06 飛翔
曇り空が広がる校庭のグラウンド。
楓のクラスは昼前のこの時間、体育の授業を行っており、今日の種目は走り幅跳びだった。
「次!
「はい!」
順番が回ってきて名前を呼ばれたジャージ姿の女子生徒がポジションに就く。
「ピッ!」
それを確認した女性の体育教師はホイッスルを吹いてスタートの合図を出した。
グラウンドを駆け助走をつける女子生徒。
スピードを加速させ踏切板のところまで来ると力いっぱい板を蹴り砂場へと跳んだ。
「楠さん、やっぱり陸上部だから良い記録を出しますね」
楓の隣で今行われた女子生徒の試技に感心する真依。
二人は隣り合ってグラウンドに座り、他の女子生徒達の走り幅跳びの様子を眺めていた。
「わたし、体を動かすの苦手なんですよね……さっきの走り幅跳びの記録もボロボロでしたし」
「ええ……」
真依は自嘲気味に楓に話し掛けたが、楓から返ってきたのは短い空返事だった。
「どうしました、楓?」
「いえ……何でもないです、真依」
「そうですか?」
楓の少し変わった様子が気にかかった真依だったが、楓の見せた笑顔によってその気がかりは真依の中から姿を消した。
だが、
(ツヴァイ……貴方は今、どこで何をしているのでしょうか?
出来るなら戦わずに一緒に施設へ帰ることが出来ればいいのですが……)
楓の頭の中は彼女の弟機であるツヴァイのことで埋め尽くされていた。
(施設にいた頃では私と弟の能力の差は圧倒的に私が勝っていましたが……)
「……エデ」
(イルフの掌握。 それが完全なものとなればイルフである私では弟に対して抗うことは不可能となってしまうのでしょうか?)
「楓!」
「はい!」
耳の側から大声で呼ばれた自分の名前に驚き、上擦った返事をする楓。
楓を呼んだ声の主、真依は不安そうな表情で楓の顔を覗き込む。
「楓の順番だけど、どこか調子が悪いのですか? 先生に言って休ませてもらいますか?」
「あっ、いえ、私は大丈夫です」
慌てて立ち上がりポジションへと向かう楓。
どこかおかしい楓の様子を見て体育教師も楓の体調を心配する。
「三島さん、大丈夫ですか? 体調が優れないなら保健室へ連れて行きますよ?」
「いえ、大丈夫です。 ちょっと考え事をしていただけですので」
「そうですか。 でも、それなら授業には集中してくださいね」
「はい、すみません」
教師へと頭を下げ謝る楓。
「では、三島さん位置に就いてください」
「はい」
教師に促されポジションに就き用意の構えを取る楓。
「ピッ!」
スタートの合図のホイッスルが鳴る。
楓はその人間離れした力を発揮しないように加減しながらグラウンドを助走し勢いをつける。
ところが彼女の頭の中を再び弟機、ツヴァイのことが過る。
(ツヴァイ……)
次の瞬間、踏切板のところまで来ていたが他のことに気を取られてしまっている楓の足元を突然、黒い影が素早く横切った。
「ッ!?」
咄嗟にそれ飛び越えて躱し、幅跳びの砂場へと着地する楓。
振り返り見てみると楓の足元を横切ったのは黒い毛の猫であった。
猫は勢いそのままにどこか遠くへと走り去っていった。
「ふぅー、よかった」
踏みそうになった黒猫を避けることが出来てほっと安心した楓。
だが彼女は気付いた。
(あっ!)
咄嗟に跳んで着地した自分の位置が陸上部員の楠飛鳥の記録を越える位置であった事に。
「えっ、何今の?」
「マジで!? 三島さん凄くない!?」
女子生徒達の間でどよめきが走る。
「え、えーと。 火事場の馬鹿力って、本当に、あるんです、ねぇー……」
女子生徒達に向けてか、冷や汗をかきながら片言で言い訳のようなものを口走る楓。
そんな楓のことをショートカットの黒髪の女子生徒が一人、じっと見つめていた。
+++++
楓達の学校にチャイムが鳴り響く。
昼休みの時間である。
楓と真依は教室で自分達の机を合わせ、二人で昼食をとっていた。
真依は弁当箱からソーセージを箸で摘み口の中に入れると幸せそうに食む。
「うーん、美味しい!」
「そのソーセージ、そんなに美味しいのですか、真依?」
「はい! 母が特別に入れてくれたメキシコ風チョリソーなんですけど、中々スパイシーで食べるのが止まりません!
