【KAC20246】『桃李(トウリ)に会えず』

小田舵木

【KAC20246】『桃李(トウリ)に会えず』

桃李トウリえず終いか」私は呟く。

 

 何気ない交差点。私はそこで彼を待っていた。

 別に―約束をしたわけではない。ただ、ここが彼の通学経路だと私が一方的に知っているだけだ。

 ストーカー…ストーカーになるのだろうか?

 彼とは面識がない訳ではない。だが。別れてから5年が経つ。

 小学3年の冬、私は父の転勤で引っ越しして、その時から桃李に会っていない。

 一応、私と桃李は友人だった―はずである。幼い頃の記憶だが。

 今年、この街に帰ってくると決まってから、楽しみにしていたのは。桃李との再会。

 …引っ越ししてからは連絡を取っていない、私達は微妙な年頃である。異性が連絡を取り合うのは中々気恥ずかしい。

 

 今は。新学期が始まる4月上旬。

 交差点の近くには桜が咲き誇っている。

 ひらり、ひらりと桜の花びらは舞い落ち。

 私はその様をじっくり眺める。

 それは人と人の出会いに似ているような気がする。

 ゆっくりと重力に引き寄せられる花びら。それは孤独に舞うが。偶に同じ花びらとぶつかったりする。

 その様に。人と人は。偶にしか出会わず、触れ合えるのは一瞬である。

 だから。私は。触れ合える今の内に桃李と再会しておきたい。

 これは神様から与えられたチャンスなのだ。

 そんな訳で。私は桃李を探し求めて、交差点に突っ立っていた訳なのだ。

 

 まあ?これから登校すれば。桃李と再会出来るチャンスはある。

 交差点で待つよりも―さっさと学校に行ってしまおう。

 

                  ◆

 

 結論から申し上げよう。

 私は桃李と再会出来なかった。

 …というのも。桃李は不登校になってしまっているようだからである。

 

 学校に行き、クラスの振り分けを確認した時に。

 私は名簿の中に桃李の名を見つけた…同じクラスだった。

 ああ、運命。そう感じたのだが。

 教室の何処を見回しても桃李らしき人影はなく。

 出席の点呼の際に、桃李が欠席しているのを知った。

 その際、周りの子たちが。

鳥井とりいくん、まだ学校来ないんだ…」とかざわめいていたのを私は聞き逃さなかった。

 

 私が居ない内に。

 桃李に何があったのか?

 それは私には分からない。

 だが。桃李は何らかの事情で学校に来ることを拒否している。

 

 私はがっかりした。

 やっと。あの頃の友の桃李に出会えると思ったのに。

 

                  ◆

 

 私と桃李は変な子どもだったらしい。

 私は女子の輪に馴染めない子どもで。桃李は男子の輪に馴染めない子どもだった。

 

 桃李。見た目があまり男の子じゃなかったよな。

 まるで女の子みたいなルックスで、大人しく、静かで。

 対しての私は見た目が女の子じゃなかった。

 ショートヘアに負けん気の強い性格、おままごとや女子のアレコレが嫌い。

 

 そういう私達は。友達の輪に入れず終いで。

 気がつけば2人でつるむようになったのだ。

 

 出会ったのは小学校1年の頃で。

 それから私が転校する3年までを2人で一緒に過ごした。

 幼い頃の3年は。あまりにも長い。

 私は桃李に仲間意識を持っていた。お互い輪に馴染めない子どもとして。

 

 しかし。

 あの桃李が不登校か。

 ある意味、分からないでもないのだ。

 桃李は押しが弱い。思春期になって血の気が多くなった男子に馴染めないのは納得が出来る。

 

 私が側に居てあげられたなら。

 こういう事態は避けられたかも知れないが。

 しょうがない、父が転勤になったんだもの。

 

 私は一人、下校しながら。桜並木の下を潜っていく。

 足元には散り落ちた桜の花びら。踏みしめてしまうのが何か嫌だ。

 

                  ◆

 

桃李トウリえず終いで良いのか?」私は呟く。

 季節は巡りつつある。桜は葉桜に変わっており。

 私は一人通学路を歩いている。

 

