不審な鳥の不審鳥

うぃんこさん

鳥、会えず

心地良い潮風が吹く港街のビーチサイド。私はそこに建つ温泉旅館に来ていた。


名を『不審鳥ふしんどり商会本部』という。至極ふざけきった名前の会社だが、この会社を建てたのはこの世界を救った英雄である。


その英雄は鳥の被り物を好んで被っている不審者だった。正確に言うと鶏の着ぐるみの頭部分だけと言った方がいい厚みのある被り物だ。何故そんなものを被っているのかと問われても本人が首を傾げるぐらいには当たり前のように被っていたそうだ。


英雄はあらゆる武器に精通していた。剣、斧、大剣、銃剣、杖、書、球、ビット、槍、鎌、篭手、刀、短剣、弓、銃、円月輪チャクラム細剣フルーレ。それらを達人が感嘆するレベルで使いこなせたらしい。


魔法に関しても万能であった。攻撃、防護、治癒、補助。どれをやらせても遜色なく、特に防護魔法に関しては未来が見えているかのような先を読んで使っていたとされる。


それらは英雄であれば納得のいく能力である。だが、英雄はこうして世界を救った後も商会まで立ち上げている。ただ戦うだけが能ではなかったのだ。


不審鳥商会の業務は多岐に渡る。鍛冶を主とする『不審町工場』、建築を主とする『不審工務店』、縫製を主とする『不審紡績』、薬品を扱う『不審薬局』、食品を扱う『ベーカリー"Suspicious"』、各地の素材を収集する『不審採掘』、漁を行う『不審水泳』、そしてこの目の前に聳え立っている温泉旅館を経営する『不審温泉』だ。


何故温泉旅館を商会本部にしたのかは本人のみぞ知る。それにしてもこの温泉旅館、なんか……変……


門に入って真正面には一対の狛犬と送迎用の人力車。左側には人工的に作られた小川を渡るための橋。恐らくその先が露天風呂なのだろう。


右側が問題だ。あらゆる産業に手を付けているのは分かる。だからと言ってその種類ごとの屋台を用意するのはいかがなものか。いや、それ自体はどうでもいい。問題はそこに店員がいないことだ。屋台の意味がない。


そう、不審鳥商会という屋号はまやかしで、本当は素材の採取から加工に販売まで全部英雄一人がやっているのだ。ただの自営業なのだ。いくら世界を救った英雄とはいえ、この業務を一人でこなしたら過労で倒れてもおかしくはない。


噂によると英雄は相当稼いでいるらしい。何でも北方の雪原都市に自宅を構えているのだとか、金の羊に乗って走っている姿を見たとか、街中で堂々と家一軒建てられるお金を譲渡していたとか枚挙に事欠かない。この本部に至るまで何度も物件を転々としていたという話もある。


私はその秘密を探りに来た。世界を救った英雄の資金源はどこから来ているのか。世界を救ったのだから各国元首から援助でもあったのではないかとも思って取材を申し込んだが、公的に否定された。英雄に金銭援助をした事実は全くなかったのだ。


ならば旅の途中で財宝を獲得したか。これも違う。一回だけ財宝目当てで冒険をしたこともあるらしいが、それは革命直後の某国に丸ごと譲渡していたらしい。そんな高潔な人物が悪趣味な金の羊に乗っているだろうか。そもそもなんて自分から名乗るはずはないが。


となるとやはり怪しいのはこの商会を名乗る個人経営店だ。世界を救った英雄のセカンドライフとしてはあまりにも規模がデカすぎる。だからこそ私は、この温泉旅館の門を叩いた。


「失礼します。本日、面接を受けさせてもらうタタキ・カツオノという者ですが……ウワッまぶしっ!?」


外側は立派な温泉旅館だったのに、玄関を開けると床が虹色に光っていた。


「あっ、どうぞお入りください」


「ちょっと待ってどういうこと!?何で檻の向こうにいる人に案内されてんの!?」


「……何かおかしいですか?」


「おかしいでしょ!これ、監禁!」


入って左手には様々な種族の女性達が檻の中に入れられていた。そんな状況でも冷静に応対をする緑髪の人間メイドに突っ込みを入れざるを得なかった。


人間族が、だ。長耳族、小人族、巨人族、猫耳族、兎耳族、獣人族、竜鱗族のような所謂亜人種に比べて人間族は奴隷になることに抵抗感を覚えるはずだ。もしくはそれすら取り払われるほどの壮絶な調教を施されたのか。


「いえ、こちら当店自慢の『百合挟まりサービス』に同行するスタッフですが……」


「百合挟まりサービス!?」


まさか、あらゆる種族を集めて気に入った子と子の間に挟まっていかがわしいことをする営業ではなかろうか。あの裏はちょうど露天風呂……なるほど、よもや英雄の資金源がそのようなものだったとは。