でも、もうちょっと辛さが欲しいですね。」
「それは本当に
引きつった顔で真依の言う《もうちょっと》の程度を確かめる楓。
そうしたやり取りをしている楓と真依のもとへ女子生徒が一人近づいてきた。
「あの、お昼ご飯中のところ悪いんだけど、三島さん、ちょっといい?」
「ええと、貴方は確か……」
「飛鳥。
はきはきと自分の名前を名乗る女子生徒。
彼女の明るい様子とショートカットの黒髪の姿から、楓は飛鳥に活発そうな子である印象を受けていた。
「それで楠さんは私に何か用事でもあるのですか?」
「それなんだけど……三島さん、ワタシに走り幅跳びを教えて欲しいの!」
「えっ!?」
予想だにしなかった答えに調子外れの声を出す楓。
飛鳥は身を乗り出すと、驚き目が点になってしまっている楓へ、その様子を気にもせずに話し出す。
「ワタシ陸上部で走り幅跳びをやってるんだけど、最近記録が伸び悩んでるんだ……で、今日の体育で三島さん良い記録を出してたでしょ?
そこでなんだけど……お願い! ワタシに跳び方を教えてちょうだい!」
顔の前で手を合わせ、楓に本気の声のトーンで頼み込む飛鳥。
彼女のそうした姿に楓は非常に困惑していた。
「あのっ、今日のあれは火事場の馬鹿力みたいなもので……それに私は素人なんですよ。 陸上競技なんてまともにやったことすらないんです」
「経験がないのにあんな記録が出せたの!? もしかして天才……?」
出た目は裏目。
何とか言い逃れをしようとした楓の言い訳は、逆に飛鳥の強い興味を引く結果となってしまった。
「その三島さんの才能を見込んで……お願い! ワタシ何としてでも記録を伸ばしたいの!」
余りに必死な飛鳥の懇願に楓はとうとう折れてしまうのであった。
「楠さん、さっきも言った通り私は陸上競技に関して素人です。 幅跳びの知識なんて全然持っていません。
それでも良いというのであれば……楠さんのお手伝いをしましょうか?」
「本当!? 是非!」
楓の申し出に飛鳥は輝くような笑顔を見せる。
それから楓は練習の日時を決めることにした。
「それで、練習はいつにしますか?」
「三島さんの予定が合うなら明明後日の放課後はどう?」
「分かりました。 急な用事が入らなければその日で大丈夫ですよ」
「じゃあその日でお願い! 本当にありがとう、三島さん!」
この後、部活の打ち合わせがあるとのことで、飛鳥は笑顔で手を振り楓と真依のもとから立ち去った。
教室から出ていく飛鳥を目で見送る楓。
ふと、彼女は強烈な視線を感じてその方向に向き直る。
その視線の送り主は楓に何か物申したくてたまらないといった表情の真依であった。
「ッ! ま、真依……どうしましたか?」
「楓……良いんですか、あんなお願い引き受けてしまって?
楓が自分で言ってた通り、楓は陸上競技の事なんて全然分からないんでしょう?
それなのに幅跳びの跳び方を教えるなんて……陸上部の楠さんに一体何を教えるつもりなんですか?
そんな風に何でも軽々しく引き受けていると、何かの拍子で楓の秘密がバレることになるかもしれませんよ?
わたしは嫌ですよ……それで楓と別れることになるなんて」
「いや、楠さんが私に藁にもすがる思いで頼み込んでるように感じてしまったので……。
その、ええと……すみません」
真依の余りの迫力に思わず謝ってしまう楓。
そして、真依は深い溜め息をつくのだった。
+++++
「ふぅ……ただいま帰りました」
今日の学校での活動を終え自宅へ帰ってきた楓。
彼女の挨拶を聞いて部屋の奥から楓の帰宅を迎えるために瑠奈が姿を現した。
「おー、お帰り、楓……どうしたんだ、浮かない顔をして?」
「ええと……」
「私で力になれる事なら相談に乗るぞ?」
「実は、ですね――」
楓が瑠奈に今日学校で起きた飛鳥との事と真依に物申された苦言の事を打ち明けた後、二人はリビングへと場所を移していた。
ソファに座る楓の前へ瑠奈は湯呑みに淹れたお茶を置くと自分もソファへと座った。
それから瑠奈は自分の分のお茶を一口飲むと楓が瑠奈に告げた事への自分の考えを述べた。
「なるほどなぁ、でもそれは一ノ瀬さんの言う事が最もだよ。
お前はお人好し過ぎるよ、楓。
あんまり安請け合いしてるとその内、痛い目に遭うかもしれないぞ」
「そうですよね……」
「って、そんな分かり切った事への説教が聞きたいわけじゃないよな、すまん」
「いえ、大丈夫です。 瑠奈は私の事を思って忠告してくれているんですから」
