第25話 魔王滅ぼしたけど多分新しい魔王ポジが生まれただけ

 別段、劇的な人生を送ってきた訳じゃなかった。


 何か果てしない夢を叶えたとか。凄まじい挫折を味わわされたとか。そんな風ではなかった気がする。


 


 当たり前のように当たり前の日々を過ごしていた。


 普通に愛のある親の下で生まれて。普通に友達と遊んだりして。部活に入ったりして。進学して。就職して。働き始めて。


 三十路手前で事故で急死した事以外は。ごくごく普通の人生を歩んできたつもりだ。


 


 


 何で俺なんだろう、と思った事もある。


 俺はそんなヒロイックな性格もしていないし。前の世界から逃げ出したくなるほどの絶望を味わわされたわけではない。


 ただただ普通に生きてきただけの、平々凡々な人間でしかなかった。


 前の世界で飛びぬけて秀才だったわけでも落伍者という訳でもない。


 


 


 今なら、多少なりとも解る気がする。


 多分。その”普通”を得る為に、どれだけの積み重ねがあって。


 その普通の生活をする為に無数の人々の営みがあったのかに無自覚であったからだと知った。


 


 


 親が何の代償も無く己を愛す事がどれだけ恵まれていたか。


 女神教の布施の為に天啓を受けた子である俺を売り飛ばそうとした第二のクソオヤジの姿を見て知った。借金持ちのクズ親の下に生まれただけで身売りする領民の姿を見て知った。


 


 当たり前に勉強ができる場所がある事の幸せを。身分に関係なく行使される法の尊さを。


 知らなかった。


 何もかも無自覚だった。


 


 


 だから。これは罰なのだと思った。


 ただただ幸福を享受していただけの自身に。その価値を刻み付ける為の。


 


 


 だから、ここまで来た。来てしまった。


 


 


 前の世界。あの幸福な日々を送れるようになる時代まで。そこにはそれを求めて散っていった無数の屍が埋まっている。


 ならばきっと。


 己もまた、その屍のうち一つになってこの世界の踏み台になるのだろう。


 


 所詮はその程度の存在だ。


 自分が世界を変えると息巻いていたあの日の過ちを忘れてはいない。


 


 レミディアスが暴走させた術式を解除したあの日。


 俺は死ぬつもりだったのに。


 死にきれなかった。


 


 


 死にきれなかったのならば。いつかどこかで死ぬのだろう。


 ならば。――出来る限り大きな踏み台になってやろうじゃないか。


 


 


 運よく自分と組んでくれた怪物たちが、この世界を変えてくれる。


 彼女たちが羽ばたいてくれたなら。もう俺は不要だ。


 


 


 誰にも知られない場所に行こう。誰も彼も忘れてくれるような。


 己が死ぬ時。誰からも想われる必要はない。それが孤独に朽ちた先であろうと。誰かに殺される末路であろうと。それでいい。きっと穏やかに受け入れられる。


 そういう生き方をしてきた。


 


 そもそも魔王討伐の名誉を与える事を約束で、あの三人と組んだのだ。


 その名誉を与えられれば――自分の役目は終わりだ。


 


 


 そう思っていたのだが。


 そう思って、いたんだけどなぁ.....。


 


 


▼▼▼


 


 


 カスティリオとゼクセンベルゲンの決闘を終え。王権授与の式典はしめやかに行われた。


 それはもう。葬式かと思う程のしめやかさであった。


 なにせ。王権授与するはずの父親は行方不明で、兄妹もおらず。これまで式典を仕切っていた女神教を叩き出し、出席している貴族共もそのほとんどが粛清の危機にあっているが故である。


 


 その後――王権授与の後。王宮の要職並びに評議会員の発表と就任式が待ち受ける。


 新王の発表の後の就任式は、市民にも開放される。


 


 式の前に新王であるクラミアンはその傍らにユーランを引き連れ、演説が始まる


 


 


 ――臣民の皆々方。足労の程、ありがとうございます。私が新王のクラミアンです。


 


 ――この就任式に至るまで。ジャカルタには多くの禍が巻き起こりました。


 


 ――皆々方の中にも、その程を目にしてきた者は多い事でしょう。


 


