トリ殺し

海沈生物

第1話

 人には「相手を殺したい!」と殺意の沸く瞬間がある。それは殺人ピエロに家族や恋人を皆殺しにされた時や、窃盗犯に電動自転車のバッテリーを盗まれた時が該当するだろう。


 私にとってのそれは、目の前にいるトリにプリンを盗み食いされた時だった。机の上で「は? 私は何もやってないが……」という顔で首を傾げるトリの頬をはたく。


「あのな。お前、自分の罪の重さが分かっているのか? ああ?」


「ぽっぽーぽっぽー」


 もう一度、トリの頬をはたく。赤くなった頬を抑えて被害者面をする彼女に「ちっ」と舌打ちをすると、首根っこを掴んでやる。


「ふざけてんのか! 被害者は俺の方だ! このプリンはな……超高級スイーツ店である”メチャクチャオイシーイ・プリンウッテルーヨ”で売っていた、一日十個限定品だったんだぞ! わざわざ禁止されている深夜から並んで、出勤してきた店員からものすごい嫌な顔をされてまで購入したというのに……それを食べるなんて、お前は……っ!」


「ぽっぽーぽっぽー」


 もう一度、トリの頬をはたく。もう許さない。今日という今日は許さない。今までも「くんでやった水をひっくり返す」「檻を破壊する」みたいなことをやってきた。だが、それも「飼い主としての責任だからな……」と思い、耐え忍んできた。


 だが、プリンを食べるのはラインを超えている。もう、これ以上トリを生かしておくことはできない。


「お前を、殺す」


 私は掴んでいたトリの首根っこをギュッと強く締める。力を強める度に思い出される、過去の記憶。初めて会った時、お前は公園のベンチにいたんだっけ。一人でご飯を食べている姿を見て、なんだかシンパシーが沸いてしまったんだっけ。


 私もよく、一人でご飯を食べていたから。


 だから、その時言ったんだ。『私の家に来ないか?』って。お前は少し怯えた顔をしていたが、私が拳銃と共に手を差し出すと、そっと指先を重ねてくれたよな。あの時の感動は、今でも、私の心の中に強く残っているよ。


「……はぁ」


 トリの息が止まった。死んだらしい。私は机の上で倒れるトリの頬に唇を寄せると、そっとキスをした。


「愛していたよ、鳥会絵図とりあえずさん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トリ殺し 海沈生物 @sweetmaron1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