「はぁ、全く……そういうとこだぞ、楓」
瑠奈は彼女の忠告を嫌な顔一つせず受け入れる楓の姿を見て呆れたような笑顔を浮かべる。
続けて、瑠奈は何かを持ち上げて横にどけるような仕草をとると、
「まぁ、それは置いといてだ。 問題は幅跳びの方だろ、楓?」
「はい、陸上部の幅跳び選手である楠さんに素人の私が一体何を教えたら良いのか……」
「それなんだが、こういうのはどうだ?」
+++++
それから明明後日。
楓、真依、飛鳥の三人は町内にある運動公園へ訪れ、そこで飛鳥と幅跳びの練習を行っていた。
「ハァッハァッ……今のはどう、三島さん?」
砂場に着地した飛鳥が振り返り、今行った試技の出来を砂場の横に立つ楓に確認した。
「そうですね……やっぱり強く跳ぼうとして加速が上手くいってない感じがします」
「うーん。 掴めないなぁ、丁度いい感じの加速の仕方ってのが……よし! もう一本!」
飛鳥は再び跳ぶためにスタートポジショへと歩いて向かっていった。
瑠奈が楓に持ち掛けた幅跳びの練習の手伝うための案。
それは、
『お前はイルフなんだし人より動体視力が良いのと物を覚えるのも得意だから理想的な幅跳びの試技を覚えて、それを踏まえてチェックしてあげれば良いんじゃないか?』
というもので、そのために楓は動画や教本などで理想的な試技の例と代表的な悪い試技の例を覚えてきたのであった。
ポジションへと向かう飛鳥の背中を楓が見送っていると、彼女の元へ練習の様子を見ていた真依がやってきた。
「楓、楠さんの練習は順調そうですか?」
「正直言うと良くはないですね……」
「何か問題でもあるんですか?」
「楠さんの試技、遠くへ跳ぼうと力が入り過ぎて踏切の瞬間にトップスピードを持って来られていない点がどうしても直らないんです。
何と言うか、何かに囚われて無理に記録を出そうと変に焦っている感じがするんですよね……」
ポジションへ就いた飛鳥に不安げな面持ちで視線を向ける楓。
楓が飛鳥にスタートの合図を送ると飛鳥は全力疾走で助走して踏切板のところで板を蹴り砂場へと跳んだ。
もう分からないほど跳んだ何本目かのジャンプ。
だが、やはり飛鳥のジャンプは変わらず加速が上手くいっていないと楓は感じていた。
砂場に着地した飛鳥はその場で立ち上がると砂場の横にいる楓に再び今の試技の出来を確かめた。
「ハァッ……今のジャンプはどうだった、三島さん?」
「やっぱりトップスピードで跳べてないですね」
「そう……早く、記録を、出さないと……」
呼吸を整えることもせず、またスタートポジションへと向かおうとする飛鳥。
ただひたすら新記録を出そうと焦る様子の飛鳥の事が気掛かりになり、楓は歩いてる途中の飛鳥を呼び止め練習の中止を促した。
「楠さん、今日はもうこのくらいにしませんか? 闇雲に跳んでも記録は良くならないと思うんです」
「ハァッハァッ、でも……」
「楠さん、良ければ教えてもらいたいのですが、どうしてそんなに早く記録を出そうと焦っているのですか?」
「それは……分かった、今日の練習は、ここまでに、する……」
クールダウンを行うため楓に背を向け歩き出す飛鳥。
その飛鳥の背中を目で追う楓の表情は飛鳥を心配する気持ちで重く曇っていた。
+++++
日が長くなり夕暮れにはまだ早い空の下、楓と真依と飛鳥の三人は家へ帰るための帰り道の中にいた。
練習で疲労している飛鳥をまず家へ送ろうという話になり、三人は飛鳥の自宅へと向かっていた。
今日の練習の手伝いをしてくれた楓と真依に飛鳥が感謝の言葉を告げる。
「今日は本当にありがとう三島さん、こんなに付き合わせちゃって。 一ノ瀬さんもありがとうね」
「わたしは何もしてませんけどね」
飛鳥のお礼に苦笑を浮かべる真依。
真依の言葉に飛鳥は顔の前で手を振ると、
「そんなことないよ。 タオルとかドリンクとかワタシが欲しかった物をわざわざ取って来てくれたじゃん。
あれ本当に助かったよ」
真依のしてくれた事へ重ねてお礼の気持ちを伝えた。
その言葉に真依も、なら良かったです。 と、笑顔で返事をする。
一方、楓は運動公園から変わらず不安げな表情のままであった。
楓の曇った表情に気付いた飛鳥が楓の様子を尋ねてきた。
「どうしたの、三島さん? 浮かない顔をしてるけど。」
「先程も聞きましたけど、楠さんは何でそんなに焦ったように記録を出そうとしているのですか?
