禁断の言葉

黒中光

第1話

 直也と星良はマッチングアプリで知り合って、二年が経った恋人同士である。それまで顔も知らなかった相手との恋愛な訳だが、相性の良いオススメの相手が選ばれているおかげで交際は順調そのもの。よくある同棲を始めて相手に幻滅するようなパターンもなく、喧嘩も碌にしたことが無い。

 テレビで映画を見ながらココアを啜る。二人が初めてデートに行ったときに観た思い出の恋愛映画。当時を振り返って笑い合い、見せ場のシーンでは互いを突っつき合いながら盛り上がる。

 映画が終わった後、直也が小さな小箱を取り出す。

「俺たちも、とりあえず、結婚しない?」

 かねてから用意していた婚約指輪。ダイヤが二人の将来を照らし出そうと眩しく輝いている。

 星良は頬に手を当てて「本当に? 嬉しい!」と喜びの声を上げた。彼女は二十七歳。アラサーと呼ばれる年齢も近づき、結婚に焦りも抱き始めていただけに、その喜びも大きかった。

 ――が、一転して、眉をしかめる。

「『とりあえず』って、なに?」

「え?」

「『とりあえず』って、適当じゃない?」

「そうかな」

「そうだよ。結婚って、自分の人生で一番大きな事なんだよ。これからのことが全部決まるのに。直也、ちょっと軽すぎるよ」

「星良が大げさすぎるんだよ」

「いっつもそうじゃない。ネットでよく考えずに物買うから、すぐ飽きて部屋にほったらかしになったりするし!」

「星良は考えすぎなの! 服買うのに一時間もかけてるくらいなんだから。――っていうか、それ関係あるか?」

「これから一緒に居るんなら関係ある!」

「こんな時に言うことじゃないって!」

 直也は、今日のために準備をして、星良の機嫌を伺って、プロポーズのための準備を続けてきた。それがようやく報われたのだから、その余韻にだけ浸りたかった。

 しかし、投げやりな態度は相手に伝わりやすい物。星良は自分の考えが右から左に流されていくのを感じてますますヒートアップした。

 二人の喧嘩はより大声に、より過激になっていった。日頃口にしなかった愚痴や不満は溢れて留まるところを知らなかった。

 やがて、夜が明けて二人は精根尽き果てて座る元気すらもなく、ベッドやソファにもたれかかるばかりであった。

 こんな喧嘩は二度とごめんだ。二人に今、唯一共通している感情はそれだけであった。

 最後の力を振り絞って身を起こすと、声が揃った。

「とりあえず、別れよっか」

 結婚してから、この生活が続いたら地獄である。そうなる前に気づけた二人は観たこともない神様に心から感謝した。

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禁断の言葉 黒中光 @lightinblack

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