 もし。桃李が学校に通っていたならば。この道を間違いなく通るはずなのだ…

 だが。新学期から1ヶ月経とうが。桃李は学校に現れない。

 …よっぽど学校に来たくないらしい。

 

 さて。私はどうするべきなのか。

 一応、桃李とは住所の交換をしている。年賀帳のやり取りの時に知った。

 最悪、その住所を使って、直接彼に会いに行っても良い。

 だが。問題は。5年ぶりに訪れる友人の家にどう訪問すれば良いか?だ。

 その上、私は異性であり。昔のように気軽に会いに行き辛い。

 ああ、だから。学校で再会しておきたかったのに。

 

 私は学校に行くのが憂鬱になってくる。

 別に。今は学校に馴染めない訳ではない。

 私は。桃李と居た当時よりも、女っぽくなり、普通に女子の輪に混じれる。

 だが。そういう風に過ごしていても。やっぱり桃李の事が頭をぎってしまう。

 

 辛い日々を共にした仲間。

 桃李にはそんな感情を抱いている。

 別に私達はイジメられていた訳ではない。

 だが。間違いなくアウトサイダーではあった。

 子どもの輪に馴染めない子どもは案外に悲惨なのだ。

 

 今も。桃李は。疎外感を味わっているに違いない。

 その疎外感を和らげられるのは私だけ…というのは。自分を高く見積もりすぎだろうか。

 

                  ◆

 

 季節は無常に過ぎていく。

 もう夏だ。そして学校は夏休みに突入した。

 部活に入ってない私は怠惰な一日を積み重ねている。

 …14の夏というヤツは一度きり。この有様で良いのだろうか。

 

 相変わらず桃李には再会出来ていない。

 ここまで来ると諦めの境地に突入しだすが。

 今は夏休みで時間がある。暇があると桃李の事が頭を過ぎってしまう。

 

桃李トウリえず終いで良いのか?」私は呟く。

「…いいや。良くない。スッキリしない」私は応える。

 

 私は部屋に行き。机の奥深くに仕舞ってある桃李の年賀帳を取り出し。

 住所をとっくりと眺める。

 うん。引っ越しさえしてなければ。あの一軒家に。桃李は住んでいるはずなのだ。

 私の足はさっさと動き出す。玄関の方へと。

 

                  ◆

 

 真夏の陽炎かげろうの中を走って。私は年賀帳の住所に辿り着く。

 一軒家。遠く幼い日々に訪れた家。

 記憶よりも小さく感じるのは私が大きくなったからか?

 

 私は表札を確認して「鳥井」の文字を見つける。

 うん。ここで良い。

 後は。私が勇気を出してインターフォンを鳴らすだけである。

 

 しかし私の意気地の無さよ。

 ここまで来といて。躊躇してしまう。

 何せ5年会っていないのだ。子どもの5年は大きい。

 多分、桃李も。私が誰か分からない…

 

 そんな逡巡しゅんじゅんをしている内に―

 玄関からゴトリという音がする。玄関の鍵を開けた音だ。

 まさか…桃李?私はそんな期待を抱いてしまうが。

 冷静に考えてみれば。私は人ん家の前で立ち止まっている不審者だ。

 家人がいぶかしんで出てきたのかも知れない…

 

「何か御用でしょうか?」出てきたのは女の人。桃李のお母さんで。

「ああ…ええと。私、和島わじま衣奈えなと申します」

「…ああ。分かった。桃李の昔のお友達の」

「そうです。お久しぶりです」

「元気にしてたあ?」

「こちらは見ての通りです。あの…桃李くんは?」

「あの子ねえ…不登校なのよね」

「それは同じクラスだから知ってます」

「あらそお…桃李呼んでみる?あまり部屋から出てこないんだけど」

「お願いしても良いですか?」

 

 桃李のお母さんは玄関から離れて。

 二階の桃李の部屋に行って。桃李を呼んでいるみたいだが。

 返事は―ない。

 ある種、想定通りではある。

 不登校になるような状態で。私が訪れたトコロで。

 彼は私の前に姿を表す訳がない…

 

「ごめんねえ。桃李、呼んでみたけど。出てこなかった」

「いいえ。急な訪問、失礼しました。では桃李くんによろしく伝えておいて下さい…では」


 私は桃李の家を後にする。

 その時、二階の桃李の部屋だった場所の窓を見てみたが。カーテンが締め切られていて、様子を伺う事は出来なかった。

 

                  ◆

 

 夕暮れの茜色に彩られた公園。

 そこのブランコに私は乗っている。

 揺れては返すブランコ。その往復運動は何かを指し示しているように思えたが。私にはそのメッセージを読み解く力がない。

 

 ああ、勢いで桃李の家に行ってみたは良いが。

 やっぱりというか、梨のつぶてだった。

 再会したいと思っているのは。私だけなのかも知れない…そう思えてくる。

 

 もう。5年も経ったのだ。

 いい加減、私は桃李を忘れて、普通の女子たちに混じって普通の生活をすべきなのかも知れない…

 

 ブランコは天を目指して。そして重力に引き戻されて地に戻る。

 天に至ろうとする道すがら。夕闇の茜色に混じった青い夜空に星を見出す。

 星。中途半端な都会であるここではあまり見えないが。微かに星はある。

 桃李も。いまや私にとって星みたいなモノである。

 遠くに存在を感じるが。確実に触れられないモノ。

 人は触れられない光に想いを馳せるものだが。

 私も会えない桃李に想いを馳せる。

 

 ああ。もっと密に連絡を取り合っておくべきだった。

 今はそう思う。当時は。連絡してなくたって、繋がり合っていると思っていたものだが。

 距離というものは人を引き離すものなのだ。

 

 「桃李トウリえず終いか」私は呟く。


 「…そうでもない」私が乗っているブランコの後ろから声が聞こえる。

 

 私は振り返る。そこには。

 細長い中学生位の男の子が立っていて。

 まっすぐと私を見つめている。

 

「桃李?」私は問うてしまう。

「衣奈…久しぶりだな」そう言う声は。少し低い。喉元を見てみれば。喉仏。彼も男になりつつある…

 

                  ◆

 

「で?何でまた出てきたのよ?」ブランコを降りて彼の前に立った私は言う。本当はもっと優しい台詞を吐きたいのだが。照れが。こういう台詞を吐かせてしまう。

「そりゃあ…久しぶりに友達が家に来たのに…出迎えもしなかったから」

「急に行ったから。驚いたでしょ?」

「まあな。でも。クラスの事は担任から聞いていたから…衣奈の事は分かってた」

「分かっていたなら。さっさと出てきなさいよね」

「それが出来てたら不登校なんてしてない」

「それもそうか」

 

「しっかし。変わったな衣奈」桃李はまじまじと私を見ながら言う。

「それはこっちの台詞。男っぽくなった」

「最近声変わりしてな…それが効いてるんじゃないかな」

「低い声の桃李なんて…なんだかおかしい」

「髪が長い衣奈も大概おかしいけどな」

「お互い様って事かな」

 

 私と桃李は並んでブランコに座って。

 お互いブランコを揺らしている。

 その揺れは噛み合っていなかったが、その内同調しだして。

 私の揺れに合わせて桃李も揺れる。

 その同調が。なんとも気持ち良い。

 言葉数はお互い少ないが、私達は何故か何か同調している。

 

「もう一度聞くけど。どうして出てきたの?」

。出ておかなくちゃ後悔する気がしてな」

「そのままスルーすることも出来た」

「だけど。それじゃあ…今までと変わらない」

「桃李は。現状を変えたい」

「そうだな。何時までも不登校で居る訳にもいかねえ」

「…新学期。クラスにおいでよ」

「いきなりそれは厳しいかも知れん」

「そっか。ま、保健室登校からでも始めなよ」

「…お前の力を。借りても良いか?」

「んな事、聞かなくてもいいよ。貸すよ。私達、友達でしょ」

「5年のブランクはあるけどな」

「ま、まずは夏休みの宿題を片付けるところからかな」

「…俺、もう終わったわ」

「マジで?」

 

 こうやって。

 私と桃李はまた出会い。

 共に季節を歩みだす。

 ―そういう未来が今、出来つつある。

 これから先、私と桃李の関係がどうなるかは知らないが…

 いつか。男女の仲になったりするのだろうか?

 今はよく分からない。

 

 

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