんちゃんが、わたしの気持ちをわかる? 馬鹿にしないでよ!!」
緋姉が声を荒げる。
今まで、一度だって見たことの無い緋姉の姿に、俺は思わず一瞬呆けてしまう。
「わかるわけないじゃん! 世間の人気者が、世間の嫌われ者のなにをわかるっていうの!?」
緋姉の嘆きのような問い掛けに、俺は呆けた自分に活を入れて答える。
「緋姉が本当はそんなことをしたくない事くらいは、わかるよ」
「だから、わたしが望んでやってるって言ってるよね!? これが……父さんの敵討ちがわたしのやりたいことなのよ!! わたしの気が済むまでこいつらを殺す!! それが今のわたしの本懐よ!!」
「その本懐を遂げて、その先に何があるんだよ!! 復讐のために生きて、それを成し遂げて、いったい何が待ってるんだよ!!」
「なにも待ってないわよ!! もうわたしを待つ人もいない!! わたしはもう戻れないのよ!! しんちゃんにわかる!? 唯一の家族を殺されたわたしの痛みが!! 最後まで正義をまっとうしようとしていた父さんの無念が!! 悪いことなんてなにもしてないのに悪のレッテルを貼られる悔しさが!! ずっと正義でいられたしんちゃんにわかる!? 分からないでしょう!?」
……確かに、分からない。
俺は緋姉がどんな人生を送って来たのかも、どんな思いで殺人を繰り返していたのかも分からない。
久しぶりに会った俺には、緋姉の辿ってきた道筋の何一つだって分からない。
俺は大切な人を亡くしたことは無い。身を裂かれるような悔しい思いをしたことも無い。緋姉ほどの苦労も味わってない。
俺は、恵まれている。家族に、環境に、状況に。
少しの苦労はしてきたけれど、緋姉ほどの苦悩を味わってきたわけではない。ここ数日の苦悩なんて緋姉に言わせれば一日で解決できる悩みなのだろう。
なんの苦労もしてない俺が、緋姉の心を動かせるとははなから思ってなかった。
だから、これは俺の思いだ。エゴだ。我が儘だ。
「わかんねえよ……俺は、何一つだってわかんねえ」
アルクが虚空から現れ、俺にベルトを渡す。
ベルトを受け取り、装着する。
「しんちゃん、止めるなら今だよ? わたしは、変身したしんちゃんをしんちゃんとして見る自信は無い」
「俺は止めない。俺は緋姉を止める。ごめん緋姉。俺は緋姉の本懐を遂げさせるわけにはいかない」
もう最後の一人になってしまったけれど、それでも、緋姉にこれ以上の殺しをさせてはいけない。
男を助けるためじゃない。緋姉を助けるためだ。
人を一人殺すごとに、緋姉の心は荒み、摩耗し、時には砕けて、もう昔の緋姉の見る影もなく小さくなっているはずだ。
これ以上、緋姉に殺させるわけにはいかない。緋姉自身を、殺させるわけにはいかない。
「俺は緋姉を助ける。じゃないと、俺の気が済まない」
腰を落とし、右足を前へ、左足を後ろへ下げる。右半身を前にし、左手を腰の辺りに置き、右手は前へ。
「イグニッション!!」
心の限り叫ぶ。
瞬間、炎が俺を包み込む。
紅蓮の炎が身体を這う。
そして、全身を包み込むと、四方に熱気を飛ばしながら消える。
炎が消え、そこには一人のヒーローがいた。
「緋姉……いや、魔法少女・ヴァーミリオン・フレア。俺はあんたを止める」
緋姉――ヴァーミリオン・フレアは一度目を閉じ、一つ息を吐いた。
「クリムゾンフレア。邪魔をするなら容赦はしない」
戦う選択をした俺達は睨み合う。
夜の静けさが耳に痛い。
互いにお互いの出方を伺う。
先に動いたのはヴァーミリオン・フレアは両手に黒色の炎を纏いながら迫る。
俺も両手に紅蓮の炎を纏い、ヴァーミリオン・フレアとの距離を詰める。
「はぁっ!!」
「せぇあっ!!」
黒と赤の炎が入り乱れる。
ヴァーミリオン・フレアが放ってきた拳を避けるが、連続した動きで攻撃を繰り出してくる。
俺はなんとかそれをいなし、隙をついて反撃をする。
が、恐ろしいほどの反射速度で俺の攻撃をあしらい、それと同時に二、三撃と攻撃をしかけてくる。
「がっ!?」
慌てて防御をするも、一撃目を凌いだだけで、二撃目三撃目は防げない。
衝撃に耐えつつも、反撃をするが、ヴァーミリオン・フレアは慣れた手つきでそれをいなして、ついでとばかりにカウンターを繰り出す。
嘘だろ……!! 俺の方が早くヒーローになったのに……!!
