トリには会えず、でもその先で見たものは

あすれい

第1話

 どうしてこうなった?


 俺は一人で山道を歩いていた。


 俺をここに連れてきた友人は俺を置き去りにして、どこかへ行ってしまった。連れてきたと言っても、車を出して麓の駐車場まで運転してきたのは俺だけども。


 遭難した、というわけではない。ここまで一本道だったので、帰り道はわかっている。山道はちゃんと整備されているし、スマホにも電波が入る。


 だから連絡しようと思えばできるけど、今はそんな気分にもなれなかった。


 浮かれてはしゃいでいるところに水を指すのも悪いし。


 あいつはここで出会った同好の士と意気投合しておすすめスポットとやらに連れていかれてしまったのだ。それはもう楽しそうに。


 なんとなく会話に入れなかった俺は取り残されてしまったというわけだ。あいつはいつも夢中になると周りが見えなくなる。


 それ自体は今に始まったことじゃないので、それほど気にはならないが、


「まったく、一人でどうしろってんだよ……」


 俺は双眼鏡を片手に独り言を零した。


 ***


「バードウォッチングに行こう!」


 先週末、居酒屋で一緒に飲んでいた友人がそう言い出した。話を聞けば、最近始めてハマって、週末にはあちこち野鳥を探して飛び回っているらしい。


 割と付き合いの長いこの友人に、まさかそんな趣味があったとは知らなかった。


「あんた、どうせ休みは家に引きこもってるんでしょ? いい気晴らしになるよ?」


 確かに俺は休みの日のほとんどを家でダラダラしながら過ごしている。夕方まで寝ている時もある。


 仕事が激務で、疲れ果ててしまうからだ。寝ても疲れが抜けず、仕事でミスをする。ミスをするとその処理に追われて帰りが遅くなる。やらかしたことで気分も落ち込んで、いらないことを考えて、眠りは浅くなる。疲れも抜けなくて効率が下がる。


 まさに負のループだ。


 気晴らしになると言われたことで、気付けば俺はよく考えもせずに首を縦に振っていた。鳥なんて見ても気分が晴れるとは思えないが、ただきっかけが欲しかっただけだったのかもしれない。


 ***


 そんなわけで連れてこられた山なのだが、ご覧の有り様だ。横を見ても上を見ても木が生い茂っているばかり。鳥の声はすれど姿は見えず。俺は一人トボトボと歩いていた。


 鬱蒼とした木々の間を歩いていると、余計に気が滅入ってくる。こんなことになるなら来なければ良かった、とも思い始めた。


 もう駐車場の車に戻って寝ていようか、そんな考えが頭をよぎった瞬間だった。


 ふいに視界が開けた。そこだけポッカリと穴が空いたように木々がなくなり光が差し込んでいた。


 まさに息を呑むという表現がふさわしい光景。


 連なる山々は青く茂り、陽光に照らされて輝いて。その隙間から遥か遠くの海まで一望できた。


 肌に触れる日光は温かく、吹き抜ける風は柔らかく頬を撫でていく。


 俺の目からつぅっと涙が流れた。暗く鬱蒼とした道の先でこんなものが見られるなんて思いもしていなかった。


 まるで自分の状況と重なる気がしたんだ。苦しい今を乗り越えた先で同じようなものが待っているのではないかと、そう思えた。


 結局、俺は友人から連絡があるまでその場所にいた。時間とともに移り変わる景色にも目を奪われて。


「ごめんごめん! つい盛り上がって、あんたのこと忘れてたわ!」


 自分から誘っておいて忘れるなんて、ひどい友人もいたものだ。でもそんなのはとっくに慣れっこだ。


「いや、いいよ。いつものことだし」


「本当にごめん! で、そっちはなんか見つけられた?」


 なんの知識もなく、鳥の探し方もわからない素人がそう簡単に見つけられるわけないだろうに。


 でも──。


「あぁ、とびきりのが見れたよ」


 当初の目的のじまいだったけど、それ以上のものを見ることができたのだから。

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