これで正面から面接を受けて従業員となり内部を調査する当初の計画には従わなくて良くなった。これは良い記事になる。英雄という絶大な光に刺す影はとてつもなくネタであろう。


「まさか、あらゆる種族を集めて気に入った子と子の間に挟まっていかがわしいことをする営業ではなかろうか……とかお考えのお顔をされていますが、そちらのスタジオで百合に挟まって写真を撮るだけのサービスですからね?お触りは原則禁止とさせていただいております」


「あっ……そうなんですか……」


ネタが取れなかったから悔しかったのか、それともそういうお店じゃなかったこと自体にがっかりしていたのか。恐らく両方だと思う。


「……とりあえず、このまま面接に移りましょう。何故、不審鳥商会にお勤めになろうと?」


「それは……世界を終末の危機から救った英雄の下で働きたいからです。外の屋台は人員が不足しているようですから、是非私を雇っていただきたいなと思いまして。商家の生まれですから計算は得意です」


事前に考えてあった台詞をベースに、状況に合わせてカスタムした志望動機を述べる。緑髪のメイドは頷いている。これは好感触かもしれない。


「よく分かりました。以上です。合否は追ってご連絡します」


「終わるの早くない!?」


「いえ、怪鳥かいちょうの意向で『志望動機さえ分かればもう聞くことなくない?とっとと終わらせた方がどっちも楽できるじゃんピィーッピッピッピ』とのことで」


「会長そんな語尾なの!?」


自分から不審鳥を名乗っているからってそんなキャラ付けまでしているのか英雄は。英雄って大変なんだろうな……いや、このケースは特殊じゃないか?


「ゴホン!ああ、失礼しました。それではおじゃまして……ああ、そういえば会長さんはどこに?噂の英雄を一目見たいと思っているのですが」


「……怪鳥かいちょうでしたら先日パン強奪の罪で投獄されております」


「いいの!?それでいいの英雄!?つーかパンぐらい自分で焼けよ!ベーカリーあったよね!?」


「ごもっともなご意見ありがとうございます。それでは、お引き取りを」


「あ、ああ……失礼した……」


そうして何の収穫もなく、私は不審鳥商会本部を去った。後日、自宅に郵送されてきた手紙にはお祈りの言葉が書かれていた。










「ピィーッ……ありゃ不合格だな。ウチの事業を正確に把握していないし、私の事を英雄だと誤認している」


タタキ・カツオノなる胡乱な記者くずれが去った数秒後、鳥の被り物を被ったメイドが呟いた。


彼女こそが不審鳥その人である。前提として、彼女は英雄ではない。彼女はただ英雄の道行きに巻き込まれただけの一冒険者である。


武器や魔法に関して万能であることは間違いないが、その表現は英雄に引っ張られて誇張されている。本来は器用貧乏とか中途半端という言葉がよく似合う。なんでも出来るが極まっているわけではない。とりあえず使える程度だ。鳥なだけに。


様々な自営業に関してはとりあえずでやっているだけだ。鳥なだけに。製作の腕や才は確かにあるが、無茶なワンオペはやっていない。そういう体にして実際は知り合い依頼を細々こなしているだけだ。


彼女の主産業はサルベージ業である。自前で建造した潜水艦を使って沈没船などから売れそうな遺品を掘り出しまくって売り捌いているのが収入のほとんどを占めている。


なによりなのだ。自分の偉業を不審鳥に擦り付け、今頃は新大陸でぬくぬくと新たな冒険を楽しんでいるあの野郎の事が。


「全問不正解だ大馬鹿者。ただの不合格者ならまだしも、ウチを探ろうとした不届き者なら殊更、幸運の黄色い鳥に会わせる道理はない。ピィーッ、行くよ従業員うちのこ達。鳥をコケにした報いを受けて貰おうじゃないか」


だから、自分を英雄と誤認した者に対しては苛烈なまでの報復を是とする。普段は人様のパンを盗んだり百合の間に挟まったりして面白おかしく生きているただの不審者が、本当の意味での不審者へと変貌する地雷が『英雄』の二文字だ。


不審鳥と従業員を閉じ込めていた体の金網はせり上がり、彼女たちは先程の小人族タタキを追うべく歩いて行く。不審鳥の手には弓が、従業員の手には様々な武器が握られていた。









それは、神出鬼没の変な鳥である。


それは、他人の持っているパンが何よりの好物である。


それは、百合に挟まることを至上の喜びと捉えている。


あらゆる法規に縛られず、他人の困惑する顔を糧とする怪鳥である。



詩人バードチキン


不審な鳥の不審鳥。



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