私はそれで楠さんが無理をしているようで心配なのです」
「ああ、それは……」
言葉を濁す飛鳥。
彼女は少し迷っているような素振りを見せた後、決心がついたのか楓と真依の二人に理由を喋り出した。
「三島さんと一ノ瀬さんはわざわざ練習に付き合ってくれたから何故ワタシが記録を出すのを急いでいるか、その辺の理由をちゃんと伝えないとね……。
ワタシ、弟がいるんだ。 小学校一年の」
「弟さん?」
「うん。」
眉をひそめて尋ねる真依に照れるように飛鳥は返事をすると苦笑を浮かべる。
「
構ってやりたいんだけどワタシも自分の事で手一杯で……だから早く良い記録を出して自分の中で部活だけでも一段落させようと思ったんだ。 それから顧問の先生に時間を貰ってあいつと遊ぶ時間を作ろうってね。
勝手だよね。 色々言ってるけど結局、自分の事を優先させちゃってるしね、ワタシ。
お姉ちゃんなのにね……」
浮かべていた苦笑は無理矢理なものだったのか、弟の事について話すうちに飛鳥の表情は次第に泣きそうなものへと変わっていく。
その時
「いいえ」
楓は飛鳥のした自虐をはっきりと否定すると、
「弟の事と自分の事で板挟みになる姉の気持ち、私も良く分かります。
誰の支えもなく姉として弟の面倒を見なくちゃいけない場面って大変ですよね。
それなのに楠さんは弟さんと遊んであげる時間を作ろうと努力しているなんて……弟さんの事、大事に想っているんですね」
飛鳥に優しく微笑み掛ける楓。
その優しい笑顔と言葉で、飛鳥も泣きそうだった顔から小さく微笑む笑顔になった。
「ありがとう、三島さん。
三島さんも弟がいるの?」
「ええ……」
「へー、そっかぁ……でも、困っていることはそれだけじゃなくて翔馬の誕生日が近いんだけど親がその日に時間がとれるか分からないんだ。
ワタシだけで祝っても逆に寂しい想いをさせちゃうんじゃないかって思ってさ……」
飛鳥の笑顔は今度は寂しそうなものへと変わる。
と、
「それなら、わたし達三人で翔馬くんの誕生日をお祝いしちゃうのはどうですか?」
「えっ? 三人ってここにいるワタシ達三人?」
突然の真依の提案が思いもよらぬもので目を丸くする飛鳥。
「はい、勿論です! 楓はわたしのこの考えどう思いますか?」
「いいんじゃないですか。 私にも参加させてください。」
真依の提案に賛同する楓。
一方の飛鳥は少し戸惑った様相であった。
「いいの? そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、本当にいいの?」
「当然です。 同じ姉である私に弟さんの大事な日をお祝いしたいという楠さんのお手伝いをさせてください」
快く飛鳥の手伝いを申し出る楓。
その隣で真依も一緒に微笑むと、
「わたしもお手伝いしますよ。
こう見えてお菓子作りは得意なんです。 なので、わたしがケーキやその他に簡単な料理を用意しますよ」
「三島さん、一ノ瀬さん……本当にありがとう」
楓と真依、二人の親切に飛鳥は感情が込み上げて来るのだった。
その後、三人は誕生日のお祝いの日時や真依の作るケーキの内容等を相談しながら家路を歩いていた。
打ち合わせの話の途中、楓が何かを思案しながら足を止める。
「後はそうですね……楠さん、翔馬くんへのプレゼントは何か考えているんですか?」
「それがワタシでも手が届いて翔馬が喜びそうな物が中々浮かんでこなくて……」
「だったら一つ考えがあるんですけど――」
+++++
そして、翔馬の誕生日当日。
放課後に飛鳥の家へ集まった三人はパーティーの準備を居間で済ませていた。
「翔馬、ちょっと来て」
その間、二階の部屋で遊ばせていた翔馬を飛鳥が居間へと連れて来る。
「わぁ!」
並べられた料理とケーキに翔馬が目を輝かせるていると、
パパーン!
