訪問者

遠藤

 父が亡くなって数日が経過した時、彼は漠然とした、しかし明確な不安を抱えていた。

「僕を作ってくれる人は?」

 彼はあまりに日常的すぎ、距離も近かったために父という存在の偉大さに気付いていなかった。

 彼自身を作ったのは父であり、彼を生かしていたのもまた父であったことを、彼は認識したのだ。

 《創造主》たる存在に存在意義を設定された彼には、人助けをやめるという選択肢はない。

 しかし、お腹を空かした子ども達を見つけるたびに、彼の心臓は磨耗していく。

 自身の命が長くないことを悟った彼は、ある場所に飛び立った。


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「おい!」店の中に怒鳴り声が響く。

「どうかされましたでしょうか」近くにいた店員が恐る恐ると口を開いた。

「この商品痛んでるじゃねえか!困るんだよ、こうやってちゃんと管理がされてないとよ。こっちの仕事が増えるだろうが」

「す、すみません。すぐに新しいものを並べますね」

「いい、いい。買うから。その代わり商品の状態とかちゃんと見てくれよ」男は代金を支払い、店を後にした。



 運転をしていると、道で泣いている子どもがいた。

 男は短いため息を吐き、先ほど買った商品に『早く食べろ』と書かれたシールを貼り、子どもの近くに落とす。子どもが受け取ったことを確認するのも待たず、男はその場を去った。


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 ひと月ほど前、因縁の相手が男の家へ訪れた。

 男は身構えたが、どうやらいつもと様子が違う。疲弊しきっているようで、手には白旗すら握っていた。

「…何の用だ」男が口を開くが早いか、訪問者が喋り出す。

「やあ、久しぶりだね。元氣にしていたかい?最近あまり君の噂を聞かなかったから心配していたんだ。昔はよく遊んだよね。あの頃は君のことを憎いとすら思ったこともあったけど、今ではあの日々が楽しかったとも思うし、僕自身も当時のじゃれあいを必要としていたんだなと、いまになってそう思うよ」

「今日はやけに喋るな。昔は肉体言語でしか会話していなかったと思うが、ちゃんと会話ができるようになったのは成長した証か?」男は心に起こった胸騒ぎを直視しないために皮肉を言う。

「結局、何が言いたい」

 訪問者は「ふっ」と息を吐き柔らかに笑った。「僕はもう長くない。聞いているかい、父が死んだんだ。君も知っている通り、僕は父に生かされていた。でももう次のろうそくはない。かといって家にこもっているのも性に合わないし、困っている人を見ると助けないと、と思ってしまう。そこでなんだけど、僕の仕事を君に継いでほしいんだ。方法は問わない、君の好きなようにしてくれていい。困っている人が生まれないでほしい、それだけなんだ」

 男は押し黙って訪問者を見つめた。「だめかな」と訪問者が男に問いかける。

 訪問者の問いかけに対して、男は返答の代わりに「今の仕事を引退して、お前はどうするんだよ」と答えた。

 「世界を周ってみたいんだ。死に場所を見つけるってやつかな。どうせ人助けはしたくなると思うから、どこかしらで命は尽きるだろうしね」

 男は眉を顰めながら訪問者の返答を聞いていたが、決心がついたように息を吐くと「わかった。わかった、考えておくから今日は帰ってくれ」

 訪問者が柔らかい笑みを浮かべる。

「ありがとう。じゃあ頼んだよ、よろしくお願いします」訪問者は礼を言いながら右手を差し出した。

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訪問者 遠藤 @maro0624

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