とりあえず一球入魂

那智 風太郎

とりあえず

 第96回選抜高等学校野球大会、決勝。

 九回裏ツーアウト満塁。

 得点差はわずかに1点。

 単打でも同点、二塁ランナーが帰れば逆転サヨナラの場面。

 カウントはスリーボール、ツーストライク。


 バッテリーは悩んでいた。


キャッチャー(以下、Cとする):とりあえず、もうここは運を天にまかせて投げられる精一杯のストレートをど真ん中に投げ込んで来い。


 そのサインにピッチャー(以下、Pとする)は首を振る。


P:とりあえずって何だよ。次に投げる球で俺たちの運命が決まるんだぞ。もっとよく考えろよ。


C:んなこといったって、おめえさっきから変化球全部抜けてんじゃねえか。もう握力残ってないんだろ。ボール球投げて押し出しより打たれた方がまだマシだって。


 キャッチャーがもう一度ストレートのサインを出してミットを中央に構える。


P:いやいや、ねえって。ど真ん中はねえって。せめてコース狙ってこうぜ。


 もう一度首を振るP。

 キャッチャーマスクの中からCの舌打ちが聞こえた。


C:だぁーかぁーらぁー、握力ないんだからコースに投げ分けるとか無理だって。つべこべ文句垂れずににさっさと投げてこいよ。ほら、ど真ん中のストレート、ほれほれ、ここだ。


 Cはミットを真ん中に押し付けるような仕草を繰り返す。

 けれどPは呆れたようにまた首を振った。


P:お前ちょっと落ち着けよ。この場面、テンパるのは分かるけどさ。考えることを放棄したら終わりだろ。


C:考えても仕方ねえって言ってんの。


P:いや、とことん考えようぜ。悔いの残らないようにさ。


C:もういいだろうよ。名門校でもない俺たちが決勝まで勝ち上がったんだ。もし負けてもみんな許してくれるって。


P:投げやりになんなよ。諦めたらそこで試合終了ですよって安西先生に怒られるぜ。


C:そりゃ、バスケの話だろ。俺たちは野球やってんだ。


球審:あのさ、とりあえず二十秒過ぎたから悪いけどフォアボールね。


 こうして試合は振り出しに戻りました。


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とりあえず一球入魂 那智 風太郎 @edage1999

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