後日談

ネコ一家の有意義な休日 前編

「──えっ? ミケ、明日はお休みなんですか!?」


 ラーガスト王国の総督府からベルンハルト王国の王城に帰還して、ようやく一月が経つ。

 この日の夕食の席で、明日はミケの仕事が休みだと聞かされた私は、膝の上で丸くなっていたネコと顔を見合わせた。

 

「と言いますか……ミケって、休みあったんですね?」

『ぬははは! ベルンハルト王国軍はブラックじゃからな!』


 私とネコの言葉に、ミケが肩を竦める。


「仕事はまだ山ほどあるんだがな……私が休みをとらないと、将官達も休まないだろう」


 彼の話では、明日は将官達も全員休みらしい。

 さらに明後日以降、下の階級の武官達も順次休みをとることになった。

 ネコがミケの肩に飛び移り、にゃあ……いや、じゃあ、と続ける。


『お前、明日はどう過ごすんじゃい? ベッドで一日ゴロゴロするなら付き合ってやらんこともない。なにせ、ネコちゃんは寝るのも仕事のうちじゃからな!』

「いや、無為に過ごすのは性に合わん。そういうわけで、タマ──」

「はい?」


 ミケはネコの毛並みを片手でわしゃわしゃ撫でると、私に向き直って言った。


「町へ行くか」




 ミケの提案により、ベルンハルト城の門前から続く城下町へと繰り出すことになった──その、イカれたメンバーがこちら。

 ミケ、ネコ、私、そして……


『おれ、人間の町を散策するの、初めてだにゃんっ!』


 ラーガスト王国の森から連れ帰った大型肉食獣レーヴェの、元祖チートである。

 ミケは、目の前にドシーンとおすわりをしてワクワクしている巨大猫を眺め、盛大なため息を吐いた。


「このデッカいのを連れ歩くのは、正直気が進まないんだが……」

『安心してほしいにゃん! おれ、人間噛まないし、いい子にできるにゃん!』


 幼少期をミットー公爵のもとで過ごした経験から、元祖チートは野生で育ったとは思えないほど理性的だ。

 人間に対しても友好的だし、何より軍のトップであるミケと言葉が通じる。

 そのため彼は、ベルンハルト王国軍預かりとなり、立派な首輪も進呈されていた。


「まあ、この体の大きさと獰猛そうな見た目が、万が一タマに不届な考えを持つ者がいた場合の抑止力にはなるだろう」

「私より、ミケのボディーガードにするべきでしょ。王子様なんですから」


 そんなこんなで、周囲の人々に二度見どころか三度見四度見されながら、私達は町へと繰り出した。

 しかし、よくよく考えれば、目立つのは体の大きい元祖チートばかりではない。

 ブリティッシュロングヘアっぽい、真っ白ふわふわの毛並みをしたおネコ様も──そして、このベルンハルト王国の王子にして、先の戦争を勝利に導いた英雄ミケも、人々の目を釘付けにした。

 元人見知りとしては、多くの視線に晒されるのは喜ばしくない。

 私は、ミケ達から距離をとって他人のふりをしようとしたが……


「──こら、タマ。離れるな。迷子になるぞ」


 ミケの百パーセント善意により、側に引き寄せられ、そのまま手を繋がれてしまったのだ。

 おかげで余計に注目を浴びるはめになったし、年頃の女の子達には眉を顰めてヒソヒソされてしまう。

 元祖チートの背中に陣取ったネコはそれを見て鼻で笑うと、ミケを振り返って言った。

 

『珠子はバブちゃんじゃからな! お前がしっかり面倒を見てやれいっ!』

「言われなくとも」


 元祖チートの方は、そんな私達のやりとりも、自分に集まる畏怖の眼差しもどこ吹く風。

 物珍しそうに辺りを見回しつつ、ミケにリードを預けて従順に歩いていたのだが……


「おや、殿下。タマコ殿とおでかけですか」


 ミットー公爵との邂逅が、彼を豹変させてしまった。

 

『うにゃー! ミットーさん! ミットーさんにゃー!!』

「あっ、こらっ……!」


 ミットー公爵に突撃しそうになった元祖チートを、ミケがリードを引っ張って止める。

 しかし、ミケの筋力ではなく、リードの強度に先に限界が来た。


『ミットーさぁああんっ!!』

「おやおや」


 リードを引き千切って走り出した大型肉食獣に、周囲の人々は騒然となる。

 ダイナミックにじゃれつかれたミットー公爵の首も、ゴキャッ! とすごい音がした。

 本人は笑顔のままだが……大丈夫だろうか?

 代わりに、ふぎゃーっ! と凄まじい悲鳴を上げたのは、ミットー公爵に抱っこされていた小さい方のチートだ。

 彼の怒りの鉄拳……いや、怒りの高速猫パンチが、元祖チートの額に炸裂する。


『おバカー! お前デカいんだにゃ! ミットーさんにじゃれる時は、 そっと優しく! お豆腐を持つ時みたいにしろにゃーっ!』

『んにゃあ! ごめんにゃさいにゃ! おれ、うれしくって、つい……おとうふって、何にゃ?』


 小さいチートに眉間を滅多打ちにされて、元祖チートはイカ耳になっている。

 それを遠巻きに見ている人々は、言葉を解さずとも彼らの力関係があべこべなのを察したようだった。

 そんな中、王妃様と同じくらいの年頃の淑女が涙目の元祖チートに声をかける。


「あらあら、まあまあ。あなたは本当にこの人がお好きですのね」


 彼女はにこにこしながらそう言うと、右に傾いていたミットー公爵の首を両手で掴み、力尽くで真っ直ぐに戻した。

 ゴキャッ! とまたもやすごい音がしたが……本当に、大丈夫なのだろうか?