ヴァーミリオン・フレアは自身の力を十分に生かして攻撃をしかけてくる。
俺の方が変身している期間は長いはずなのに、ヴァーミリオン・フレアは俺以上の練度を持った攻防をみせる。
「ごめんね。言ったと思うけど、わたしこれでも空手やってたんだ」
俺の疑問を覚ったのか、ヴァーミリオン・フレアは淡々とした声で言う。
そういやそんな事言ってたな……!!
心中で毒づきながら、近接戦は不利と判断して俺はいったん距離を取る。
後ろに下がりながら、炎弾を放つ。
ヴァーミリオン・フレアは蹴りや拳を駆使してそれを捌いて俺に肉薄する。
俺よりも後に力を得たのに、この練度。この力が、緋姉の理想や憧れのために使われないのが、ただただ悔しい。
「もう止めよう!! こんなに力を得て、それを自分の理想のために使わないなんて……こんなの、緋姉が苦しいだけじゃないか!!」
「ええ、苦しいわよ!! 寝ても覚めても、復讐の炎がわたしを包み込むんだから!! もがいてもがいてもがいてもがいて……!! ずっともがき続けてるんだから!!」
「なら、もういいだろう!! もがかなくてもいい選択があるはずだ!!」
「そんなの無いのよ!! あなたといるときもずっと苦しかった!! あなたの明るさが、くーちゃんの明るさが、わたしの黒い炎すらすり抜けてわたしの目に刺さるのよ!! あなたたちの純粋な光を見るだけで、わたしはずっと苦しかった!!」
それは言外に自分はもう俺達とは違うという宣告だった。
「こんなに手を汚したわたしが、あなたたちみたいな光と一緒にいられるわけが無い!! 手を汚したその時から、わたしはもう戻れない!!」
ヴァーミリオン・フレアの叫びに呼応するように、四肢を黒色の炎が包み込む。そして、黒色の炎が消え失せ、その下から更に攻撃的な形状になった鎧が姿を表す。
今まで綺麗に攻撃を捌いていたのが嘘のように、ヴァーミリオン・フレアは両手のガントレットを盾にして突っ込んできた。
「――っ!!」
突然のことに反応の遅れた俺は、ヴァーミリオン・フレアに接近を許してしまう。
俺の目前まで迫ったヴァーミリオン・フレアは、身体の前で交差させていた両手をほどくと、拳を引きながら言う。
「わかる、しんちゃん? 罪はね、一生付いて回るの。あがなうことはできても、罪が無くなることは無いの」
拳が放たれる。
急いで両手を拳と身体の間に滑り込ませる。
轟音が響き渡った。
衝撃が身体をつんざき、慣性の法則に従って身体はきりもみしながら吹き飛ばされる。
錆び付いたコンテナを突き破っても身体は止まらず、二つ目のコンテナを大きく凹ませてからようやく止まった。
「がはっ!」
肺から空気が押し出される。
打ち付けた背中が痛み、滑り込ませた両手が痺れる。
「げほっ、ごほっ……!!」
咳込み、頭も打っていたのか、身体がふらつく。
「くそ……っ!!」
小刻みに震える身体に活を入れ、俺は足に力を込める。
こんなところでへたってる場合じゃねぇ……!! 根性見せろ……!!
俺は地面を蹴り付け、自分が突き抜けてきたコンテナを飛び越える。
瞬間、最大火力で炎を放つ。
「フレイムスロー!!」
直後、まばゆいばかりの火炎が放射される。
カウンター狙いのこの攻撃。放射状に炎が放たれているので逃げ場は無いはず!!
「あまいよ、しんちゃん」
「――なっ!?」
声とともに、紅蓮の炎の中から黒色の炎の塊が飛び出してくる。
黒色の炎は紅蓮の炎から飛び出すと、その炎を散らす。
中から出てきたのはヴァーミリオン・フレア。炎を盾にして炎を防いだのだ。
「同じ炎属性なんだから、これくらい予想できるよ」
言いながら、蹴りを放ってくる。
「ぐ――っ!!」
慌てて腕を盾にするが、蹴りの威力に負けて身体が吹き飛ばされる。
今度はなんとか空中で体勢を整えて着地する。
ヴァーミリオン・フレアの方を見れば、彼女は悠然と俺を見ている。
それは強者の余裕。
ああ、俺も油断していたし、甘く見ていた。
緋姉は、ヴァーミリオン・フレアは、強い。おそらく、俺よりも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます