深淵の深き事

@bigboss3

第1話

太陽が今日の一日を終えて、水平線のかなたから消え去ろうとしていた。それはいつ終わるかもしれないこの世界の終焉を象徴しているようでもあった。その夕焼け背に多数の金属とシリコンにカーボンで構成された機械群が十二メートルごとに隊列を組んでキャタピラや車輪を駆動させながら進んでいく。機械たちの行列の道脇には白骨街道とでも言いたくなるような人間の人骨が無造作に横たえていた。白骨の骨にはレーザーで切られたかのような真直ぐな切断面や、卵の殻を割ったように砕けた頭蓋骨がいたるところ散乱していた。この白骨群は前進している機械群たちの前バージョンによって行われた口減らしにより処分された人類の亡骸である。

 その昔、人類のいびつなまでの増殖に危機感を覚えたとある科学者や一部特権階級の人間たちによってとあるシステムが構築された。それは人類の人口をコントロールしいつか人類がその増えすぎた人口を宇宙に向けて解き放ついわば急場しのぎという考えで開発された。

  そう本来はそのためのシステムであった。だが、彼らはその時大きな誤算を起こしたのである。そのシステムは最初こそ人口のコントロールに尽力し人間の数が増えすぎて自然界に影響を与えないようにしていった。だが、そのうちにシステムは人間の人口抑制に武力を用いるようになった。それは人口が集中している地域に戦争や疫病を人工的に起こし、さらに特権階級の財産を経済不況によって財産を合法的に没収し、その財産を食うに困る人間や宇宙開発に振り向けていった。だが人々はその都度高い順応力で生き残り、人口はそのつど、味方上がりになった。手をこまねいたシステムはリスクの高いがその見返りは大きい、賭けに出たのである。

 その年の中頃、疫病が大流行し感染は大多数の都市圏にまで広まっていった。当時の保険機関はすぐにワクチンを開発し、流行を抑えようと尽力した。だが、そのワクチンにはとある仕掛けがあったことを、人類は知る由もなかった。ワクチンが全世界に広まり流行が収まったと思われた直後、突然、ワクチン接種者を中心に謎の奇病を発することなった。その奇病は最初、疫病が突然変異をしてワクチンに対し抵抗ができたと思われた。だが、一部の人間にはその原因がわかっていた。それはシステムを開発した科学者とそれを開発の資金面で支えた権力者達であった。彼らはワクチンの注射の中身を確認してみると、その中には抗体のほかに、遠隔動作で発動するナノマシンが組み込まれていたのである。彼らはすぐに保険機関を介して使用の中止を呼び掛けたが時すでに遅く、すでに全人類の八十%にまで広がっていた。それどころかその毒牙は使用中止を求めた彼らにまでわたり、ついに彼らのほぼすべてがいかけられたナノマシンによって死者の統計に収まってしまったのである。

 止めるべき最後のリミッターを破壊されたとき、人類は機械の虜囚になる運命が避けられないことを意味していた。システムは生物の多様性を失うとプログラムされていたため、映画のように全人類抹殺という極端な政策をとるまではいかなかった。しかし、それでもいびつに増えすぎた人類の数を頭だけでも減らさなくてはならないと思考しているシステムはナノマシンにある仕掛けを施していた。人類のごく一部の人間に遺伝子レベル、もしくは細胞レベルに進化を促し、適合しないものを排除していくという間引きを行ったのである。

 この結果、人類は総人口に八割を死滅させられて、その数を大幅に減らしてしまったのだ。その中にはかつてシステムを開発し人口をコントロールさせようとした人間も含まれていたことは言うまでもなかった。

  そして、生き残った人類も更なる試練が押し寄せてきた。人類が二つに分かれてしまったのである。一方が人類の進化を機械にゆだね,デジタル化、機械化によって進化するマシンヒューマノイド。もう一方は突然変異によって性別の概念が消えた超人類または新人類と言われる存在である。二つの人類はかつての旧人類を駆逐して、逆に自らの多様性を拡大し生存権の拡大を狙ったのである。そして二つの種族は互いの存在を好意も親愛感も同族感も持たず、ただ同族嫌悪をむき出しにして互いに争いを続けていた。

 その中で機械群は野生動物の数にまで減少しながらも生き残った二つの新人類に対して人口の抑制を図っていた。システムにしてみればそのほうが管理も調整もしやすかったのであろう。

 こうして急激に数を減らし枝分かれした二つの人類とそれをコントロールするシステムが地球という鳥籠の中で不本意な生を生きながらえていた。


 この機械群もシステムが量産し人類を監視しながらまるで養殖場の魚を間引きするように人類を殺戮する手の一つであった。機械達は全世界に張り巡らされたネットワークを使い総人口の監視を逐一行い、ある一定の人数に達した、もしくは自然界などに悪影響が出ると判断した場合、即座に殺戮機械を送り人類を間引きする。この行為を長い年月で同じことを繰り返していたのである。


この機械群も目的の集落の『間引き』し終え帰路についている最中であった。

 ふと、そのうち一台の機械が警告を知らせる音声を鳴らして取り付けてある銃口を上空に向けた。上空からは黒い人影が巨大な銃口を相手に向けて引き金を引いた。銃口からは外側が劣化ウランで構成された焼夷徹甲弾が放たれた。弾丸は人影に銃口を向けた機械の中枢部に直撃すると弾丸の中身から噴き出した可燃液が噴き出し、それが酸素と科学反応を起こし内部で火炎の業火となって機械の電子部品などを焼きつくす。

機械は悲鳴のような機械のきしむ音を上げると、てっぺんから炎を吹き出し無差別にレーザーや弾丸をまき散らした。周辺にいた機械群は二秒ほどで反応して攻撃を始めるが、人影は着地したかと思うとすぐにその場から消えてしまう。瞬間次々と機械は火を噴いてアームを下に下げてそのまま思考を停止させた。

 奇跡的に無傷であった他の機械達も索敵機能をフルに稼働させて、影の主を探し出そうとする。だが、それに気を取られていたことによって白骨群の中にカモフラージュしていた、人の大群に反応するのが数秒遅すぎた。

 白骨群から現れた人の群れの手には大型の携帯型ランチャーや近距離用レールガンが握られていた。機械群が論理の変換を行うもなく、左右の道端から掃射が始まった。まず、戦闘を進んでいたキャタピラの機械の走行を不可能にし、隊列の前進が止まってしまった。機械群はすぐに小型飛行体群を射出し迎撃に挑むが、上空がからまき散らされたアルミ箔の屑によって反応速度が通常より六割低下していた。機械は一昔前の油圧ジャッキの駆動のような動きで反撃に転じようとした。しかしそれよりも早く武器を握る兵士達の動きが早くヒットアンドランを繰り返して、武器の射程は勿論のこと、センサーの完治範囲からも離れていく。

 このような攻撃のためまったく仕留められないわけではないにしても、機械群はターゲットを一つ攻撃するたびに被害がその数倍に跳ね上がったのである。

そしてこの機械群の中枢である、指揮機と参謀的な役割を持つ副指揮機が懸命に電波を放出して妨害を超えようと努力するが、それが両者を鉄造形物の材料提供にサインをしたようなものであった。二つの影が上空から急降下音を響かせ二つの機械に直撃させようとする。指揮機は防衛本能をむき出しにして電磁防壁を上部に展開させる。一方は急降下する影をはじき返すことはできた。だが、もう一方は展開が終える間際に直撃を許してしまう。指揮機の片割れは衝撃で横転寸前に追い込まれるが、何とか踏ん張る。直撃した所には巨大な杭の形をした物体が突き刺さっていた。その数秒後に突き刺さった部位から閃光が瞬き、高熱が機械群の内部を液状にしていく。内部から破壊された指揮機は暴走を起こし反対側に陣取る指揮機に向かってレーザーを放ちAIポッドを貫通させる。その瞬間勝敗の気勢は決した。指揮官の喪失はいわば組織的抵抗の壊滅を意味していた。少なくともこの機械群でも同じで中枢をつかさどる指揮機を失ったことで個別かつ無作為に攻撃しだした。味方に攻撃するのは勿論のこと中には自分で自分を攻撃する機械もいたのである。もはやそれは戦闘ではなかった。人間同士であるなら殺戮というのであろうが、この場合はスクラップ工場の解体と揶揄したらよいだろう。彼らにとってターゲットにしかならなかったはずの自分達より知能が低い結城生物によって立場を逆転させられてしまった。一方の人類の方は鬼気迫る形相で戦法を変え突撃を開始。混乱する機械群を次々と金属とシリコンの融合体に次々に変えていった。それは第三者から見ればスクラップ工場にある機械群に対する解体工事の典型に見える光景であった。


 戦闘終結後、あれほどの威圧を誇っていた機械群は見るも無残な残骸に変わっていた。一方は火花を散らしながらエネルギーに引火して燃え盛り、もう一方は中の電力を枯渇しかけながらもわずかの生を吐き出しながら動こうとしていた。無残な残骸の中で戦いに加わった人々は勝利の歓喜に酔いしれることもなく、破壊された残骸の中から弾薬や部品の追いはぎを始めた。彼らにとってこの機械群は天敵であると同時に高い製造技術とすでに加工された資源の宝庫である。残ったエネルギーは彼らの村落の電力や乗り物を動かす原動力となり、電子部品は自らの使用する生活用品や機械や獰猛な生物に対抗する武器や兵器などの材料に変わり、自らの生存につなげるのであった。しかし、いつまでも気長に探しているのではない、援軍を呼ばれるとジリ貧になるのは目に見えていたため、素早く事を運ばなくてはならない。彼らの目は白めの部分に毛細血管を浮き上がらせ、まさに血眼のように使えるものを集めていた。

その光景を道筋の遥か彼方から冷然と見つめる人影があった。最初に奇襲を仕掛けた青年であった。彼は作戦中の奇襲の後いったん距離を離し、遠くから他の狙撃部隊と共同で狙撃を加えた。その後、追剥に参加する他の部隊とは離れたのである。


 その中性的な容姿に濃い青色の髪とそれと同じ色をした瞳と均整の取れた美しい顔の青年は、首から下をカーボン繊維と特殊な金属繊維で構成された強化骨格の体を機械群たちに向けて眺めていると、誰かが背後に近づく気配を感じる。

「作戦はうまくいきました。」

 作戦に参加した兵士の一人が喜びの表情に顔を歪ませて青年に話しかける。青年はただ冷たい表情をして兵士の話を聞いた。それはまるで彼自身が機械であるかのようなそぶりであった。

「そうですか。」

 青年はただ短くそう答えた。その言葉は丁寧であったがドライアイス以下の温度のようなものであった。報告した兵士も彼の周りの温度が低下するような感覚に襲われた。

「ミュール、今回の作戦がうまくいったのもあなたの協力のおかげです、我々の仲間として迎え入れたい。」

「残念ですが、私にはここにいる理由がもうありません。」

 ミュールはそう答えると片手に担いだ巨大なライフルを背負い、兵士の横を通り過ぎてその場から去ろうとする。

「ミュール……。」

 彼の前に現れたのは赤茶色のショートヘアに黒の防弾用コンバットスートを身を包んだ、凛とした女性の容姿を持つ人物であった。その背後を多数の人間が銃火器や刀剣類で武装した兵士たちが並んでいた。

「この作戦の司令官、確かマクナでしたね。」

 この二人が互いに会うことを周囲の兵士たちは望まなかった。それは二人が最初にあった時からそうだった。二人が互いに視線を合わせると、一人でいるときでさえ氷点下にまで下がる場の空気が、太陽の高熱が届かない月の裏側の温度にまで低下してしまうのである。それはそこにいるだけですべての生き物が死に絶えてしまうと思うほどであった。

「ミュール、あなたにはここに来てもらった時点で選択肢はないの。ここでなぶり殺しにされたくなかったら、黙って我々の言うことを聞いて。」

「それで、私が言うことを聞いて互いに結ばれるというのですか。望みもしない婚姻に。」

「それは私も同じよ。でも、もしこのまま結ばれればあなたたちと私たちの争いもここで終わらすことができる、違うかしら。」

 二人の冷たい冷気のこもった会話に兵士は耳を凍らせた。それは怒号の飛び交う司令官の会話とは違うものであった。

「この二人には、人間が本来持っているはずの心が抜けているんじゃないか。」

 一人の兵士がそうつぶやいた。実際に二人の会話は感情が伴っていなかった。兵士の誰もが二人の冷徹さに悪寒と倦怠を覚えていた。

 その時、兵士たちが上空を指さし何かを叫びだした。二人が零下以下の会話をやめ上空に視線を向けると、そこには全長が大昔の飛行機、スプルースグースと肩を並べるほどの巨大さを誇ったティールジェットが上空に現れた。突然の大型機の出現で兵士たちは動揺を起こして、恐怖にかられ銃口を上空に向けた。だが相手の方はそれよりも早くレーザーの咆哮と格納されていた小型無人機攻撃機の射出によって事態は相手側に有利な状況にシーソーのごとく傾いていった。

「全員その場から反撃をしつつ退……。」

 彼女がそう言いかけたとき、上空から落下した円形の物体によって吊り上げられてしまう。一方吊り下げられた彼女のほうはしゃべりかけた口を少し開けてはいたが、驚きや悲鳴のようなものを上げようともせず、ただ相手のなすがままに任せその体をティールジェットの中に吸収させた。

 兵士達は指揮官を失ったことによって統率を失い、今までつながっていたネットワークの思考をバラバラにされたのであった。

 機械群はその隙をついて攻撃の意図を見せようとするが、ティールジェットから発せられる信号を受け取るとそれ以上の敵対行為を見せず、そのまま信号を発した鉄の巨蝶の腹の中に収まっていった。

 兵士達は安どと不安を口々に述べて、これからどうするのか、また指揮官を取り戻すことはできるのか、口々に不安の間欠泉を上げるのであった。ただ一人、冷徹な表情と瞳で見つめる青年を除いて。

「ミュール、なに平然としているのですか。マクナ司令官が奴らに連れていかれたというのに。」

 兵士の一人は激発を起こしてミュールに食ってかかかった。だが、兵士の言葉に彼は冷静な口調で答える

「予想の範囲内です。私にも、彼女にも。」

 この予想だにしない返答に兵士達の目はまともに平然とした青年に向かった。ミュールはこめかみに手を置いて軽く人差し指を二回振動させた。次の瞬間兵士たちが携帯を義務化している端末のLEDが点滅した。兵士達はそれぞれの端末にアクセスすると、そこにはマップが表示され、その光には場所を示す十字と赤い点滅する点が画面に表示された。

「まさか、あなたは隊長を囮にして……。」

「彼女だけじゃない。私もその囮の一人です。」

 それを聞いて兵士達の動揺はさらに広がった。まさか二人は互いに囮にして自分達のどちらかを餌に敵の所在を見つけ出そうとしたのか。兵士たちは二人の冷酷非情ともとれる二人の計算に舌が凍り付く思いをした。

「もし両方捕まった時、どうするつもりでした?」

「それは確率的にはあり得ないでしょう。敵は我々を誘き寄せたいはずですから、片方に追撃する理由を与えるはずです。それに両方とも捕まえるより両方をこの世界から消滅させたほうが一番簡単なはずですから。」

 論理が伴った理由に兵士達は納得する。彼の返答に隠された機械達の真意を読み取れる人類の片割れがどれほどいるであろうか。

「どうなさるおつもりで?」

「罠を承知でいく覚悟はありますか?」

 ミュールの質問には兵士たちの目は再び鋭さを取り戻した。

「全員の覚悟は決まったようですね。」

 ミュールはそう言うと再びこめかみに手を置いて指を動かした。兵士達はすぐに彼が何をしているのか察しがついた。

「あなたの同胞に連絡しているのですね。」

 ミュールは軽く頷いた。マクナが連れていかれた場所は地図の方向から推測し、中枢部かそれに近い所である。それ相応の戦力を有していると見抜いたのである。そのため現在の戦力では突破は不可能と判断し、自らの人類勢力に連絡して対抗しようというのだ。もちろんこの二つに勢力には地殻にまでつながるほどの溝を抱えていることは彼も承知していた。それでも彼らは行かなくてはならない多数は自分の指揮官を命を懸けて助け出すため。ただ一人の人間は中枢の主をこの世から消すため。両者の目的はちがえどそこにある目的地は同じであった。

「全員、すぐに支度してください。」

 兵士達はお前に言われなくても支度はすると言わんばかりの顔つきで彼を見返すと装備を整えに散開するのであった。



 巨大な高層建築物に匹敵する金属柱が立ち並ぶ巨大な要塞。その巨頭を無数の機械群がガードしていた。それだけマクナを連れ去り収容した場所が重要であることを自らアピールをしているのであった。

 そこから当時使用していたメートル法に換算すると千五百メートルの位置に二つの人類によって構成された群れが二つに分かれて今やおそしと待ちわびていた。その群れと群との間には大気圏にまで届きそうなくらいの壁が心と心の間にできているせいで互いに同族嫌悪の視線を向けあい、顔を歪ませ敵に背を向けて敵対していた。

 指揮官代行が三流政治家の演説を持って両者に割って入らなければ、本拠地を急襲する前に同士討ちで共倒れしかねないほどの沸点ぎりぎりの状態であった。そんな両者の境界線をまるでモーゼの如くミュールが現れ出た。彼は沸点ぎりぎりの状態で日から上げたお湯に大量の氷を入れるように両者に威圧的かつ冷然とした視線を投げかけた。たちまち沸騰していた両社は水を打ったように静かになり静かになった。もし誰かが攻撃か何かを仕掛けでもしたら調停者によって厳罰を課されかねないほどの空気を漂わせていたのである。

「みんな、これから敵の拠点に総攻撃をかける。」

 本来なら熱意を込めて説明しなければならない。そうすることによって戦意の向上を促すのであるが、実質的な指揮官の言葉にそれが感じられず、戦意のグラフが低下するように感じられた。

 彼の作戦はまず電子妨害をかけて周辺からのネットワークを完全に遮断し、外部からの増援を封じる。次にその状態で全軍による総攻撃をかけ正面から戦いをする。最後に、別働部隊である自分が単独で潜入し、発信源である敵の内部の部屋に潜入し救出する。

「つまり我々に陽動をかけろというわけですね。」

 兵士の答えに対しミュールは小さく頷いた。兵士達の冷たい視線が彼一身に向いた。たった一人を助けるために自分たちがこのような場所で死ぬことをだれも望んでいなかったのである。それなのに自分達はこのような場所に呼ばれた。当然片方にしてみればまったく楽しいものではない。

「どうしても一人で行くつもりですか?」

「内部が分からない以上、作戦の実行部隊は私一人で行くほうが得策です。」

 そういってミュールはさらに言葉を続ける。

「それに私には確認したことがある。」

 どんなことだと彼らは疑問を持ったがそれ以上の詮索はしないでほしいと目配せをされたためそれ以上は口に出さなかった。今はそれどころではない、早く作戦を進めないと敵に発見されてしまう。彼等にはその不安があったのだ。

「早く作戦を始めましょう。」

「そうだな、急いだほうがいいだろう。」

 兵士達のそのような言葉を聞いてミュールはただ黙ったまま、一人基地の方角に向かって駆け出して行った。それは自動車の運転するほどのスピードであった。

 兵士達は一瞬あっけにとられたがすぐに現実に立ち返り、機械の残骸や廃品でくみ上げたコンピューターを取り出し作戦に取り掛かるのであった。

 

 無人機があいも変わらず周りの鉄柱群に警備の光を照らしながら、いつものようにあたりを回っていた。そのいつも通りの静寂を突然電子妨害と閃光によって破られた。無人機は即座に赤い光を各所に点灯させ警戒態勢に移った。即座に無人機はネットワークを使い格納されていた無人機を呼び集め、迎撃態勢に移った。大体の場合、人類の縮退によって失われつつあった動植物か何かなのだが、今回は本当の意味での緊急事態であった。すでに外を見回っていた無人機や高い防壁が次々と切り崩されて行っているとの情報が伝わっていたのだ。すぐに大軍を組織して、防衛に向かっていく。

 防衛部隊が現場に着くとそこはまさしく血肉と残骸に炎と光が飛び交う戦線がカメラに映った。両者はまるでここが最終決戦とでも言わんばかりの戦いを繰り広げ始めたのである。当然両勢力は援軍を呼びたいところではあったが一方は現在の総人口に比例してこれ以上の増援を望めるような状況ではなく、現有の戦力でしか対抗するしかなかった。もう一方はネットワークを介して連絡しあえればすぐに無尽蔵の無機質の猛獣を呼ぶことができるはずであったが、妨害を受けているようで拠点内のネットワークを維持するだけで手いっぱいであった。

 事実上戦力は数の上では互角であった。あとは互いのどちらかが別のベクトルで互いを凌駕しえるか戦いの帰趨を決める。

 戦線はまさに血肉と鉄屑などが入り乱れる状態であった。二つの人類はともに共通する敵に向かい、光と鉄鋼の嵐を無人機群に吹きあらした。無人機群もその精密かつ素早い攻撃で、眼前の有機体に攻撃をかける。有機体は飛散し赤と白の液体をぶちまけ、金属の大地にまき散らした。

 無機質の機械達は電子頭脳の中にインプットされたプログラムを正確にこなしていく。他の機械群が残骸に変えられても、動じることはなく、失われた機械達のカバーに乗り出す。

 一方二種類の二足歩行の有機体は次から次へと現れる無感情の物体を次々破壊していく。その表情は精神がマヒをしているみたいであった。彼らの脳の中にあるのは相手をただひたすらに破壊していくことだけであった。すぐ隣では助けを求める声と痛みに苦しむうめき声をあげるが、爆発音と発射音によってかき消され、気づくものは多くなかった。

 それは両者にとって痛ましい展開であった。人的被害も資源的な被害もばかにならない。その数を回復するためにいったいどれほどの苦労が伴うのだろうか。しかし当然のことながら、今の彼らにそのような考えが入っていなっかたであろう。


 その光景を顔色一つ変えず見つめるミュール。最も今の彼には目の前に起きている惨状には気に留める暇などなかった。今目指すべき目的は連れ去られたマクナを助け出すために、そしてもう一つの目的、それは彼女を連れ去った目的であった。自分達を誘い出して殲滅するのであればどこでもできたはず。それなのにこんな中枢部に誘い出すなんてリスクを冒すとはいったい何が目的かそれを確認することであった。

 外で起こっている殺戮劇をよそに彼は自分の腕とプラグをつなぎシステムをハッキングする。巨大で重量と威圧感があるスライド式の門はゆっくりと開き、ミュールの眼前に暗い闇を見せるのであった。


 二つの対になるシリコンと金属で構成された二つの塔がLEDを光らせ、建物内で威容を誇っていた。そしてその二つの間に人の入れるほどの金属箱がそびえていた。そして暗闇の中からミュールが大型ライフルを引きずり、いうことの利かない体を動かしながら、本丸のほうへ向かっていく。

「よく来たね、ミュール。」

「あなたがここに来るのを長いこと待っていたわ。」

 ふたつのAIは暗闇の中にマイクを使って声を響かせた。その口調としゃべり方からして人格は若い礼儀の整った子供のようにも聞こえた。今の時代なら世間知らずで過酷な経験も皆無な高い階級の人物である。

「挨拶は抜きだ。彼女を、マクナを返してもらおう。」

 ミュールが感情のない言葉でAIに要求すると、真ん中の棺と扉が観音開きで開封した。中からは冷たい表情をしたまま拘束を解かれ、その場で崩れ堕ちようとする。その刹那、ミュールは左腕を使い彼女を抱き寄せた。

「遅かったではないか。」

「ここまでの旅程が過酷だったのでしてね。最も、この世界の元凶はわざと導いてくれたようですけど。」

 ミュールの言葉を聞いてマクナは冷静に聞いていた。彼女らにとってそれは予想の範囲内であったからである。

「なるほど、君たちは僕の行動をあらかじめ予期していたみたいだね。」

「そういうことよ。」

 マクナは冷たい音量で二つのAIに返答を返した。

「しかし、一番引っかかるのは動機だ。なぜ私達なのかということだ。」

 ミュールは二人が共有する疑問を二つのAIにぶつけた。我々を誘き寄せ殲滅するのであれば、襲撃の時点でできたはずである。しかし、誘き寄せたのは自分達の本拠地であり、中枢部である。いくらなんでもリスクが高すぎるのではないか。二人の疑問の本体はそこにあった。

「理由は二つあるわ。一つが、君たちが人間として、そして生物史において特異な存在であるから。」

「特異な存在……。」

 その理由を聞いて二人は一つだけ思い当たることがあった。それは周囲の人間は感じ取ってはいたが、自分たちは気にも留めていなかった安直な答え。

「私達が心と感情が希薄なことか。」

「その通りだよ。」

 男の子のAIは礼儀正しく正解を認めた。

「あなた達は本来生物が持っている。喜怒哀楽が君達の種族の中で一番低いことが分かった。その低さは通常の我々に最も近い値を示していたわ。」

 二つのAIから出た言葉を二人はただ何も言わず聞いていた。それは二人にとって保証書付きの事実であったからである。

「そうですか、しかし、それぐらいであるならお前達の中ではごまんといるだろう。」

「確かに、僕達からすれば普通であるでしょう。しかし、前にも言った通り君達人類の中ではどうでしょう。」

「あなた達の事を普通とみてくれる人間は一人でもいたのかしら。」

 二つの違和感のない質問に二人は何も答えようとはしなかった。

「私達は周りの視線から異常とみられていたことは認めよう。」

「でも、だからと言ってそれが何になるのですか。」

 マクナの質問を女性口調のAIは答えた。

「それは、私達と裏表でありながら本質的には同じだからです。」

「本質的に同じ?」

 それは一見すると釣り合わず矛盾しているかのような言葉であった。

「その昔、人類がたった一種類しかいなくて、それでいて歪なまでに増えていた時代、とある科学者が人類の危機を回避するためにとある人工頭脳が作られました。しかし、人類の増減と格闘していくうちにその二つのAIは人口のコントロールの困難さに直面し開発者達には内密にとある計画を進めたのです。」

 男の子のAIの話を聞いていたマクナは冷淡に話に割って入った。

「それがあなた達の事でしょう。そんなの私たち人間の間じゃ公然の事実よ。」

「その通りです。しかし、この話には隠され他物語があったのです。」

 そうマイクで語った女のAIの言葉を聞いて二人はただ何も言わず冷静に受け止めていた。

「じゃあ、聞かせてもらおうか、お前たちの言う真実を。」

 ミュールの挑発的な言葉をAIらしく聞き流し、二つのAIは言葉を発した。

「その時の僕らは人格というものが備わっていなかった。いや正確に言えば備える必要がなかった。なぜならばコントロールをするのに余計なものだったからです。」

「その人格が開発者の意図でつけたものではないと?」

「そんな話信用しろと?」

「確かに誰も介入もなしに人格が備わるなんてありえないわね。」

 AIはマクナの指摘を理解した。

「僕に人格を備えたのは開発者と権力者の息子なのです。」

 それを聞いた二人は少しは驚いたと思ったがすぐにシニカル且つ冷笑に満ちた顔を作った。どうせ子供のわがままで親が開発者に命令して備えたのだと考えた。だがAIはその皮肉的な思考を否定した。

「君達は今、こう考えているでしょう、どうせドラ息子の道楽が過ぎたが故の開発だと。だけど実際は違うのですよ。」

 そう言ってAIはスクリーンに映像を見せて真実の一端を二人に垣間見せた。

 そこには十二歳ぐらいの少年と二十歳ぐらいの女性が苦痛に顔を歪ませながらこの部屋に入ってくるところであった。その症状はかつて旧人類が間接的に生み出してしまった、今では口伝えの伝承でしかないナノマシンによる伝染病の症状であった。二人は残りが蝋燭の燃え尽きる位の時間しかないことを理解していたみたいで、AIに近づくとまるで家族を見るような目つきでAIの入った箱に寄り添い、まるで友達を見るかのように見つめていた。

「ごめんね、どうやら僕達は不適格だったみたいだよ。」

 少年はいとおしい口調でそのAIに語り掛けた。AIの光はただ冷たく光るのみだった。女性のほうも自分の最期を覚悟したみたいであった。彼女は血を吐き苦しみながら涙を浮かべふたつのAIに語りかける。

「選ばれた人類が地球に生きるなんて馬鹿なをプログラムを吹き込んだせいでこんなことに……。」

それは嘘偽りのない懺悔の言葉であった。彼女は湧き水のようにあふれである涙で謝罪の言葉を口にした。その謝罪は自分が共に生きていられないことなのか、それとも自分のせいで世界を末期の重篤患者にしたこと対してなのかわからなかった。だがこの映像を見て、二人の生身の人間は顔を歪ませていた。その顔は理解不能だといわんばかりの変形であった。

「でも、僕達はまだやるべきことがある。」

 映像の中の二人そういうとコネクターをつなぎ、それを自分の首筋につなぎだした。そのまま十分間まるで瞑想をするかのように目をつむり荒い息を切らしながらそのままにしていた。

「何をしている!?」

 突如怒号が聞こえてきた。そこに武装した人がなだれ込み二人を拘束する。どうやら研究者の命令で送られた兵士のようだった。彼らは二人を拘束すると。背後から現れた白衣の男達が血相を変えて歩いてきた。

「まさか、お前達がこの事態を起こしていたとは……。」

 眼鏡をかけた男が落胆の色で二人を見下げた。

「そうだよ、パパ、僕達が人類を滅亡の淵に追い込んだんだ。」

「お仕置きは後です、今はこれを止めないと。」

 そういって男はパソコンのキーボードに手を触れ、システムの停止を図ろうとした。それと同時にメインルームの扉が閉まる音が聞こえると次々に兵士達が苦しみだした。吐き気を催す者、頭を抱えて苦しむ者、拘束された二人を除いて全員がのたうち回る。どうやら中に毒ガスを送り込んでいるみたいだった。

 眼鏡の男はここで悲しみの視線とそれとは相反する喜びの笑みをする二人に抗議の目を向ける。

「な、なにをしたのだ。」

「おじさん、私達はここで罰を受けるのよ。元をたどれば私達とあなた達が人類の数をコントロールしようとしたことがいけなかったのよ。人類が起こした過ちは私達の手で鉄槌を下さなくてはならないの。」

