ぼくたちは注文ができない
隠井 迅
トリあえずナマからのトリあえず
「最初に、ワンドリンクのオーダーをお願いしゃっス」
「トリあえずナマで」
「自分はカルアミルクで」
「うち、カルアミルクは無いっス」
「えっと……、えっと…………、えっと………………」
ドリンクのオーダーを取りにきた店員が、自分の注文を今か今かと待っている姿が目に入って、杉山は徐々に焦りを募らせていた。
苦いお酒が好きではないので、甘いお酒を飲みたいのだが、いつも注文しているカルアミルクが、この居酒屋のメニューには無いようだ。それゆえに、何を頼むべきかで杉山は悩んでいる分けなのだが、少しイラつき始めた店員の、早く決めろよ、というプレッシャーが頭上からのしかかってくる。
とにもかくにも、杉山は物を即座に選ぶのが苦手で、いつもどれがよいかで迷ってしまう。だから、店員にも、打ち上げで同席する身内にも迷惑をかけたくはないので、最初の一杯目はカルアミルクに決めているというのに……。
「それじゃ、自分もトリあえずナマで」
ついには、優柔不断な杉山も店員の圧迫に屈し、好きではないビールを注文せざるを得ない状況になってしまったのだった。
飲み物の注文を取り終え、去ってゆく店員の背中を見ながら、杉山はこう呟いた。
「なして、居酒屋とかで最初の一杯に生ビールを頼む時に、『トリあえずナマ』って言うんやろな?」
「とにかく、すぐに出せるのが生ビールだからじゃないの? 知らんけど」
やがて、二杯の生ビールが運ばれてきた。
「次は、最初の料理の注文を各自一品お願いしゃっス」
「「えっ!」」
この店は、初めて入る居酒屋だったのだが、最初にドリンクを一杯、次に食事を一品注文するスタイルであるようだ。
「早いのって、どれやろ?」
杉山がこう店員に訊いた。
「メニューの最初のページにあるのっス」
「てか、最初のページって一品しかないやん」
どうやら、この居酒屋ですぐに出せるのは焼き鳥の盛り合わせであるらしい。
「それじゃ、この〈鳥あえず〉ってのを二人前」
ぼくたちは注文ができない 隠井 迅 @kraijean
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