 淑やかさと豪快さを兼ね備えるこの女性は、ミットー公爵の奥さんだった。

 総督府に残った准将の身を案じる夫人を、気晴らしに町に連れ出したのだという。


「大きいチートちゃんも、今度うちに遊びにいらしてね」

『はいにゃ、奥さま』


 ミットー公爵夫人は、元祖チートの巨大な頭を平然と撫でた。

 さすがはミットー公爵の奥さん──いや、さすがはロメリアさんのお母さんと言うべきか。

 肝が据わりまくっていた。



 ミットー公爵夫妻やチートと別れ、私達は町の散策を再開する。

 元祖チートの新たなリードは、ちょうど近くにあった革物屋で調達した。

 そんな中、ふと覗いた大通り沿いの骨董品店にて、私の目は棚の上で音を奏でているものに釘付けになった。


「あっ、あのオルゴール、素敵……マルさんのお土産によさそう」

「……〝マルさん〟?」


 うっかりこぼした独り言を、ミケに聞き咎められてしまう。

 慌てて手で口を覆ったが、遅かった。

 ミケに両肩を掴まれ、問い詰められる。


「タマ、マルさんとは誰のことだ。まさかとは思うが……」

「えっと、えっと……たぶんその、まさかだと思います……マ、マルカリヤンさんのこと、です」


 誤魔化しきれないと判断した私が正直に打ち明けると、ミケがとたんにまなじりを釣り上げた。


「タマ! トライアンの時といい、お前はまた私に黙って……!」

「わわ、怒らないでください! 例のごとく、国王様のご指示なんですってば!」


 私はとっさにネコの両脇を持ち上げ、顔の前に掲げる。


『お? お? やんのか? やんのか、こら!』

「タマ! お前、あの男に人質にされて怖い思いをしただろう!」


 ネコのクリームパンみたいな前足を掴んで猫パンチを阻んだミケが、ずいっと顔を近づけてくる。

 私はその剣幕と顔の良さに慄きつつ、もごもごと弁解を口にした。


「そ、そうなんですけど! でも、マルさん……すっかり丸くなってしまいましたし……」

『ぬはははっ! マルさんだけになっ!』


 マルさんこと元ラーガスト王国王太子マルカリヤンは、トラちゃんが半年を過ごしたのと同じ、あの王宮の一室に軟禁中だ。

 総督府で神を名乗って演説したのと同一人物とは思えないくらい、現在は慎ましく静かに過ごしている。

 ただし、トラちゃんとは違い、生まれながらにラーガスト国王となることが運命づけられていた彼は、有益な情報をたくさん持っていた。

 ラーガスト王国の内政に関わる事柄はもちろん、ベルンハルト王国が把握していなかった第三国の動向まで。

 そのため、ミケは頻繁にマルさんの聴取を行っているようだが……


「マルさんも、このまま生かされることが決定したんですよね?」

「……ああ。反対する者も多かったが……やはり、これ以上血を流したくなくてな」


 マルさんがラーガスト国王となる道は完全に閉ざされ、隠し財産も根こそぎ没収された。

 これから彼が、ベルンハルト王国でどんな人生を送ることになるのか……それはまだ、誰にもわからない。

 

「……あのオルゴールは私が買おう。タマの私財があの男のために使われるのは、気に食わんからな」


 ミケはそう言うと、私の手の届かない棚の上にあったオルゴールを取ってくれた。

 なお、後日これをミケからのプレゼントだと言って渡すと、マルさんは苦虫を噛み潰したような顔をして呟いた。

 全財産を没収しておいて、これを……? と。

 オルゴール型の貯金箱だったらしい。

 店には、骨董品の他に、さまざまな装飾品が置かれていた。


「タマも何か買ってやろう。何がいい? お前はあまり装飾品には興味がないようだが……」


 オルゴールを店主に預けたミケが、気を取り直したように言う。

 それを聞いた私は、そういえば、と耳に手を当てた。


「こっちの世界で目が覚めたら、ピアスホールがなくなっていたんだけど……ネコ、何か知らない?」

『タマコ姉さん、ぴあすって何にゃ?』


 左の脇の下に、後ろからズボッと顔を突っ込んできた元祖チートにピアスの説明をすると、彼はたちまち震え上がった。


『か、体に穴を開けて金物を通すにゃ? 何でそんなことするにゃ!? 痛いにゃんっ!!』

「いや、耳たぶはそんなに痛くは……」


 すると、イカ耳になった元祖チートの頭にのしのしと乗っかってきたネコが、私をじとりと見て言う。


『時空の間でバラバラになったお前の体が再生される時に、不要な穴も塞がったんじゃろ』

「そっかぁ……せっかく空けたのにな……」


 こちらの世界では──少なくとも、ベルンハルト王国とラーガスト王国では、体に穴を空けて装飾品を付けるという文化はないらしく、ピアスをしている人間は見たことがない。

 そのため、ピアスホールがなくなったことを私が残念そうにしていると、ネコだけではなくミケまで怖い顔になった。


『我がせっかく再生させてやった体に、また穴なんか空けたら承知せんぞ!』

「タマ、装飾のために体に穴を開けるなんて、私も許さないぞ」


 ピアス厳禁! なんて、古風な考えの親に説教されている気分になったが……


「実の両親には、説教どころか興味を持ってもらったこともないから、新鮮です」


 そう呟くと、ミケにはひたすら頭をなでなでされ、ネコには赤くなるまで頬をザリザリ舐められた。

 この後、ピアスホールがなくても付けられるイヤーカフのようなものを、ミケが自ら選んで買ってくれた。

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