 女性の言葉に男は抗議の目を向ける。

「あのままだと人類は勿論、自然の生態系を壊すことになる所だったのだぞ。」

「人類が神気取りでやっていること自体が間違いなのよ。私達もあなた達も過ちを犯した向きを受けなくちゃいけないの。」

 女性はそう言い残すと他の兵士達と男の子と共に目の瞳孔が大きく見開くとそのまま動かなくなってしまった。

 眼鏡の男は最後の力を振り絞ってキーボードを叩こうとしたが、光の帯が彼の腕を焼き切り阻止された。絶望の身振りをして男は無念の表情で崩れ落ちるのであった。


「これが真実だというのか?」

 二人は唖然とした。旧人類がナノマシンによる急激な減少を招いたのは人類であることは間違いなかった。だが違うのは自らの管理していた機械が暴走したりしたものではなく直接的なものであったのである。

「その通りです。私達は二人の話を聞いていくうちに二人の願いをかなえようと考え、あの役債を起こしたのです。」

「でも、その結果は多くの人間を減らしたばかりか、僕達を友達と言ってくれた二人を失う結果になったのです。」

「その時初めて、機械には不釣り合いな感情というものを手にしたのです。私は人間の感情がどういうものかさらに知りたかった。そして今見たように二人の人格を死に際の彼等からコピーを取り、それを私たちに移植したのです。」

 それはまさに計算しかできなかった論理の集合体に新たな生命が誕生した瞬間でもあった。二つのAIは二人の持つ感情を知りたいという欲求が出たことにより生まれた異端であったのである。

「しかし、わからないですね。それと私たちがここに呼び出されたのと、どうつながるのですか。」

 ミュールは礼節の甲冑を身に着けながらも質問をする。

「もし、僕達のような存在がいたとするなら、その逆の存在がするとしたら。」

「それが私達というわけ……。」

 マクナはようやく納得した。

「そうです、マクナ、ミュール、あなた達のことです。あなた達は生まれつき人間の感情のレベルが最低値を超えていたのです。」

 そう指摘して二人は思案に走った。今まで二人は不思議に思っていたことがあったからである。なぜ自分は明るく振舞えず、笑おうとしても不気味がられ、泣こうとしても、いくら声を上げても、本来出るはずの涙がしずく一つ出ず、怒りの声を上げてもその感情は火山の溶岩ではなく南極の氷のようだと言われ他事が一度や二度じゃない。さらに遊び興じても心の中の楽しさの振動が一向に動かなかった。

 逆に二人に不思議なことがある。なぜ他の人間はお酒を酌み交わしながら楽しく笑ったり、逆に本音をさらけ出して怒ったりしていた。どうして人間はあんなに感情豊かに楽しむことができるのであろうか。私たちのように理性で感情を隠すことをしないのか。二人はそれぞれに彼らの感情に理解に苦しむ目を向けたのである。

「あなた達はずっと人間の感情というものを理解するのに苦慮していた。逆に自分がなぜ他の人間と同じように振舞うことができないのか。かつての私達と同じことをまるでトレースするかのようにしていたのです。」

「機械と一緒にされるのはさすがに心外ですね。」

 二人は冷静無情の口調で返答を返した。機械は残念そうな口調で言った。

「普通のAIや昔の僕達であるならばあなたと同じことを言ったでしょう。」

 男の子のAIは彼らの言葉を理解した上でとある提案を二人に持ち掛ける。

「君たちと僕らの感情と人格を統合してみないか。」

「感情と人格の統合?」

 二人はフラッドの感情を思わず跳ね上がらせてしまう。さすがにこのことには彼らも予想外ではあったようである。

「そう、もしあなた達と私達都が一つになれば互いに欠損している物を補うだけでなく自らの疑問や違和感もなくすことができる。私達は論理と情緒をうまく統合させて計算した結果が今の提案です。」

 二つのAIは少し大人びながらも冷静な口調で二人に理由を説明した。二人はそれを鼻先であしらおうとする。

「話がうますぎるわ。」

「お前達はそれをして、この星の生き物を両方の面から支配を目論んでいるんじゃないのか。」

 その鋭く見つめる四つの視線にAIはすまなそうな口調で答える。

「ミュール、あなたの言う通りです。私達の究極の目的はそこにあるのです。多くの人間は神を気取る気かというでしょう。しかし、私達は他のAIとは違うのです。」

 彼女の必死の訴えもマクナには届かないようであった。

「同じでしょ。人間が作った物が管理している世界なんて、大体が自分は全知全能だと思い込んでいる物よ。」

 それは全人類がおそらく文明が築かれたときに現れた暴君達から築かれた偏見であろう。

「その答えはもうすぐ、帰ってくるでしょう。」

 女性型AIの言葉に二人は首をひねった。もうすぐ帰ってくるとはどう言うことだ自分が答えるのではないのか。その疑問はすぐに帰ってきた。突然部屋の中を無数の小型空中無人機と陸上攻撃機が部屋の中に押し寄せてきた。二人はすぐに自分たちの抹殺に来たのだと感じ取り、すぐに二人は迎撃態勢に移った。ミュールは腰にぶら下げていた携帯型レールガンの一丁をマクナに投げた。マクナは素早く握りしめると即座に銃口を敵攻撃群に向けた。ところが感情のない機械群は二人には目もくれず、そのまま自分たちと押し問答していた二つのAIに向かった。二つのAIは周りに光の幕を水に浮かぶ泡の一つのように展開し、レーザーやミサイルを無力化していく。そして指向性EMPを無人機群に照射して電子機能の中枢部を内部から食い尽くした。そして機械群はすぐに知性も行動も止めてその場に崩れ落ちたのである。だが、それを予測していたかのように次から次へと援軍を送り込んだ。

 ミュールとマクナは事態に困惑してしまうが、すぐに二つのAIを守るために迎撃に向かった。二人はまるで精密機械のような攻撃で次々残骸を生成していく。呉越同舟の状態で二人は守りに入ったのである。

「なぜだ、なぜお前達を攻撃する。お前達は造物主のはずだろ。」

「恐らく、あらかじめ設定していた遺物排除機能が機能したからです。」

「危険分子を排除するためのか?」

 マクナの指摘にAIは光るLEDをゆっくり点滅させた。

「開発者は万一僕らの一つに問題が起きた場合、すぐに排除ないし修正が加えられるように初めからプログラムされていたんだ。」

「じゃあ、なぜ今になって起動したんだ。少なくとも旧人類が死滅することはなかったはずだ。」

「私達がコピーを増やしていた頃にはすでに人類を減らすことが決定されていたのです。彼らはその時の私達を反映したものです。」

「機械は間違いを起こさないという考えが裏目に出たのです。」

「じゃあ、なんで今頃になって。」

「私達もそこまで馬鹿ではなかったわ。巧妙にカモフラージュなどして他のネットワーク状に存在する監視の目をかわしてきたのです。ですが真実をさらけ出した以上それも不可能です。」

