ネコ一家の有意義な休日 後編

「殿下、タマコ殿、いいところにいらっしゃいました!」

「ネコちゃん達もいらっしゃーい!」


 町の中央には広い公園が作られ、人々の憩いの場となっている。

 ここでは、黒髪オールバックとスキンヘッドの少将二人がそれぞれの家族を交えてピクニックをしており、通りかかった私達を快く招き入れてくれた。

 黒髪オールバックの少将には三歳から七歳までの子供が四人、スキンヘッドの少将にも五歳から七歳までの子供が三人いる。

 ネコと元祖チートは、この子供達に大人気だった。


「すごーい! おっきい! かっこいいー!」

「キバ、でかーい! 何食べるの?」

「ねえねえ、ガオーッて鳴いて!」

『うふふ、褒められると嬉しいにゃん! おれ、イノシシとかトリとか食べるよ。ガオーッ!』


 男の子達が元祖チートの背中に乗せてもらって、大はしゃぎする一方……


「はい、おネコちゃん。おしめを換えますわね」

「あらあら、おっぱいがのみたいのかしら」

「まあ! あんよが上手ね!」

『我が、バブちゃん……じゃと?』


 女の子達の間ではネコを囲んでおままごとが始まった。

 私とミケは、少将夫人達が持ち寄ったランチのご相伴にあずかる。

 ラーガスト王国との戦争が始まる直前に生まれた、黒髪オールバックな少将の末の娘は人見知りらしく、母親の背中に隠れていたが……


「タマちゃ、ちゅき」


 しばらくすると私に抱っこをねだってきて、可愛い笑顔を見せてくれた。

 彼女の姉達におしゃぶりを咥えさせられたネコが、それを横目で眺めてニンマリとする。


『むっふっふっ、そのチビも、どうやら王子と同じ性癖のようじゃなぁ』

「性癖って言うな」


 ミケはそうツッコみつつ、小さな子を抱っこする私を優しい目で見守っている。

 そんなミケを両側から挟んだ少将達が、にっこりとして声を揃えた。


「「殿下、子供はいいものですよ」」






「ニャニャーン!」

「いや、人語で話しかけてくれ」


 中将コンビと遭遇したのは、少将達と別れてすぐの頃だ。

 メガネをかけたインテリヤクザっぽい中将と、額に向こう傷がある強面の中将は、ちょうど路地から大通りに出てきたところだった。

 なんでも、路地の奥にある退役軍人が営む工房で、ネコ達用の新しいおもちゃを作るのに必要な部品を調達してきたらしい。


「ニャウ! ニャウウーン!」

「ちょうどよかった。ネコの専門家であるタマコ殿のご意見を是非ともお聞きかせ願いたいです──と言っています」

「通訳するな。人語をしゃべらせろ」


 ミケのツッコみに磨きがかかっていくのに感心しつつ、私は元の世界で猫カフェに置いていたおもちゃを参考に、中将達にアドバイスをした。

 熱心にメモをとりながら私の話を聞いていた彼らは、これから二人でそれを作るつもりらしい。


「徹夜をしてでも完成させて、明日の出勤の際に持参しますね、殿下!」

「いや、徹夜するな。寝ろ」

「ニャウウーン! ウニャウニャー!」

「寝ろ。そして、人語を思い出せ」


 この翌日、目の下に隈を作りまくった中将達が、ものすごいスピードで走るぜんまい仕掛けのネズミのおもちゃを持参して、ネコ達を大興奮させる。

 ベルンハルト王国軍幹部の会議室では、またもやモフモフ大運動会が開催された末、大事な書類にもれなく肉球スタンプが押されたのだった。






「──あら、殿下とおタマ、その他もろもろ、ごきげんよう」


 午後のお茶の時間に差し掛かった頃、街角のとある店先で、美しい人が私達を手招きした。ロメリアさんだ。

 もちろん、メルさんとソマリの姿もある。

 彼女達も、本日は仕事が休みらしい。


『その他もろもろとは何じゃあ! まったく、おネコ様への敬意が足らんぞっ!』

『うふふ、母様、珠子姉様、ごきげんよう。ミケにゃんと大きい弟もお元気そうでなによりですわ』

「ミケにゃんって何だ」

『ソマリ姉さん、こんちわー』


 町の一等地にあるこのこぢんまりとした紅茶の店は、ミットー公爵家ではなく、ロメリアさん個人の所有らしい。

 外壁に蔦が伝ったアンティークな佇まいの店で、内装も質素ながら洗練された印象を受ける。

 ロメリアさんは、そのテラス席でメルさんを侍らせてカップを傾けていた。

 戦場まで同行した軍医でもある彼女は、こうして一般人に混じってお茶を飲むことにも抵抗がないようだ。

 そしてそれは、ミケにも言えることだった。


「メル、私とタマと……このデッカいレーヴェに食えそうものがあれば、出してもらってくれるか」

「かしこまりました、殿下」


 ミケはメルさんに注文を丸投げすると、ロメリアさんの向かいの席に腰を下ろす。

 丸いテーブルを囲う四人席のため、当たり前のようにミケの隣に座らされた私は、必然的に彼とロメリアさんに挟まれる形となった。

 王子にして国家の英雄と、美の結晶のような公爵令嬢の間に座らされた私は、肩身が狭い心地がしたが……


『よっこらせっと』

『ごめんあそばせ』


 空いていたもう一つの席に、澄ました顔をしたネコとソマリが仲良く腰を下ろしたことで、周囲の人々の視線が和む。

 元祖チートは、彼女達の椅子の隣にお行儀よくおすわりをした。


「あら、おタマ。あなた……」


 そんな中、私とミケの注文を済ませたロメリアさんが、ふいに手を伸ばしてくる。

 彼女の白魚のような手が、私の右サイドの髪を掻き上げて耳にかけさせた。

 露になった右耳には、ミケに買ってもらったイヤーカフをさっそく付けていた。

 それをまじまじと眺めたロメリアさんが、ミケに視線を移して麗しい唇の両端を釣り上げる。


「まあまあ、殿下。おタマにご自分の目の色のものを身に付けさせるなんて、憎いですわね」

「それが、タマに一番似合ったんだ」


 イヤーカフには、小さな青い石が付いていた。

 目利きのロメリアさんが言うには、ただの石やガラス玉ではなく、正真正銘の宝石らしい。

 すると、私の向かいの席に座ったネコとソマリが、にゃあん、と揃って鳴いた。


『当然じゃな! このおネコ様の一の娘たる珠子を飾るには、一級品こそがふさわしい!』

『よくお似合いですわ、珠子姉様』


 我がことのように誇らしげなネコとソマリ──当たり前のように自分が家族として愛されている事実に、自然と頬が緩む。

 その頬を、ロメリアさんが優美な指先でツンと突いた。


「おタマったら、殿下の色を纏わされることに異論はありませんの?」

「はい。ミケに選んでもらえて、うれしかったです」

 

 一も二もなく頷く私に、ミケの顔にも笑みが広がる。

 彼はまた当たり前のように私の髪を撫でながら、穏やかな声で言った。


「タマのおかげで、実に有意義な休日になったな」

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この異世界ではネコが全てを解決するようです 〜ネコの一族になって癒しの力を振りまいた結果〜 くる ひなた @gozo6ppu

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