『翔馬くん、お誕生日おめでとう!』
クラッカーで翔馬をお迎えする楓と真依。
「二人はワタシの学校のクラスメイトなんだけど、翔馬の誕生日をお祝いするために手伝ってくれたの」
「初めまして、三島楓です」
「一ノ瀬真依だよ。 こんにちは、翔馬くん」
楓と真依の自己紹介に元気にこんにちは! と挨拶する翔馬。
火を点けたケーキのロウソクを翔馬が吹き消すとパーティーが始まった。
真依が拵えた料理やケーキを翔馬は美味しそうに頬張るのだった。
パーティーの始まりから暫く経った頃、席を立っていた飛鳥が包みを持って現れた。
彼女はそれを翔馬へと差し出した。
「お誕生日おめでとう、翔馬。 これワタシからのプレゼント」
「開けていい、姉ちゃん?」
「うん……」
ラッピングを解いて翔馬が包みの中から取り出した物、それはレジンで出来た天馬の形をした手作りのキーホルダーであった。
「わぁ、カッコイイ! これ飛鳥姉ちゃんが作ったの!?」
「うん……あんまり出来よくないかもだけど、どうかな?」
自分が作ったことを打ち明ける飛鳥にすげぇ! と驚く翔馬。
彼はキーホルダーをしげしげと見つめた後、
「飛鳥姉ちゃん、ありがとう!」
「フフッ、ハッピーバースデー、翔馬」
満面の笑みで飛鳥に喜びの気持ちを伝える翔馬。
その笑顔で飛鳥は最近、忙しい両親に代わって姉として弟の面倒を見てきた事と今日まで翔馬の誕生日の準備をしてきた事が一気に報われたような気持ちになった。
しかし、自分一人ではこうはならなかっだろうと思い、料理とケーキを作ってくれた真依とプレゼントの提案と製作の手伝いをしてくれた楓の二人に深く感謝するのだった。
「翔馬の誕生日の手伝いばかりか、この場で一緒にお祝いまでしてくれて本当にありがとう、三島さん、一ノ瀬さん。」
「プレゼント、喜んでもらえたようで良かったですね、楠さん」
「うん。 キーホルダーの作り方、教えてくれてありがとうね、三島さん」
「久しぶりにここまでガッツリケーキ作りが出来てわたしも楽しかったです!」
「一ノ瀬さんもありがとう。 ケーキ、本当に美味しいよ」
飛鳥は楓と真依の二人の思いやりに、今日誕生日をお祝いしてもらった翔馬と並ぶ程、幸福で満たされた心地となるのであった。
パーティーが一段落し楓と真依と飛鳥の三人は部屋の片付けを始めることにした。
飛鳥が空いた食器をキッチンの流しに運んでいると何やら寂しげな表情の翔馬が寄ってきた。
「ねぇ、飛鳥姉ちゃん……」
「ん? 何、翔馬?」
「お父さんとお母さんは今日帰って来るかな?」
「ああ……父さんと母さん、まだ仕事で忙しくて今日も遅くなるって」
「そっか……」
翔馬は飛鳥に背を向け部屋の奥へと去って行く。
寂しそうな様子の翔馬に何とも言えない不安を覚え、彼の去って行った方を見つめ続ける飛鳥。
そうしていると流しで食器を洗っている真依が飛鳥に食器を渡すよう声を掛けてきた。
「楠さん、次洗うお皿があればください」
「うん……」
飛鳥は暫くの間、翔馬の事が気に掛かったが呼ばれた真依の方へと振り返ると食器を流しの隣の調理台へと置いた。
蛇口から流れ出る水が洗剤と混ざり合い、泡となって金属の洗い桶へなみなみと満たされていた。
パーティーの片付けが終わり皆で一息つくため飛鳥が楓と真依に茶碗に淹れたお茶を用意した。
時刻はそろそろ夜になろうとする頃をまわっていた。
三人が今日の事や学校での事などを雑談していると楓があることに気づく。
「そういえば翔馬くんの姿が見えませんね? 声も聞こえませんし」
楓の言葉に先程の翔馬の様子を思い出し妙な胸騒ぎを覚える飛鳥。
彼女は嫌な予感がして自分の予感が外れてくれることを祈りながら玄関へと向かう。
だが無情なことにその予感は当たってしまった。
玄関にあるはずの翔馬の靴がそこには無かったのである。
急に玄関へと向かった飛鳥の後を追って同じく玄関へとやって来た楓と真依。
突然の飛鳥の行動に何か不安を感じ、楓が様子を伺うように飛鳥に声を掛ける。
「どうしました、楠さん? 翔馬くんの事で何か……?」
「翔馬の靴が無い……あいつ、こんな時間に一人で外へ出て行ったみたいなの!」
「なんですって!?」
つづく
Defective friend~赤い髪の生きた兵器で出来損ないの同級生~ 宮川やすあき @akiyama2021
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