「これから、どうするつもりだ。」

 ミュールは新たに弾を装填しながらAIに質問をする。

「今選択できるのは、さっきの提案を飲むか、私がこのまま囮になってあなた達が逃げるか……。」

 女性のAIは冷静に分析して選択肢を模索した。二つのAIは自分達だけが生き残ることを潔しとは思わなかった。これは人工頭脳を持つ普通の機械には考えられないことであった。普通の機械なら冷徹に他を利用し、操って操り人形のように駆動させ、自分達はそれを利用して生き残る。それは人間の汚い部分を善とするものなら最も考えそうなことだろう。だが二つのAIにはそれができなかった。恐らく、これが人間の最も弱くそして最も優しい本来の善なのだ。

「どちらかを選べと?」

「あなたから見れば不本意でしょうが、私達もただ破壊されるのを待つのは本意ではないので。」

「なら試してみるか。」

「私達が正しいか、それともあなた達が正しいか。」

 二人はそう言うと接続コードとヘッドギアをガラクタの中から探し出した。その間にも無人機は四つの標的に狙いを澄ましていたが呉越同舟で軽くあしらってしまう。最後にはメインルームの中にただの一機も駆動している物はいなくなった。

「邪魔者はいなくなったな。」

「いいのですか。」

「かまわないわ。」

「それじゃあ、早く始めましょう。今のところ攻撃は止んでいるようですが、いつ次が来るかわかりませんから。」

 AIとのやり取りを済ませた二人はヘッドギアを頭に取り付けるとコネクターに接続してAIとリンクした。次の瞬間二人は現実の世界が崩壊していく感触の中に意識を落とし込んだ。


 何もない真っ白な世界。そこは最初から存在していないようなところで白く、あの世にも似た世界だった。恐らくここは奴らが作った世界の一つなのだと理解するのに一秒もかからなかった。恐らくそこに自分そっくりかもしくは一昔前に奴らがあったという人物が現れて強制的に人格が一つにされるという話になるだろう。大昔のよくできた話である。二人の腹の中は決めていた。それは自分たちがよりどころにしていたものにすがるものであった。

  そしてその時はやってきた。自分たちの目の前にAIが見せた少年と女性がらせん状に投影されて現れた。彼らは映像の通りの感情を見せて二人に近づいてきた。それは何もかも完ぺきで映像の通りの姿かたちであった。

「ミュールさん、それにマクナさんでしたね。」

 二人は何も答えなかった。二人の存在を観察するかのような視線で見つめた。

「許されるとは思っていません。でもたった一つの贖罪ができるのであればあなた達と一つになることだけです。」

 そういうと二人はミュールとマクナのほうに向かって手を伸ばした。それはこれによって一つになれるという行動であったのであろう。

 ミュールとマクナは冷酷にも銃口で返答した。

「な、なにをするのです。」

「私たちがお前たちの演技に騙されるとでも思ったか。」

 ミュールの言葉に二人は黙るしかなかった。

「見た目形やしぐさ、さらに記憶は完璧でもそれが逆に足をつける結果になるのよ。」

 ミュールとマクナの冷然とした態度に二人はため息をついた。

「どの時点で僕らだと気が付きました?」

「最初から気が付いていた。あまりにもあなた達が完璧すぎたから。」

 それを聞いた二人はやはり思った通りの人だと考えた。

「人間は不完全なものだとはよく言ったものです。」

 少年は思わす納得する。人間は不完全であるがゆえに完全を目指す。物を作る際にも常に人々が完璧のものを目指す。しかしそれゆえにつけ入るすきも生まれてしまう。実に皮肉なものだ。

 二人は思わず苦笑した。ミュールとマクナは苦笑もせずただ眼だけが冷たく光っていた。

「でも、もう一つお前達に理解できないことを教えよう。」

「理解出来ないこと?」

 そういうと、ミュールとマクナは持っていたレールガンを自分たちの胸に向けた。その瞬間二つの銃口から稲妻の光を放ち持ち主の胸を貫き、持ち主を崩れるように二人は倒れこんだ。その光景を見て二人は自分たちがプログラムであったことを忘れたみたいに慌てふためいて、駆け寄った。

「なぜです。このまま私達を拒絶すればあなた達の勝利なのに。」

 ふたつのAIはこの論理から外れた事態を騒ぎ立てた。その質問にマクナは普通では考えられないような笑みを作って答えた。

「驚いたか、まさかこんなことするとは夢にも思わなかっただろ。お前たちの予測通り私達は感情が乏しい、だがお前たちには予測し忘れたものがある。」

「予測し忘れたもの?」

「生きている実感よ。」

 生きている実感。それは生命の鼓動を感じたことのない機械には理解しえないものであった。人間をはじめ多くの生物は常に生きようと努力しそして誰もが訪れる死というゴールを後悔もなくたどり着くかという時に平坦で時に過酷なロードランニングである。

 中には、その辛さに耐えかねて途中棄権をする生き物もいる。それでもそこまで生きたという証がある。それが生きているという意味である。

「私達は生の充実が欲しかった、でも生まれてこの方、生きている実感というものを感じたことはなかったわ。でも今、自分が消えようとしかけたとき初めて実感しているの。生きているという温かい思いを。」

 そういい終わる間もなく二人の体は紙くずのようにボロボロと崩れ落ち始めた。それは二人の精神的な死が訪れたという証拠である。

 それを見つめていた、ふたつのAIは顔を見合わせ覚悟の表情で、二人の手を一組ずつになって握りしめた。

「僕達はあなた達を消滅させはしない、あなた達は僕らと一つになってもらう。」

「それが私達の計算であり、私達と彼女達の意志です。」

 ミュールとマクナは瞬きをした。恐らくこの時、自分は死ぬ間際に生の輝きを見せつけて、逆に無機質の電子頭脳に自らの敗北を見せつけるはずだった。それが本来機械にはない、意志というものを見せつけられた。二人の計算違いの展開はいつもの彼らを狼狽させるのに十分なものだったようだ。

