バード・クッキング・アゲインスト・ファースト

幼縁会

バード・クッキング・アゲインスト・ファースト

 全てを破壊して突き進むバッファローが練り歩く町から一歩離れれば、そこには普段通りの日常が広がっている。

 無論、離散した群れから野生化した全てを破壊して突き進むバッファローの脅威はなおも健在。だが、現実に被害を受けないことには子供の空想と何ら変わりない。

 如何なる天災人災にしても同じ事。

 たとえ一軒離れた家屋で殺人事件が起きようとも、被害者や加害者と接点がなければ液晶の先で耳目を震わす情報群と大差ないのだ。

 下手に感受性高く、被害者の痛痒に関心を向けてしまえば、それこそ人は生きていけないのだから。


「サイドメニューはいかがなさいますか? 当店のオススメはトリの和え物ですが」

「すみません、私鳥アレルギーでして……」


 六郎からすれば対岸のバッファローよりも、昼食に混在しかけるアレルギー物質の方が遥かに一大事である。

 弁当屋の受付に注文して数分、彼女は怪訝な表情を浮かべて弁当を運んできた。


「はい。ご注文の鳥天弁当大盛り鳥抜きです……あの、本当にいいんですか?」


 思わず客と店員の関係を飛び越えて質問するのも無理はない。

 鳥天に限らずチキンナゲット、そぼろ、サイドメニューの鳥の和え物といった鳥を原材料とした品の尽くを廃した容器には、山盛りのご飯とキャベツ、そしてポン酢入りの袋のみが顔を覗かせていたのだから。

 鳥天弁当以外にも十全な弁当を取り扱っており、そも少し進めば他にも弁当屋は星の数程に存在する。

 異質な注文をされては疑問を抱くのも当然であり、だからこそ六郎は自信を以って回答を示す。


「はい、こちらだからこそいいです」


 確かな回答と共に料金を払うと、六郎は弁当屋を後にして駐車場へと足を運んだ。

 彼の帰還を待っていたのは、サイドカーつきのバイクに腰を下ろしている一人の男性。逆光を浴びるフルフェイスヘルメットに隠れて表情こそ伺えないが、陽気に上げられた右腕が運転手への好感情を高らかに謳う。


「遅かったっスね、六郎。やっぱ混んでましたっす?」

「いいや、むしろガラガラ」


 言い、六郎が指差した先には長蛇の列を形成する車の群れ。

 全てを破壊して突き進むバッファローの群れにも負けぬ隊列の規模は、パン丸こと全てを破壊して突き進むバッファローが暴れる町からの避難民。自衛隊による避難誘導の甲斐もあり、町中は現在戦車が獣と相対する地獄へと成り果てている。

 彼ら彼女らは戦火に巻き込まれる前から住居を後にし、今や渋滞によって道路の一角に取り込まれていた。

 反面。


「だったら、それを食ったら急ぐっスよ。どうやら自衛隊は奥の手を投入したみたいっスから」


 如何にして男性が戦場の情報をリアルタイムで習得しているのかは不明。だが、六郎にとってはお届け希望の時間を無視することは信頼に関わる。

 手を合わせて感謝の念を紡ぐと、手早く飯を胃袋へと落とし込んだ。


「ふぅ、ごちそうさまでした……もっと味わいたかったんだがな」


 ものの数分で完食した六郎は嫌味を一つ零すと、バイクに跨る。

 エンジンを入れた途端に唸りを上げる様は、単車もまた食事を済ませたかの如く。


「さて、と。とりあえず、ここからなら十分程度で着くだろうぜ。一条のダンナ」


 サイドカーに座る男性へ一言かけると、排気口から黒煙がたなびく。

 ご機嫌の騎馬は駐車場を抜けると、長蛇の列の脇腹を撫でるように尾へと──全てを破壊して突き進むバッファローと自衛隊が交戦する町への軌道を描いた。

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