 ――女神教による不正と横暴に苦しむ中起きた暴動。街区一つを飲み込んだ火災事件。そして、ハレドの将軍ゼクセンベルゲンによる略奪・虐殺事件。


 


 ――それだけではない。これまでジャカルタは度重なる貴族の不正と横暴、そして彼等を庇い立てる女神教の影響により長きに渡り苦しんで参りました。


 


 ――不正を肯定する女神教と、その庇護の下過ごしていた貴族により。これまで多くの血が流れてきました。


 


 ――その流血は、どれ程のものだったでしょう。きっと言葉では語り切れぬ悲劇が山の如く積み重なってきた事でしょう。


 


 ――ならば。次に流血すべきは、きっと我々なのです。


 


 


「中々ブッ込んだ演説だねぇ」


 


 舞台袖で見ていたレロロは、そんな事を呟いた。


 演説が進むたび、集まった群衆のざわめきが大きくなっていく。


 


 今まで貴族勢力と権力を二分していたジャカルタという国において。――ここまで王宮側が貴族勢力を批判する演説を行う例はなかったであろう。


 そして。これまで国教として崇めていた女神教すらも、その弁舌にて批判を行っている。


 


「――そりゃもう。クラミアン殿は邪魔な貴族共に大鉈を振れる武器があるからね。強気になれるってもんだよ」


 


 にこやかに、そんな事をアーレンは呟く。


 


「人間、変わる時は変わるものね。わたくしの策が結実される前に、ジャカルタがハレドへ攻め込むなんて考えもしなかったわ」


「くく。これが無ければゼクセンベルゲンに完全な勝利を挙げる事は難しかったろう。故にわらわも一枚かませてもらった」


「こいつ等...」


 


 レミディアスは、ゼクセンベルゲンの略奪に乗じて周辺国を動かしハレドの乗っ取りを画策し。


 カスティリオはゼクセンベルゲンを追い詰める策の一環として、クラミアンに協力し元王の暗殺に協力したという。


 


 本当。何というか....こいつ等....。


 


「まあいいわ。――ハレドなんてちっぽけな小国の事なんてどうでもいいもの」


 


 クラミアンは――不正貴族の処断と女神教の国教からの解除。そして、新たな司法制度の枠組み作りに注力する旨を演説にて語る。


 女神教の排斥の言葉を耳にした瞬間――市民からは凄まじいまでの歓声が響き渡った。


 


「聞きなよ皆。この歓声こそが答えだよ」


「嬉しそうだねぇアーレン」


「そりゃあ嬉しいさ。ボクの野望の第一歩がここに結実したわけだからね――」


 


 まあ、そうだろうなぁ。


 貴族と結びつき、司法分野に入り込み、その勢力を拡大させてきた女神教。その魔の手に一度掴まれながらも、振り払えた光景に、アーレンが喜ばない訳がない。


 


 


 


 一通りの演説を終えると、クラミアンはこう続けた。


 


「では。この場を用いまして――魔王討伐を果たせし勇者四人への褒章の授与式を行うと共に」


 


 クラミアンの口元に、笑みが零れる。


 


 


「勇者の方々は、慈悲深い方々でございました。彼等もまた、このジャカルタの国を支えるべく役目を担って頂けると。そう了承を得ました」


 


「え?マジ?」


「マジよ」


「マジだね」


「マジじゃ」


「マジか~」


 


 レロロはそっか~と呟いた。


 自分には話が来ていない、という事は。自分を除く三人が、ジャカルタで何かしらの身分だったり王宮の役職を得られるという事か。


 


 頑張ってくれ~と心中で応援しながら。こいつらの手綱を握るつもりなんだな...と。クラミアンの凄まじいまでの覚悟が垣間見えた瞬間でもあり。震えに震えていた。頑張れ。マジで頑張れ。


 


 


「――勇者一行が一人、アーレン・ローレン殿。彼女には女神教に変わる司法制度の確立と、”告解魔法”の一般運用化を目指すべく王宮法相の相談役としての役職を」


 


「――レミディアス・アルデバラン殿。彼女には王宮魔法使いを束ねる魔法省の副大臣としての役職を」


 


「――カスティリオ・アンクズオール殿。彼女には、王宮剣術指南役並びに王宮執事長の役職を」


 


 


