「青い鳥が去って行った」

レンズマン

お題「トリあえず」

 青い鳥が去って行った。

 どこぞの金持ちが会社ごと買い取ってしまったらしい。センスのない金持ちが権力を持つとロクなことにならないと常々思う。光り輝くXの看板に近隣住民から苦情が入ったなんて話を聞いた時、最初は冗談かと思った。

 でも、あの金持ちのおっさんは宇宙だの車だのの分野でとんでもない事を成し遂げたすごいおっさんだったらしい。車好きの親父が全く関係ない話題で彼の名前を口にした時、無知な俺は随分驚いた。

 そんな人でも、いや、だからこそ、でかでかとしたXを掲げてしまうのだろう。X。正体不明。匿名性をアピールするのは、ネット社会では前提である。だけど、SNSにおいてはどうなんだろう。いや、どうもそういう意味ではないらしい。彼は、このツールをスーパーアプリとかいう別次元の存在に進化させようとしている。凄いおっさんのやることはよくわからん。俺は別に、青い鳥が作ってくれた巣で友達と交流できればよかったのだ。

 散々不満を語ってみたが、別に何かを変えるつもりはない。ことなかれ主義は29歳になった今でも変わらず、俺は今でも青い鳥が作った巣に現れたXの看板を見上げ続けている。鳥でもXでもやることは変わらない。ただ、たまにあの鳥の事が無性に恋しくなる。丸くて、青くて、何かを呟いていそうな鳥。俺は思ったよりあの鳥の事が好きだったらしい。いつもそうだ。俺は、何かを失うまでその価値に気付けない。本当に大事なものに気付けないから、いつも何かを失うことを恐れている。すごいおっさんは、それがないのだろうか。何かを失う事よりも、何かを作り出すことの方が大切なのだろうか。だから、すごいおっさんなんだろう。俺にはできない。何かを間違えた時に、笑われたら嫌だとか、あーすればよかったなんて落ち込みたくない。俺は鳥の巣を荒らせない。そんなことさえできない人間に、何ができるのか。

 決まっている。精々呟くだけだ。今日もアレが楽しかった、これは嫌いだ。しょうもない話を延々とする。おれはすごいおっさんではない。いつか、あの青い鳥が帰ってくるのではないかと期待して、鳥の居ない巣にいつまでもしがみついている。でも、帰ってきたから何かが変わるとは思っていない。好きな物なんてそんなものだ。何かを変えたいから好きでいるのではない。好きであることに意味はない。好きな理由だけがあって、そこにいなくても変わらないだけだ。

 青い鳥は帰ってこない。それでもいい。ただし、俺の好きなものを奪ったすごいおっさん。貴方の事が、少しだけ嫌いだ。

 ……と言う、呟き。

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