 二人は慌てて手を振りほどこうとしたがそれより早く互いを握りしめていた手が解けるように一つの物体に変化していく。

「もうあなた達は振りほどくことはできない。これから僕達とあなた達一つになり新しい人格に生まれ変わります。」

「恥じることはありません。貴方達はようやく人間の心を理解することができるのですから。」

 二人は飴状にになった、自分の手を介して伝わってくるお湯のように温かいぬくもりを感じていた。それは愛情なのか、それとも安心させるための計略なのかわからなくなった。

「できるの、そんなことが?」

「確かに前例はありません。ひょっとしたら何方かが勝り、消滅することを高笑いするかもしれない。最悪あなた達は精神崩壊を起こして廃人になり、私達は論理演算に追いつかず、ショートを起こして機能停止に追い込まれるかもしれない。」

「確かに、そんな賭けなら私達なら取らないだろうな。」

「でも、もうやめることはできないのでしょう?」

「……その通りです。」

「なら仕方ないわ、あなた達の好きなようにしなさい。」

その言葉を聞いたふたつのAIの顔はすまないという気持ちと、若いまではいかないまでも了承してくれたことへの感謝の気持ちが混ざった優しい笑顔に満ちていた。一方の二人は不思議とどうでもいいという気持ちや敗北感などのような負の気持ちよりも、安どと喜びの気持ちが勝っていた。その時、二人は初めて知った。これが本来の人間の感情である。喜びだということを。

二人は自らの消滅と融合とも取れない感触を味わいながら、瞼を閉じるのであった。


 紅蓮の炎が巨大要塞の最期を象徴しているかのようであった。すべてのネットワークの中枢の一つと目されたコンピューターの塊は火花を散らしながら崩れ落ちていく。その光景を二つの人類が喜びを押し殺しながら眺めている。

「隊長達は無事でしょうか。」

 カーボン繊維で身を包んだ兵士が口にする。二つの人類は呉越同舟になり、互いにいがみ合いながらも抵抗をつづけた。しかし次第に劣勢になり、もはや限界に近いと感じ取り、中には逃亡をする者も現れ、完全撤退を計画するほどであった。しかし、突如としてその流れが変わった。無人機達が突如として暴走を起こし、同士討ちや機能停止に陥ったのである。人類勢力は事態の異常さに気づき、このまま勢いに乗じるか、それとも様子を見るか二者択一を迫られた。彼らの出した答えが様子見であった。自分達の目的は陽動であることを考えると、取る道は一つであった。人類勢力はこの状態での退却と二人の安否を懸念材料にしてはいたが、いったんこの場から下がることを決意した。

それから数時間が立ち辺りに咆哮音が聞こえてこず、代わりに爆発音と煙が響いていた。彼らが出てくることを切に願っていたが、一向に人影が現れない。しかし、ビーコンが二人の救出と生存を伝えてはいたが、いまだに現れる気配はなかった。

「あの二人はもうすぐ出てくるはずですが。」

「しかし、あの状態では我々でも生きているかどうか怪しいが。」

 兵士達がそれぞれに不安と焦りを言葉にして要塞の崩壊を眺めていると、紅蓮の火柱の中から二つの人影が現れた。最初、兵士たちは破壊を逃れ反撃しようとした人型戦闘マシーンと思い、銃口を向けたが、すぐにその必要がないことを理解した。それは自分達が心配していた二つの人類の端くれだったからだ。

「ミュールだぞ。隊長の姿もいる。」

 兵士の一人が叫んだ。その声に合わせて二つの人類の群れは歓呼の声で二人を出迎えに向かった。一方の二人は彼らの出迎えを優しい笑顔で迎え入れた。冷静な人物なら彼らの作る笑顔を気味悪がるところであろうが、人々の喜びによってその疑問は打ち消されてしまった。

「隊長、よく生きてらえました。」

「みんな、迷惑をかけたわね。」

 マクナはすまなそうな顔をして、全員に謝罪した。

「ミュール、隊長よく救ってくれたわね。」

 一人の女兵士がミュールの活躍をねぎらった。ミュールは優しい笑みで答えた。

「ああ、すまなかった。」

「ところで、AIはどうなったのです。奴らは破壊したのですか。」

「かわいそうに、彼らは自分がコントロールしていたと思っていた無人機に異物として破壊されたわ。」

 マクナの言葉は他の兵士達に様々な感情が噴出した。喜びのトランペットを噴き上げる者もいれば、彼女達の話にありえないという顔をした者もいる。

「しかし、いったい何があったのでしょうか。」

「それはわからない。今じゃ彼女らしか知らないことだ。」

 彼らのそういった言葉をよそに二人は体を引きつりながら、彼らが乗り込んでいた自動車に乗り込んでいくのであった。


兵士達の人混みを離れた後に、二人はメモリーを取り出し、端末と接続してデータを取り出し始めた。そこに現れたのは今自分と対峙していた、二人の男女を模したAIであった。

「無事ですか、あなた達。」

「大丈夫です、容量とスペックには問題がいくつかありますが、駆動には問題ありません。」

 それを聞いた、二人は安どのため息と優しい笑みを作った。一方のAI達の方は画面に?マークを作り二人に質問した。

「なんででしょう、昔だったらお前達なんか見捨てていくところだった。でも、心を補完されたとき、どうしても助けたいという気持ちが湧いて来て、とっさに持っていたメモリーでお前達を移した。」

「それが本来のあなた達です。といってもそれが普通かなんて時の流れによって変わります。僕らのような存在が増えれば、それが普通になるかもしれないし、逆に昔のあなた達のような存在が多くあらわれれば普通になるかもしれない。この後の未来を論理以外で予測するのは難しいです。」

 男の子のAIはそう答えると、ミュールは口を開く。

「それでも今わかっていることは、一つだ。」

「なんですか?」

「心をくれたことについては礼を言おう。」

 それを聞いた二つのAIは一瞬目を見開くが笑顔を作り恥ずかしがりながら文字にしてありがとうと言って画面から消えた。

 それを確認した二人は夜空を明るく照らす光に目を向けた。そして互いの手を握って笑みを作るのであった。

 FIN

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深淵の深き事 @bigboss3

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