 ふむふむ、とレロロは呟く。


 各々、ひとまずは――ジャカルタ内部の改革へ携わるつもりなのか。


 まあ今が好機だろうからな。司祭騎士二人がいなくなり、各貴族の弱味を握っている状態。まずはこの国て、各々の理想を果たすべく地盤を固める。その為にそれぞれ役職につき、動くつもりなのだろう。


 


「そして、」


 


 その接続詞が聞こえた瞬間。レロロは「ん?」と呟き。


 


「レロロ・レレレレーロ殿。彼には、不正に関わり没収された大貴族の領主権の一部を与えると共に。王が選定する評議会員の一人としての役割を、果たして頂きます」


 


 


「は?」


 


 は?


 


 


「よかったのぉ、レロロ。――元辺境のクソ貴族からジャカルタの貴族の頭目の一人まで大出世じゃ」


「おめでとうレロ君!君はこれよりユーラン殿と同格の大貴族様だ!」


「あらあら。もうこれから舐めた口は利けないわねぇ、レロロ様」


 


「は?」


 


 もう。レロロの脳には――何事かを思考する機能が失われていた。


 


「はああああああああああああああああああああああああああああああ!?聞いてないんですけどォォォォォォォォォ!?」


 


 


 その叫びは――群衆の歓声に飲み込まれ、ただ虚しく空へと消えていった.....。


 


 



 


 


「え、は?な、なんで....?」


「言ったでしょうレロ。――貴方を一人でほっぽり出してたらいつか必ず殺されるって」


 


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら。レミディアスは実に楽しそうな声音で言葉を紡いでいく。


 


「なので。こうして首輪を繋いでおとなしくしといてもらう方が都合がいい」


「おい待てェ。そこには俺の都合はどれだけ含有されているんだ!?」


「貴様の都合なぞ知らぬ。いずれ何処ぞで野垂れ死にする馬鹿の面倒を見る為にはそんなもの不要じゃ」


「よかったねぇレロ君」


「よくねェェェェェェェ!」


 


 


 ああ....さようなら、夢の田舎生活....セミリタイア生活....。


 


 


「――そもそもねぇ。レロ」


 


 絶望しきった様子のレロロに。レミディアスは呆れたように言葉をかける。


 


「わたくしも、アーレンもカスティリオも。――全員、貴方が掲げた世界とやらを見たくてパーティを組んだのよ」


「へ?」


「ここで一抜けなんて、許す訳がないでしょう?馬鹿なこと言ってないで、この先もきりきり働きなさい」


「.....」


 


 呆けた顔で、レロロは全員の顔を見た。


 レミディアスの言葉に、誰も否定の言葉も表情も存在しなかった。


 


 ――いや。こいつ等が見たいのは「自分の」理想の世界であって。「俺の」ではないだろう?


 


 


「人の心理は読めても。貴方、その奥にある根幹の部分を読む能力は本当にないのね。愚かだわぁ」


 


 


 レミディアスはレロロの目を見る。


 


 


「言ったでしょう?――わたくしから離れるなど、貴方には到底不可能であるのだと知りなさいって」


 


 


 


 


 


 こうして。


 魔王を討伐した後のゴタゴタから始まった畜生共のカーニバルは終わった。


 悪意に満ち。満ちた悪意を更なる悪意で跳ね返し、噛み殺し続けてきた十日間。


 


 


 


 ――これから先はもっとこんな日々が続いていく。


 


 


 悪意を善意で打倒する旅ではなく。悪意を悪意で返す日々を選び取ったのは、間違いなく自分であった。


 善意は、きっと悪意の海を泳ぐような日々は耐えられない。


 


 悪意という暗闇の中を笑って突き進んでいけるような化物共。そんな連中と共に、歩んできた。


 


 


 解っている。


 こいつ等は、勇者なのではない。


 魔王だ。


 


 


 マッチポンプじみた人喰いの化物などとは違う。


 この世界の根幹を成す代物を食い殺す。怪物。


 


 


 だが。


 彼等を魔王と仕立て上げた者は――逃げる事叶わず。彼等という楔に囚われた。


 


 


 


 まあつまり。


 魔王滅ぼしたけど、新しい魔王が生まれただけという。


 そんなどうしようもない話。


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